第7話
玄関のドアを開くと物珍しい表情で真理子は見ている。
「どの部屋も自由に見てくれ、エアコンはないからな」
と言うとお邪魔しますと言って部屋にあがる、三DKだが物は大して置いていない。
真理子は無言で各部屋を見て回っている。
俺はコーヒーを入れて飲んでいた。
押入れやクローゼットの中まで見ているようだった。
「この家から最低限の荷物を持って引っ越すならどれを持っていく?」
まさか昨日言ってたように本気で同棲するつもりなのだろうか?
少し考えてメモに書いていくが意外と少なくて自分でも驚いた、真理子に渡すメモを見てしきりに頷いている。
終わったのか俺の部屋に来て座る、
「お母様がすぐ近くって聞いた記憶があるんだけどご在宅かしら」
「夜は家にいるよ、そこの窓から見える一番大きな住宅がそうだ」
真理子が窓を開けて外をみる、
「本当に近いわね、行ってみましょ」
何かしでかす様子だったが、ああいいよと答え戸締まりを確認すると施錠した。
隣の真理子はちょっと緊張ぎみだった。すぐに着いたエレベーターで上がる五百五号室、真理子は躊躇せずインターホンを押した、予想は付いていたがこの後どうする気だろうか?
インターホン越しに。
「どちら様でしょうか?」
「俺だよ直人だよ」
ドアが開いた、驚いた様子でこちらの女性は? と聞いた、即座に真理子が答える。
「直人さんの彼女です、田辺真理子と申します、夜分にすいません」
と言うと、
母は寒いでしょうと室内に招き入れた。
テーブルを挟んで座った。
「これ、つまらない物ですが」
と社交辞令を言いながら紙袋を渡す。
母は、
「若いのに随分礼儀正しいのね、じゃあ遠慮なくいただくわ、それにしてもこんなべっぴんさんが……直人からナンパされたの?」「いえ、私からの一目惚れですの」
母は驚きを隠せずにいた。
俺も成り行きを見守る事しか出来なかったので黙っていることにした。
母は馴れ初めを聞き出そうと質問攻めだ。
どこでどんな出会い方をしたのかとか。
俺は勝手にコーヒーを三つ作って運んだ。
話はもう真理子の両親が若い頃に亡くなった話にまで発展していた、まだ十五分しか経っていない。
長引きそうなので携帯をいじる。母が。
「もうお互いいい歳だけど、結婚とかは考えてるの?」
「はい、私は直人さんさえよければ今すぐにでもいいくらいです」
と答えていた、俺は危うくコーヒーをこぼしかけた。
「直人、お前はどうなんだい?」
「俺も結婚は一応視野に入れてるけどな」
嬉しそうに真理子が見つめてくる。
「ひとつお義母さまに話して置かなければいけないことがありまして」
と前置きをする。
「何でも言ってごらん」
真理子が不安げな表情を初めて見せた、
「実は私バツイチなのです」
聞いた母は困惑していたが、
「ひとつ聞いてもいいかい」
真理子の表情は不安げのままだ。
「子供はいるのかい」
「いません」
この一言で場の緊張が解けた、
「そうかいどちらにせよ私は構わないよ」
「何の事情があって離婚したの? 訳がありそうだね、よかったら聞かせて貰える?」
真理子の表情が和らいで話始める。
聞いていると真理子が俺にした説明と同じことを話している。今巻き込まれている事件は省いている。話が終わった、一安心だ。
母に真理子の仕事の件を聞いたか確認した。
「仕事を引き継いだって事でしょ?」
「バミューダ知ってるだろ、あそこの社長兼オーナーなんだよ」
と話すと逆玉だと感心して言った、
「でもまあ、仕事がなんであれこんな人は手放したら駄目だよ、今時こんな女性探しても見つからないよ」
真理子は見事に母を丸め込んでいた、
「もうお義母さんって呼ばせてもらってもいいですか」
「いいよ、娘が出来たみたいで嬉しいわ。私が死ぬまでに孫の顔を見せてちょうだいね、これが私からのお願い」
真理子は名刺を取り出し携帯の電話番号と自宅の住所を手書きで書いて母に渡す。
母もメモ用紙に電話番号など書いて渡している。
「直人さんが忙しくて出ない時や、何か困り事があればいつでもかけてきて下さい。直人さん今日はもう遅いので、おいとましましょう」
と言い立ち上がった、俺も立ち上がった。
「今日は顔合わせだけのつもりでしたが、遅くまで話を全部聞いて下さってありがとうございました、お休みなさいお義母さん」
アラームで起きるとまた真理子が俺を抱きまくら状態で寝ている、起こさない用に起きようとするが、無理だった起きて来た、
「おはよう、朝だぞ」
暫く布団の中でもそもそしてたが起きてきた。
「直人さん今日は休みじゃなかったかしら」「休みは気分をリフレッシュさせなきゃな」「何するの?」
「うーん何しようか考え中」
と言ってリビングに行きストレッチをし五分間のシャドーボクシングをする。
それが終わるとちょうどパンがキッチンに並ぶ、真理子は昨日ぐらいから俺のトレーニング終わるタイミングで朝食を作り終えるように気遣ってくれているようだ。
今朝はフレンチトーストだった、真理子は西田並に料理が上手いのかもしれない。
以前、俺が目玉焼きくらいしか作れないのを知って驚いていた、それなのに一人暮らしだなんて何食べてるの? と質問攻めされたことがある、でも作り甲斐があると張り切っていた。
真理子は十年もの間、両親や兄弟のいない独り身で寂しい食事をしていたのだ、二人で食べるご飯は楽しいのだろう。
真理子も今日は休んでいた、オーナーの仕事はすることがほとんどないらしい、決済の書類を読み判を押すか押さないかの最終決定権があるだけで退屈らしいのだ、何時に出社や退社してもいいし、本当は週に三度ほど顔を出すだけでいいらしい。
「直人さん予定は決まったのかしら?」
「まだだ真理子とのんびり過ごすのも悪くないかなって思ってたところさ」
「じゃあ今日一日私に付き合って欲しいの」
何を手伝うのかわからなかったが、いいよと答えておいた。
「イソラテを一杯貰えるかな」
「はーい」
今日の真理子はテンションが高い、何かいい事でもあるのだろうか?
「はいどうぞ、今日のは甘さ控え目でいつもより量を多めにしてみたわ」
一口飲むコーヒーのコクがちょうどよく甘さもかなり抑えており飲みやすかった、
「これは今まで飲んできたイソラテの中で一番だな」
真理子はガッツポーズをしていた。これが本来の真理子の姿なのかもしれない。
「真理子ちょっといいか?」
時計を見てから俺の向かいに座る、
「谷口はもう歳だし作業で何度も腰を痛めている、もし整備工場をたたんだら俺は無職だそんなことになったら、真理子の紐になってしまうそしたらどうする?」
俺の真剣な質問に軽く答える、
「そんなの簡単な問題よ、うちで働けばいいじゃない、嫌なら谷口モータースを継ぐか、別の整備工場に入るか、私は例え直人さんが紐になっても何も変わらないわ。私は自覚してないけど一途な面があるのよ、だから愛した人のためならなんだって受け入れるし気持ちが変わる事はないわ。金の切れ目が縁の切れ目って言うけど私には無縁の言葉ね、だから悲観的にならないで」
「わかった、ありがとう最近の谷口を見てるとよくこういう気分になっちまうんだ」
八時になった、真理子の携帯に着信の表示が出てる、真理子はすかさず電話に出る。
「そうです今日の午前中でお願いしたいの、詳細はメールで送った通りで、低予算でお願いね一番信頼できそうなとこ一社に頼むつもりよ、時間と料金のファックスお願いね」
切った途端また電話がなる、さっきと同じやり取りをしているので商談かな? と思ったのでちびちびとイソラテを飲みながらタバコを吸った。
五回同じ電話を受けた後急に携帯は静かになった。と思ったら今度はファックスが連続して入って来る、五分くらいで止まった。
真理子はファックスを取り出すとペラペラめくりながら何か考えているようだった。必要ないと思った物は丸めてゴミ箱に捨てていってる最後二枚で悩んでるようだったが、右手に持っている方をゴミ箱に捨て携帯で電話しだした。
「田辺ですそちらに決めましたわ、向こうで待っています、失礼します」
「直人さん、出掛けましょうか?」
「商談じゃなかったのか? 俺が行っても大丈夫なのか?」
「商談と言えば商談ね、とりあえず着替えて出かける準備お願いね。髭は剃らなくていいわよ」
九時ちょうどに何故だか俺は真理子と自分の住宅に戻っていた。予想が当たりそうだ。
呼び鈴が鳴る、ドアを開けると。
「有村引っ越しセンターです」
予想通りだった、真理子がメモを大事そうにポケットに入れた時からいずれこうなるだろうとは予想していたが、昨日の晩から十二時間で実行されるとは思いもしなかった。
「いつ頼んだんだ?」
「昨夜ネットでよ」
荷物が極端に少ないので二十分ほどで部屋の物は運び出された。
「追加の物あるかしら?」
「ないよ十分さ」
「じゃあ私達も行きましょ」
ドアに施錠して追いかける。
荷降ろしも三往復で終わった、俺は千円札を二枚づつ二人に手渡した。
「急ぎで悪かったな、それで昼飯でも食べてくれ」
二人組は嬉しそうに帰っていった。
「チップ多すぎないかしら、仕事量に見合ってないわ」
「いや、いいんだよ。それよりも真理子お前は仕事モードに入ると人格変わるな」
「男女平等って言うけど、仕事ではあんな風な厳しい態度を取らないと舐められるのよ、一時期はそんな演じ分けるのが苦痛だった時もあったけど慣れって怖いわね」
「俺や谷口の前の真理子と仕事モードの真理子はどっちが本物だ?」
「少なくとも直人さんを前にした私は本物の真理子よ」
かなり残っていたイソラテを飲みながら、俺の部屋から持って来たノートパソコンがちゃんと動くかをチェックする、大丈夫な様だった。
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