第5話

 朝、目が覚めると横で寝ている美雪は起きており、


「昨夜は夢のようであまり寝れなかったわ」

「五年だもんな、よく今まで我慢してくれたな」


 と言い頭を撫でる。


「そうよ、五年も待ったわ、婚約したんだしこれからも待つわ」

「とりあえず、今の事件を片付けてからだ」

「わかってる、一つだけ約束して」

「何でも聞くぞ」

「死なないでちょうだい、それだけよ」

「わかった、今までは投げやりだったが、俺にも夢ができた、約束するよ」


 実感はなかったが、思ってる事を話した。


「あなた、今日からまたお仕事でしょ?」

「こんなのでも俺は誇りを持ってやっているからな、ちょっと出掛けてくるよ」


 眠そうな美雪を残し着替えて出掛ける。事務所に向かう、ファックスが大量に届いていた。古い方から手に取り読んでいく、興味の無いものは捨てていく、水谷京子から一通。


「母と決別しました、相続権も祐介に渡るように父のところに判を押しに行きます」


 丁寧な字で書いてある、完全に母親に愛想を尽かしたようだ、賢明な判断だ。次を読む水谷真知子からだった、走り書きで、


「祐介を探して欲しい、早く見つけないと私が殺される、娘も姿を消してしまった」


 真知子はまだ足掻いているようだ、いっそ殺された方が手っ取り早い。


 どちらも昨日の朝届いていたみたいだ。


 姉の京子に電話をしてみた。


「はい、神崎さんですか? 今父の病室で判を押したところです、祐介を匿っているのも神崎さんなんですってね、天野弁護士から聞かされたところです、私も天野さんに暫く匿って貰える事になりました」

「やけに腰が重かったな、早めにそうしていれば危険な思いもせずにいれたんだ、後祐介を匿っているんじゃない、自分から姿を消したんだ」

「母があんなに強欲だなんて知りませんでした、祐介は自分から隠れたんですね。あっ、お父様が神崎さんと話したいそうです、変わります」

「私だ、全て言わずともわかっておる。祐介を匿ってくれて心から礼を言う。私が神崎さんあんたに依頼する前に祐介から依頼されたそうじゃないか、結果的に私の依頼を受けてくれた事になる、酷いやり口だったが寒川組を潰してくれた事も礼を言う、全てが終われば礼は弾ませてもらうよ」


 立て続けに喋ったせいか酷く咳き込んでいるようだ。


「親父さん、あなたの依頼じゃない、祐介からの依頼だ、俺は二つ同時に依頼を受けるような事はしない。それと金欲しさにやっている事でもないので二重に報酬は受け取れませんよ」

「天野と同じ事を言うんじゃな、天野からあんたの性格は聞いておる、祐介を相続させなければ何千何万と失業者が出てこの街も壊滅状態になる事は聞いておるな? それを考えればあんたに報酬を出すのは当然の事だ、老いぼれの言う事も聞いてやってくれ。あんたに親父さんと呼ばれるのも気に入った、あんたは面白い人じゃ」


 また咳き込む、


「俺だ天野だ、お前の事はよく知っているが会長の言う事も聞いてあげてくれないか? 成功すればお前はこの街を救った英雄って事になる、俺からの頼みだ」

「わかった、お前には助けられた恩がある、そんなお前の頼みを断れば罰が当たる。それとこの一件が終わったら京子はグループのどこかに入れてやってくれ、根は真面目そうだしな」

「ああ、俺もそうするつもりだ、とりあえず寒川組を潰してくれた事は俺からも礼を言っておくよ、何かあればまた連絡するし、法的な助けが必要なら何時でも言ってくれ。それからお前の口座を確認しておいてくれ、少なければ遠慮なく言ってくれ」


 電話が切れた


 すぐにパソコンを立ち上げネットで口座を見てみた、祐介から一千万円、幸之助から三千万円が振り込まれていた。


 俺は経費込みで十万円だけ貰おうと思っていたのだが、桁が違いすぎる。返そうかとも思ったが天野の頼みもあるし断れずにいた。


 祐介に電話をかける、


「神崎さん昨日はおめでとうございます、まだ解決はしていませんが、今回の依頼の件とご祝儀を神崎さんの口座へ振り込んでおきました」

「知っている、が二桁多いしお前の親父さんからも三千万振り込まれていたよ、こんなにも受け取れない」

「神崎さんあれだけの事をして十万で済まそうとしてたのですか? 人が良すぎますよ、父からのは別として俺のは受け取って貰いますからね」

「お前の頑固さは父親譲りだな、わかった、天野からも受け取るように指示されている、あいつには恩がある、不本意だが頂いておくとするよ。お前親父さんからいくら貰ったんだ?」

「成人祝いとして二十億円程です、それとは別に毎月振込みがあるので、いったいいくらあるのかは調べた事もないですね」

「住む世界が俺とは別次元だ、呆れて言葉も出ないとはこの事だな」

「たまたま金持ちの家に生まれただけです、神崎さんは気にしすぎです」

「わかったよ、全てが終われば京子はグループのどこかへ入れてやってくれ、これは天野にも頼んだ事だが」

「姉がどうかしたのですか?」

「言ってなかったな、京子は母親と決別して相続権を破棄して親父さんのところで判を押したんだよ」

「そうだったのですね、わかりました何とかしましょう、義母は相変わらずですか?」

「そうだ、俺の事務所にファックスでお前を探せ、でないと私が殺されると送ってきた」

「俺は姉は許せても義母は許せません、まだ幼い頃父を誑かせて姉と一緒にやって来ました、姉とは上手く出来ていたのですが、義母だけが今と変わらず金の亡者でした」

「わかった、給料分の仕事はしよう。ただ今まで通り一日二日で終わるとは考えるなよ、焦ったところで状況は変わらんからな」

「わかってますよ、俺もなるべく外出は控えます。父とは連絡取ってもいいですか?」

「ああ、天野を通して連絡してもいいが隠れ家は誰にも言うなよ」

「わかりました、天野さんに連絡してから父と話をします」


 電話を切り立て続けにタバコを吸った。喋り過ぎたのか喉がいがらっぽい、コーヒーを飲んで、家に帰った。


「おかえりなさい、早いのね」

「ああ、帰りがけに銀行に寄って記帳してきたんだが見て驚くなよ」


 と言い通帳を渡す。


「まあ、祐介君から凄い金額じゃない、それとこれは幸之助さんね、合わせると私の年収と同じくらいの金額じゃない、どうしたの?」

「祐介からは十万の報酬でいいと言ったんだがそんな金額でここまでさせられないとさ、それと昨日のご祝儀だとよ」

「ご祝儀にこんなに出せるってやっぱり幸之助さんの息子なだけあるわね」

「幸之助を知っているのか?」

「知ってるも何も、あのレストランの土地を味が美味いからと言って破格の値段で売ってくれたのが幸之助さんよ」

「広いようで狭い街だな」

「幸之助さんには、私からもお礼を言っておくわ」

「携帯番号も知っているのか?」

「もちろんよ、先日も早くうちの料理が食べたいって連絡があったところよ」

「悪いが早速連絡してくれないか? まだ天野もいるだろうよ」

「わかったわ」


 携帯を耳に当てている。


「もしもし、神戸です。お体の調子は如何ですか? ご祝儀ありがとうございます。新しく美味しいチキン料理が出来たのです、お体が良くなれば是非食べにいらして下さい。はい、お陰様で順調です。えっ? はいおります、少々お待ち下さい」


 電話をこちらに差し出してくる。


「あなたに代わってくれですって」


 苦笑しながら電話を代わる。


「代わりました、どうして俺がここにいると知ってたんです?」

「天野が昨日婚約式に呼ばれたそうじゃないか、一緒に住んでいるのは昔から知っておるぞ、これも何かの縁じゃて」

「そうでしたか、それと以前から気にはなっていたのですが、あなたの警備が薄いと思いましてねボディガードを置かなくていいんですか?」

「ほう、よく見ておるの。ここは私が建てた私の病院だ、ここの階には知っている者しかエレベーターが止まらないようになっているんじゃ、それに私が死ぬか殺されれば自動的に祐介に相続権が渡るように手配済みじゃ、天野がそれを管理しておる」

「俺は自由に入れましたが」

「監視カメラで私が見ておったからな」

「なるほど、それと報酬額が二桁間違ってませんか? まだ依頼は完了していませんよ」

「前金じゃよ、成功報酬は別じゃ。それとご祝儀じゃ」

「祝儀なら祐介にもう貰っています」

「多い方がいいじゃろ、遠慮はするな、それと美雪さんのチキン料理は食べたかね?」

「ええ、照り焼き風でソースとガーリックが中まで染み込んでいて絶品ですね」

「それなら私も食べられる、今度運んで貰えるようにしてくれんか?」

「親父さんの体に悪くないなら何時でも持っていきますよ」

「牛肉は禁止されているがチキンは食べてもいいそうじゃ、楽しみに待っていると伝えておいてくれ」

「わかりました」


 電話を切ると美雪が、


「今日持っていかせてもらうわ」

「よくわかったな」

「話の内容が伝わってきたんですもの」



 昼過ぎにはトライアングルへ二人で行き、

美雪はすぐにチキンの仕込みに入った


 俺は軽くスパゲティを食べ、買ってきた週刊誌に目を通し始めた。寒川組のところだけ読んでいく、殺された寒川の隠し子の修の顔写真も載っている、雅史の息子の登ほど顔は似ていなかった。言われないと気付かないだろう。


次々と読んでいく、内部抗争の殺し合いで組が潰れる。そんな記事ばかりだ、警察も誰も俺がやったとは気付いていない。


 それだけの証拠隠滅もしたのだ、今回の事件に関わっている事さえ気付かれてはいないだろう。


 どの雑誌にも修の写真と新井と山崎の顔写真が載っている、寒川の顔付きに比べればヤクザらしくない顔付きだった、顔を目に焼き付かせる。


 そうして時間は過ぎていく、奥からいい匂いが漂ってくる、チキンは出来たようだ。


 美雪がお待たせと言って出て来る大きな容器を持っている。


「なんだそれは?」

「冷めないようにするための保温器よ」

「行くか」

「ええ、病院の夕飯前に食べていただきましょ、あなたの車で連れて行って」

「昨夜から誰かに付けられている」

「何とかしなくてもいいの?」

「誰の依頼かはわかっている、止めさせてもらう」


 車に乗り込み病院に車を走らせる、駐車場に車を停めると、受け付けを素通りし八百三号室に向かう。

 ノックをすると返事の代わりに咳が聞こえたので勝手に入る、俺より先に美雪が話す。


「幸之助さん、お久しぶりです。思っていた以上にお元気そうなので安心しました」

「久しぶりじゃの、神崎君も一緒か。それよりその容器から美味しそうな匂いがしておるが」

「幸之助さんのご注文を早速持って来ましたわ、チキンですが本当に食べても差し支えないんですか?」

「それがだがな、神崎君にも聞いて欲しいのじゃが、昨日の検査の結果がさっき出て、後三年と言われておった余命宣告が取り消されたんじゃ、五年以上大丈夫との事じゃ、ただ暫くは入院生活は続きそうじゃがな、グループの会長としては仕事に戻れんが祐介をトップに育て上げる時間は作れそうだ」

「まあ、安心しました。退院出来る見通しなんですね」

「親父さん良かったですね、祐介が育つまで長生きして下さいよ、祐介はおそらくトップとしての素質はあります」

「ああ、私も一安心じゃ。高齢で手術が出来ないからこのまま死んでいくと思っておったんじゃ、命拾いしたわい。それよりも早く食べさせてくれんか? よだれが出そうじゃ」


 美雪が容器からチキンを取り出す、


「見るからに美味そうだが私一人では食べきれない量じゃ、三人で分けよう、美雪さんできるかね」

「はい、そう言われるだろうと用意は万全ですわ、切り分けますのでちょっとお待ち下さい」


 美雪が用意を始める。


「祐介と電話で話が出来た、これもあんたのお陰じゃ、あいつは神崎君を心から信頼し尊敬しているみたいだ、祐介を頼んだぞ。あいつはいずれ君をグループの傘下に入れようとしておる、私も神崎君が傘下に入るようお願いする、考えてみてくれないか?」

「俺は今のままで十分ですよ、気を使う必要はありません、誰かのところに入るとかはガラじゃないですね」

「祐介も同じように言うとった、わたしは君が傘下に入る入らないは別として、君には一匹狼が向いておると思っている。そんなところが祐介も私も君を気に入っているうちの理由の一つじゃ、まあ頭のすみに置いておいてくれ、料理が出来たようじゃの」


 美雪は三人前に切り分けたチキンを運んでくる、


「幸之助さんの分はこちら、一口サイズに切りました」

「こう言う気の利くところがわしが気に入った理由の一つでもある、さて戴くとしよう」


 一口食べた幸之助は一旦フォークを置き、


「こいつは美味い、チキンなのに極上ステーキのような柔らかさじゃないか、メニューには載っているのかね?」

「それが手間がかかりますので量産出来ないのです、裏メニューにしていますわ、祐介君にも絶賛されましたの」

「外出許可が降りたら食べに行こう、あそこのハンバーグもかなり美味しいからの」

「祐介君も毎週いらしてますわ、幸之助さんと同じくハンバーグが好きみたいです、好みも一緒なんてやっぱり親子ですのね」

「と言う事は祐介もあの近辺に身を隠しておるんじゃな」


 俺が喋ろうとすると、幸之助は手で制し、


「言わんでもいい、どこに隠れようといずれは会えるんじゃ、それより食事を続けようじゃないか」


 三人で黙々と食べ、骨だけが残った。


「こんなに美味い食事は久しぶりじゃった、いくらじゃ」

「幸之助さんからは頂けませんわ、サービスだと思って下さい、恩もありますしまた別のもお持ちしますわ」

「そうか、悪いのう。じゃあ次はハンバーグを頼もうか、来週以降で構わん、暇が出来てからでいいから頼むぞ」

「はい、喜んで」


 そこへ一人の医者が入ってくる。


「会長、更に朗報です。ん? この匂いは、何か食べられました?」

「美味いチキン料理じゃ、夕飯はいらん。で朗報とは一体何かね?」

「はい、今朝のレントゲンの結果です、ガンが小さくなっています、奇跡ですよ。ガンの転移もないので、このまま消えれば無事に退院出来ます」


 と言いレントゲン写真を取り出す、


「確かに小さくなっておるな」


 俺と美雪も覗き込んだがさっぱりわからなかった。


「こちらのお二人は?」

「わしの贔屓にしている探偵の神崎君とレストランのオーナーの神戸さん、いやもう神崎さんじゃ心配はいらん、ついでじゃ私の食べたら駄目な物をこちらの女性に言っておいてくれ」


 医者と美雪が話し始めた。


「親父さん、俺は祐介に依頼されて、今行動していますが、昨夜から俺に別の興信所の奴を尾行させるのは止めてもらえないか?」

「流石じゃのう、昨日からだがもう気付いておったのか、わかった今すぐ止めさせよう」

「そうして下さい、興信所の連中が口を割って祐介や俺の邪魔をしかねない、俺は俺のやり方に誇りを持っている。今度尾行されたら相手が誰であれブチのめします」

「そうじゃな、信頼を壊すような真似をして悪かった」


 と言い電話を始めた。


「わしじゃ、昨日の依頼は今すぐ取り消す、下にいる奴も死にたくなければ、すぐに引き返らせろ」


 と言い電話を切った。


「ありがとうございます」

「いや、私の方こそ出しゃばって悪かった、許してくれ」

「済んだ事です、忘れましょう」

「私はおまえさんが気に入った、久々にこっちのを渡しておこう。特別な名刺じゃ」


 と言って名刺を渡された、家の電話番号と携帯番号まで載っていた。


「幸之助さん、ほとんど食べられるようになられたみたいですね、刺激物と塩分を控え目にすれば殆どの物がオッケー出ましたよ」

「そうか、嬉しい話じゃ」


 ここらでいいだろう、俺は腰を上げた。


「また来ますよ」

「何時でもいいぞ、私は暇を持て余しとる」


 部屋を出て駐車場の車に乗り込む。


「尾行はなくなったな」

「もう? 誰だったの?」

「幸之助が雇った配下の興信所の連中だ、止めさせた」

「信頼されてなかったのかしら?」

「そういうわけではないみたいだ、興味本位だろう、次見つけたらブチのめす、と言ったらすぐに止めさして謝ってきた」

「あなた相手に尾行なんて、わざわざやられにき来ているようなものだわ」

「その通りだ、見つけたら力で追い払う」


 トライアングルに戻った。

レストランに戻ると美雪が


「あなた、以前から幸之助さんの事を親父さんって呼んでいるけど、怒られないの?」

「親父さんがその呼び方でいいっていうからさ」

「まあ、あの幸之助さんがそこまで許すなんて信じがたいわ、祐介君でさえ親父とは言わず父と呼んでるのよ、山口さんも会長って呼ぶし。とことん気に入れられたようね」

「そうらしい」

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