第6話

 十五分で真理子のマンションに着いた、真理子の駐車場に俺の車を停める。

 インターホンを押す、扉が開いたエレベーターで上がり部屋の呼び鈴を押すと、直ぐにドアが開いたので中に入るのと同時に真理子が抱き付いてくる。


「何かあったのか、悩み事か」

「寂しかっただけ、後嬉しいのと」


 俺も抱きしめた、一分程抱き合うとリビングに入りソファーに腰を落とした。


「何か飲む」

「イソラテかコーヒーを」


 と言うと直ぐにイソラテが出てきた、本当に出てきたのでびっくりしてると真理子が。


「直人さんの好みはこれでも大体わかってるつもりよ、本当は西田さんに教えて貰ったのだけれど」


 西田、バミューダの雇われ店長だ。


「数える程しか行ったことがないのにどうやって知ったんだ?」


 と問うと、真理子は得意気に、


「西田さんは人の顔を二度見れば直ぐに覚えちゃうのよ、もちろん食べた料理もね」

「あぁ、俺も客の顔や乗ってる車はすぐに覚えてしまう方だな、谷口には負けるがな」


 と言って、イソラテを一口飲む、


「美味い、ところでタバコを吸ってもいいかな? 最近はどこも禁煙だからタバコを吸う時は毎回確認してから吸う癖が付いたんだ」


 すぐに灰皿が出てきた、


「ありがとう、灰皿があるってことは真理子も吸うのか?」

「私は吸わないわ、今日の帰りの途中で直人さん用に買ってきたの。他にも直人さんの吸ってるタバコの銘柄買い置きしてるわよ」

 至れり尽くせりだった、素直に嬉しかったので、


「真理子、ありがとう」


 と言いおでこにキスをした、真理子はキョトンとした後真っ赤になったと思うと今度はちょっと頬を膨らまし。


「どうして口じゃないのよ」


 とむくれた、

 俺は話しを済ませてからだと思っていた。

 それを言うと真剣な顔に戻った、よくもまあころころと表情が変わるなと感心した。


「車は夕方にはスクラップにされて鉄屑になった、万が一の為に谷口が車体ナンバーも削ったからもうこれで事実上あの車が存在してない事になる、裏の世界に毒された気分だったよ」


 続けて話す、


「ここからが重大な話だ、あのベンツは上野から譲り受けたと言ってたな、しかし一方で他の物は一切貰わず家までも売り払い、上野の姓すら嫌になって旧姓に戻した。これはどうしてなのかな? 答えによっては俺たちの今後にも影響してくる、例えば俺が真理子と別れるかもしれない、答えてくれるよな?」


 真理子は今にも泣きそうな顔をして、


「全部話す、話すから側にいて。あれは上野が亡くなる一週間程前の事よ、上野はこう言ったわ。

 真理子が俺のことをこれっぽっちも愛してくれなかった事はわかってた、だけど俺は欲しくなったものはどんな手を使ってでも手に入れてきた、お前もその一つだった、最後まで指一本触れさせてはくれなかったがな。バミューダのオーナーの権利はもう真理子名義にしてある、好きなようにすればいい、それと俺のベンツ、このベンツは真理子が金に困ったら、隣町まで行って松本組組長の松本敬三って言う老いぼれに売りつけろ、一千万くらいの謝礼を出してくるはずだ。だけど身に危険を感じたら車を海に捨ててくれ、とね。これが最後の会話だったわ、翌日から上野は昏睡状態になり数日後には亡くなったわ」


 嗚咽を漏らしながらも話をした。俺は真理子を引き寄せ抱きしめながら。


「話すのも辛かっただろう、ありがとう。実は裏を二つ取ってるから真理子の話してくれた事は信じるよ」


 すると真理子は、


「どういう事?」


 と聞いてきたので、ベンツを漁ったら大量の覚せい剤と注射器が出てきたこと。それと興信所に上野と真理子の身辺調査を取っていた事をゆっくりと時間をかけて話した。

 真理子はひとつひとつ頷きながら最後まで聞くと、


「私より詳しい話を知っているのね。直人さんと谷口さんにも危ない事させちゃったし、私は直人さんの彼女には相応しくないわね」

「いや、反対だ俺は真理子を守りたいからここまで首を突っ込んだ、谷口も俺と真理子を幸せにしたいからこそ協力してくれたんだ、だからそんな風に思わないでくれ」


 と言うと少し元気を取り戻し、


「じゃあ一つわがままを聞いて」


 と言うので何でも聞くよと言うと、


「今夜も泊まって行って、寂しくて切なくて一人で寝れる気がしないの」

「ちょっと待て昨夜も泊まって服も着替えてないし、昨夜はシャワーすら浴びてないんだぞ、歯も磨けないしベッドもシングルだから無理だろう」


 と阻止しようとしたが、


「これを見て」


 と得意気に大きな紙袋から着替えの下着、靴下、ジーンズに肌着にセーターにパジャマと歯ブラシやひげ剃りまで揃えてあった。


「これじゃあ、同棲しようと誘ってるのと同じだぞ」

「いずれそうするつもりだもの、だったら早い方がいいわ」


 とのんきにさらっと言ってきた。真理子は変なとこで大胆になったりする傾向があるみたいだった、根負けしたのでわかったよと言ったら。

 また抱き付いてきた、そして悲しげに。


「興信所の人から聞いた通り、私は両親を交通事故で失ったのそれからは誰にも甘えられないまま中小企業に入社したけど男性受けする顔なのか飲みに行こうとか一目惚れしましたってのが毎日のように続いてうんざりしてたの、体目当てを露骨に出してくる人も多かったわ、でも家庭というものに憧れてた時期にお見合い話があったから、ほとんど流されるまま結婚してたわ、でも一方的に好かれるのは辛い事だらけ、そんな時に出会ったのが直人さん。普通に接してくれて変に誘って来ないのも新鮮だった、気付いたら私の気持ちは恋心から愛に変わってた、その時にはもう上野は亡くなっていたわ……

あっ、ごめんなさいつい長話を、話重かったかしら?」


 真理子は俺から離れしゅんとしている、


「真理子の口から直接聞けて嬉しかったし重いとも思ってないよ、聞けてよかった」


 と告げる、真理子は真理子なりに苦労してきたんだなと思った。シャワーを浴びてパジャマに着替える、今度は真理子がシャワーを使っている音が聞こえる。こんな生活を望んでいた自分に気付いた。シャワーを終えた真理子がパジャマ姿でリビングに入って来た。


 寝室を見てみて、と言うのでベッドルームに入ると、シングルベッドはダブルベッドに変わっていた。


「昨日の今日で何から何まで揃えたのか?」

「大体のものわね、後何が必要かしら?」


 と愉快そうに話している。


「寝心地はどうかしら? セミダブルの方でもよかったわね」


 とベッドに腰をかける。

 二人でベッドの感想を話し合ってる間に睡魔が襲って来る、今日は一日いろいろありすぎた、ゆっくりと休みたい……

 夜中に目が覚めた、真理子が昨日と同じように抱き付いて寝ている、暫く寝顔を見ていると真理子は涙を流し始めた、指で拭ってやると寝言を言い始めた。


「直人さん、私幸せ」


 俺もだよ呟いてるとまた睡魔が来る、眠気の波に揺られながら、隠した覚せい剤をどうしようか考えていた。



「……さん、……人……直人さん」


 揺り起こされた、アラームも鳴っていた。


「朝よ、アラームで起きないなんて珍しいわね、昨日は私のために頑張ってくれてたから疲れが出たのかもね。パンとコーヒーの準備出来てるわよ」

 他から見ればただの夫婦かカップルだろうが、まだ手を繋いで歩いたこともないのだ、

不思議に思われるだろう。


「これ」


 と言って茶封筒を渡された、中身を覗いてみると二万円入っていた。そういえば興信所の話もしたなと思いながらもそっと真理子のカバンに押し込む。


「食べる前にストレッチしていいか?」


 と聞くと防音設計のマンションだからいいわよとの返事が帰ってきた。

 屈伸、背伸びをしてからシャドーボクシングをするぴったり五分で終わりテーブルに付いた。


「直人さん、ボクシングもするのね」


 ずっと見ていたらしく食事を同時に食べ始めた。


「昔習ってた事があってな、剣道もな、そのお陰でチンピラの一人くらいなら負けはしない」

「そうだったのね、でもカッコよかった強いのね」

「あれは見せるものじゃない道場の済で一人で黙々とするものなんだ」

「ふーん」


 会話もぎこちなさがなくなってきている、いい傾向だ、


「そういや真理子は今年で二九歳だよな、俺は三二歳になった、やはり初めて食事した時に言ってた通り近かったな」

「来年で三十路かぁ、でも直人さんの歳聞けてよかった、ねぇもう誕生日過ぎちゃってるけど、二人でお祝いしない?」

「もうすぐクリスマスがあるだろう」

「それとこれは別よ、お祝い事は多いほうが楽しいじゃない」

「出費がかさむだろ?」

「お金なんてかけなくていいの二人で出掛けたりショッピングや家でケーキだけでもいいわ」

「それならいいな」


 時計を見る七時半だまだ余裕だ、俺の住宅もそんなに離れているわけではなかったがこちらからの方が交通の便がいい、それなりに馴染んできている証拠だ、悪くない。


「そういえば直人さんの家に行った事ないわ今度見せて貰えるかしら?」

「散らかってていいならいつでもいいぞ」


と言うと、


「じゃあ今夜にしましょう」

「いいぜ、マンションじゃなく集合住宅だから、期待はしないでくれよ」

「昔父と母がいた学生時代、私も市営住宅だったから見慣れてるわよ」

「そうかなら大丈夫だ、そろそろ支度しようか?」


 コーヒーを飲み干して言った。


「そうね」


 と言って食器を片付けだした、俺は着替えて髭を剃るだけで済むが、真理子は化粧の時間も必要だった。化粧しなくてもいいんじゃないか?


 と言ったこともあるが仕事柄しないといけないのよ、それに仕事モードに入れないからと言われたのでそんなものかと変に納得した記憶がある。

 二人共準備が整い一緒に外に出た。

 風が冷たい、真理子を事務所前で降ろし俺も駐車場に車を止める。


 昨日の事が嘘みたいに普通の工場に戻っていた。

 谷口も何も言って来ない、これも暗黙のルールなのだろうか? 俺も言わなかった。

 久しぶりに日常を取り戻したかのような気分だった。そつなくこなし定時にあがる。

 他の工員達はノルマをこなすと定時を待たずにあがって行く、事務の人達も受付が一七時までなので十八時まできっちり残るのはいつも谷口と俺だけだった。


 事務所に入るともう日課の様になりつつ光景が飛び込んでくる、そうだ谷口と真理子の談笑だ、が今日はいつもと違っていた。

 真理子は何度もお辞儀をしている、谷口が止めさせようと肩を掴んでいる。

 着替えて近くに行くともうお辞儀は終わっていた。


「どうしたんです?」


 それが昨日の一件の事で謝られていてな、たまにある事だから気にしなくてもいいと言っても代金を払うって言って、それを止めてたんだよ」


 すると真理子は俺の方に向き五万円突き出してきた。


「どうして今朝渡した二万円が私のバッグに入ってるのかしら? それにスクラップ代に三万円も使ったんならどうして教えてくれなかったのよ?」

「俺が何とかするって約束だろ、だからさ」

「費用は頼んだ人が払うべきだわ、だから受け取って頂戴」


 谷口が割って入ってくる、


「じゃあこうしよう、俺への報酬はうちとの契約期間大幅延長、そして直人は今回だけでも五万を受け取り、その五万は田辺さんのために使う、これでどうだい田辺さん」

「それでいいです」

「わかりました」


 と答え突き出された五万を財布に入れた。


「よし、これで全員納得出来ただろう、この話はここまで。後で二人っきりになってからこの話で揉めるのも禁止だからな」


 と言って谷口が帰る準備を始めた。

 真理子を見ると視線が合った、数秒見つめ合った後二人で笑った。

 数分後には真理子と俺の住宅に到着した。


「最上階だがエレベーターはないからな」

と真理子に伝える。

「大丈夫よ、それより直人さんの家が早く見たい、男の人の家に行くなんて初めて」

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