第5話
戻ったら他の工員は居なかった、谷口だけが待っていた。車から降り谷口に問う。
「どういうことです?」
谷口は真剣な顔で答える、
「もしかしたら見ていた他の者が口を滑らせるかもしれんし、何か出てきた時に慌てさせるといかんし、第一今から行うのは違法行為だ、見せるわけにはいかないからな」
確かに整備士なんかをやっているとトランクの底から銃が出てきたり、灰皿から覚せい剤と注射器が出て来る事も珍しくはない、みんな見て見ぬふりをしてるだけだ。
「ありがとうございます、では早速始めましょうか」
谷口がボンネットを開ける、
「直人、車体ナンバーを消すから粗目のヤスリを持って来い」
言われた通りにする、車体ナンバーを消せばもう購入したディーラーでも分かりはしないはずだ。
「俺は今から消しにかかるから、直人はトランクルームを徹底的に洗え、終われば車内を洗え」
この場合の洗えは掃除や洗浄ではない、探れという意味だ。
「わかりました」
と言いトランクを開けるほぼ空っぽだったが更に工具入れの蓋を外し全部出す。更にトランクの内装を剥がしていくと、小さいコンビニ袋一個と大きい黒のビニール袋が一つ出てきたので、谷口のとこに持っていく。
「やっぱり出ました」
と言うと、開けてみろと言うのでその場でまず小さい袋から開けてみる、注射器が約四十本、当たりだった。続けて大きいビニール袋を開けると、明らかに素人でもわかる覚せい剤が大量に出て来た。
これは末端価格何億円相当なのだろう? と考えながら谷口にどうするか聞いてみた。
「とりあえず空のドラム缶に入れて目立たないところにでも置いておこう」
と言うので、全部ビニール袋に戻して適当なガソリンのドラム缶に入れしっかりと封をしてドラム缶の山の中に戻した。
トランクルームを元に戻し、今度は座席の下を探った。後部座席の下から銃が出てくるがよく見ると銃口に穴が無い、モデルガンだったこれは谷口は興味なさげにどうにでもしろと言ってきたので、自分のポケットに入れた何かに使えるかもしれないと思ったからだった。
谷口の方も終わっている、ナンバープレートも本来のものに直した。
車検証などは跡形もなく燃やして捨てた。
「これからどうします山道にでも捨てて来ましょうか」
「俺に任せておけ、今日中にはただの鉄の塊になるはずだ」
しかし正規に廃車手続きするのは難しいだろうと考えていると察したのか谷口は続けてこう言った、
「スクラップ工場に知り合いがいる、ちょいと金を握らせるとどうにかしてくれるはずだからな」
と言って財布の中を覗き込む、即座に俺は
「俺が出します、いくらくらいですか?」
「口止め料併せて三万で十分だ」
即座に財布から三万円を出して、谷口に渡した。十六時になったところだった。
「よしまだ間に合うな、早速だが行くぞ、一時間で戻れるお前の車で付いて来てくれ」
と言ってエンジンをかける、俺も慌てて駐車場に行きエンジンをかけた。
谷口が付いてこいと合図を送ってくる。後ろの付いて行った。二十分も走ると隣の市のスクラップ工場に付いた。
谷口が車を降りて一人の中年男を捕まえ何か話している、俺も出て近づいていく。
話し合いが終わったところだった、小さく折りたたんだ金を差し出す、男は躊躇いも見せず受け取った、交渉成立って事だと確信した。俺はありがとうと男に言ったが何か警戒されているみたいだった。
谷口が、
「こいつは俺の後釜だ、贔屓にしてやってくれよ」
と言うと急に穏やかな顔に戻って、
「おっと、自己紹介はいらんよ名前なんてただの飾りだ、特に裏の人間にとってはな」
「わかりました、ところでこの車はいつスクラップされるんですか?」
「まぁ見てな」
といいベンツに乗り込むとそのままぐるっと向きを変え、スクラップ待ちの車の最後尾に車を停止させ管理している別の男に金を握らせていた。
ゆっくりと歩いてきた男に、
「全部渡したんですか?」
と聞くと大声で笑いだした、代わりに谷口の口から、
「一万だけだよ、残りの二万はこいつの取り分だ、こういう裏の世界もあるって事だ」
妙に納得した、裏には裏の暗黙のルールみたいなのがあるものなのか。
裏を知ってしまったせいか、今日一日で心が汚れた気分になったが後悔はしていない。
スクラップ待ちの列が動き始めた、深くて四角い巨大な箱に一台二台と詰め込まれ左右前後からプレスされていく、あんなに頑丈な車も巨大プレス機の前では小枝を折るような感じだ、プレス機が開いて行く何十台もの元車達は四角い鉄の塊になった。
見届けると谷口が帰ろうと言って俺の車の助手席に向かう、俺も急いで車に乗り込み工場まで戻って来た。
呆気なく片付いた、十七時半だった。
やることがなくなったので、先程のドラム缶のネジ山をペンチで潰した。これでもし見つかっても容易に蓋を開けられないはずだ。
上野はどうやって密輸したのだろうか?
考えても分からないものは仕方ない。
十八時ぴったりに俺はタイムカードを押してから、谷口にお礼を言うが。
「気にするな上野さんが何しようと客は客、
田辺さんもな、二人共上お得意様だし、田辺さんはもうお前の彼女なんだ、安心させてあげなさい」
と言いながら帰り支度をしている、俺は望月からの報告を受けるため、山本興信所へと車を走らせた。
第十章
事務所のドアを開けると所長の山本と望月だけだった。全員揃っているのはほとんど見たことがない。
「おー、坂井君時間ぴったりだね、コーヒーでも飲むかい?」
「ありがとうございます、頂きますよ」
デスクに突っ伏して寝てた望月も起き上がる、
「よう坂井、待ってたぜ。俺は今日暇でな」
と、大きな欠伸をしてそう言った、
「ちょっと厄介な話でもあるし、ここじゃ落ち着かないから応接室に行こう」
望月の後を付いていく客と話をする部屋だったが、何故か山本も付いてきた。
そんなに厄介な出来事があるのかと猜疑心が心の片隅に咲いていた。
「さて始めようか、坂井腰を抜かすなよ」
と笑っていたが目は笑っていなかった、
「田辺真理子の方から始めよう、田辺はお前も知ってる通りバミューダの現オーナーだ、生まれも育ちもこの市内だ、最終学歴は高卒で家が裕福でなかったので卒業してからは独学で経済の勉強をしていたが、田辺が二十歳の年に両親を交通事故で亡くされた、高速道路を逆走してきた酔っぱらいの車と正面衝突だったらしい。保険金は何千万も貰っているがほとんど手を付けず、中小企業に就職するがあの美貌のせいで多数の男からアプローチを受けていたが全部断っていたが、二十四歳の時に上司に無理やりお見合いさせられ、相手からの猛アピールに負けたのか結婚する、この相手が誰なのかはもうわかるよな」
俺は素早く答える、
「上野フーズの上野だな」
タバコを咥えたまま、望月がそうと言う。
釣られてタバコに火を付ける。
「上野と結婚したものの一ヶ月で上野が肝臓癌で入院、田辺は勢いで結婚したせいもあって愛情はなかったらしい、その証拠に結婚指輪は捨て体には指一本触れさせなかったと聞いている。その後五ヶ月で上野がなくなるとすぐに今のマンションに引っ越した、上野の姓も捨て上野の車と店だけを継いで五年で赤字経営だったバミューダを何とか立て直し、ずっと黒字経営だ、個人の総資産額は約二億円以上だ。この辺りは坂井も知っているな」
頷く、
「面白いのはここからだ、田辺は上野を亡くしてすぐに初恋に目覚める、その相手がお前だよ、昨晩は田辺のマンションに泊まっただろう」
望月が茶化してくるが、すぐにまた真剣な表情を浮かべる。
「ここまでならハッピーエンドだったんだがな、今度は上野の話だ、上野忠生きていれば今年で三六歳だ、亡くなったのは三十一歳、生前のこいつが厄介な奴だった、市議会の知り合いも入ればヤクザの家にまで出入りするような奴だった、このようにわけのわからない行動を取ってる様に思えるが実は明確な理由があった、一貫しているのは大金が動き出す時だけだった、しかし危ない話には乗って来ない小悪党だったって事、口癖は儲かる仕事ないかな? だったらしい、ちょっと休憩させてくれ」
とコーヒーをすすっている、山本はずっと報告書を読み返している。望月はホワイトボードに貼られた写真を整理している、上野の写真を見るがやつれていて正に小悪党っぷりな顔立ちだった。
「続けます」
望月は淡々と話し出す、
「この小悪党の上野が一度だけ危ない橋を渡った。隣町のヤクザだがこの市内のヨットハーバーだけを経営してる大人しいヤクザとは正反対で、隣町のヤクザも同じくヨットハーバーを経営してるが、これだけでは飽き足らず覚せい剤の密輸を頻繁にしていた、隣町の港はこっちよりも広く大型貨物船まで入り込める、しかし荷降ろしには税関の検査が必要だ、そこで考えたのが沖合いで投錨している貨物船まで小型船を走らせ、ブツと金のやり取りをして寄港する前にブイに覚せい剤を結び付け堂々と帰ってくる、当然目を付けられていたが物的証拠がないので捕まらない、どうしたかというと一般客のスキューバーダイビングの際に客に扮した組員を数人連れて沖合いで潜る、その際に客に見せかけた組員がブイまで行って回収するという方法だ、時間と手間はかかるがよく考えたものだ」
コップのコーヒーを飲み干し望月は更に続ける。
「上野は誰から聞いたのかは分からないが、そのブイにくくりつけてある覚せい剤を仲間三人で手分けして一年がかりで少しずつバレないように持ち去りどこかに隠した。少しづつなので隣町のヤクザも気付かなかったらしい、ある程度熱が冷めるまでは上野がどこかに隠してたらしいが残りの仲間二人にも隠し通したまま上野が亡くなり、その残された二人が今ごろになって必死で探してるという状態だ、と言うのも隣町のヤクザ松本組の親分松本敬三にバレて半年の猶予を与えられ、盗んだブツを返せば命までは取らないし報酬を渡す、返さなければ魚のエサにすると言う条件で交渉成立になったらしい、この残された二人は上野よりも小悪党でどこにも頼るあてが無いから死に物狂いで探してるって感じだな、以上が今回調べて分かったことの全ての真相だ。後はこちらの市内の木下という刑事がかなりの腕前で唯一この事件に気付き動いてるのも厄介だ」
望月はたった一日でこれだけの情報を入手していた、思っていた以上に凄腕の探偵なのかもしれない。
その覚せい剤のありかを知っているのは俺と谷口だけだ、これを話していいものか迷っていると、やっと山本が口を開いた、
「放おっておいた方が無難じゃないか? もうあれ以来襲われてはないらしいし、下手に首を突っ込んで痛い目に合うよりずっといいな、先日も言ったが木下は俺と同じくらいのベテランの刑事だ、と言っても俺はもう鈍ってしまってるがな」
一通りの流れは掴んだ、かなりの情報を手にすることが出来た。
望月に礼をいい、いくら払えばいいか尋ねた、興信所の料金など皆目見当が付かない。
望月は電卓で計算を始めた数秒後電卓の金額を見て驚いた、たったの二万円だった。
側に置いている料金表にさっと目を通したがこんな安い料金ではなかった十万はかかると思って用意してきたが見当外れだった。
「必要経費とか上乗せしないのか? 安すぎて申し訳ない気分だよ」
「所長もこれでいいと言っている、友人割引と思ってくれ」
「でも、これじゃあ申し訳ないな」
「気にするな、第一俺は今回のほとんどの調査は電話だけで走り回ったりはしていないしな」
電話のみでしかも一日でこれだけの情報を入手できるなんてすごいなと感心した。
「情報屋なんてざらにいるからな、まぁこれも普段からのギブ・アンド・テイクで築き上げた人脈だ」
と笑っている、素直に二万渡して山本にも頭を下げ事務所を出る、もう二一時になろうとしている、真理子の携帯にかけてみる。
数コールで出た、
「遅くなったが事件の全貌がほぼ明らかになって来たよ、まだ全て話せる状態じゃないが会いたい」
「ずっと連絡を待ってたの、私も会いたい」
今から向かうよと告げ電話を切った。
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