二階堂ビルの先住民
都内某所にある二階堂ビル
夢を見る人間の仮住まい
飛び立つことを夢見て
空を見上げる若者たちと
それに寄り添い見守る「天使」がここに
この場所に住まわせて貰うことになってから、一週間が過ぎようとしていた。
空腹や疲労でボロボロだった身体も
休ませて貰えたことですっかり回復し
つい昨日、
映像でしか見たことのなかった
家庭用の洗濯機の回し方を教えてもらったり
安くて汚れのよく落ちる洗剤の買い方を教えてもらったりした
家事についての事は
右も左も分からなかった俺に
霧彦さんは一から丁寧に教えてくれた
これで、人並みにお洗濯ができるようになった訳だ!
自然と笑みが零れる…
「睦テメェ!!!新品の色物は!分けて洗えよと!!!」
…すみません、ちょっとばかり
話を盛りました。
□□□
「別にワザとじゃねえってわかってるから…次から気をつけてな。取り敢えずひとっ風呂浴びてくる」
霧彦さんは怒鳴りはしたものの
すぐに許してくれた。
打ち解けると口が悪くなるタイプの様で、実家ではこんな感じの人はいなかったから新鮮だ。
「そうだった…色落ちして霧彦さんのシャツが大変な事に…洗濯の道は奥が深いな…」
1人で反省会をしながら、自分の部屋に帰ろうとしていてある事に気がついた
僕の向かいの部屋のドアが少し開いている。
ここは今まで閉じていたけれど、何かの弾みで開いてしまったんだろうか
閉めておいた方がいいかと思い
何気なく近づいたら
薄暗い部屋から骨張った手が
するりと出てきて、ドアを掴んだ
僕は出会った。このビルの先住民に
電気のスイッチが押される音がして
目の前にその全体像が現れた
僕が見上げている位だから
190センチはゆうにあるだろう
かなりの長身だ
因みに現在の時刻は午後七時過ぎ
何故急に時刻の事を言い出したのかというと、目の前の男は完全に寝起きの様な顔をしていたからだ。
「こんばんは」
正直かなり面食らったが、挨拶は大事だ。できるだけ明るい表情を作り、切り出した
「…あ~こんばんは~」
少し間を置いてからの返事
やはり寝起きのようだ
「キリさんどこにおる~?」
こちらへ笑みかけながら尋ねられる。
あ、愛想はいい人みたいだな
「霧彦さんですか、脱衣所のほ「脱衣所。」
今までフワフワしていたのに急にゴルゴ13の様なハードボイルドな表情になり、彼は物凄い速度で脱衣所に入っていった。
カンと間の悪い事に定評のある僕だけど、今回は流石にやばいと感じた。
これ…もしかして。
霧彦さんが危ない?
□□□
「おい!こっち寄るんじゃねぇ!そのブツをしまえ!!!しまえっつってんだよ!!!!バカお前そんな所擦っ…アッーー!!!」
尋常ならない霧彦さんの叫び
お湯をかける音だろうか、激しい水音が聞こえる
一体大浴場で何が起こってるんだ
というかあの先住民は一体何者なんだ?
僕がこのビルに来て1週間
今まで1度も顔を合わせなかった
…というか!
そんな事より、霧彦さんを助けなきゃ
霧彦さんは僕を助けてくれた
今度は僕が
「霧彦さん!ご入浴中の所を失礼致します!!!大丈夫ですか!?」
助ける番だーーーーー
「睦ィィィ!!!こいつをなんとかしてくれ!!!」
霧彦さんが全裸で先ほどの男に全力で湯船のお湯を掛けながら抵抗していた。
「そんな暴れんとってくださいよ~僕とキリさんの仲じゃないですか~…ネッ?」
しかし身長差があるからか顔にはお湯がかかっていない為抵抗の甲斐はあまりない様だ。
まるで、大人と子供…
「…ネッ?じゃねーよバーカ!!バーカ!!俺はなぁ…!!背中を流されるのが嫌いなんだよ!!!!」
…背中?
「えーと、ナントカさんは霧彦さんの背中を流そうとしてたんですか?」
「ん?そだよ~ホラ。ごしごしタオル~」
ふむ。
「背中くらいいいじゃないですか、霧彦さん…ネッ?」
「ネッ?じゃねーよお前まで!!
…はぁ」
霧彦さんは溜息をついた後、肩から肩甲骨のあたりに掛けていたタオルを取って背中を見せた
そこには、仰々しい天使の羽のタトゥー
彼のあどけない顔つきには、不似合いと言わざるをえないしろものだ。
「…ヤなんだよ、コレ近くで見られるの。あんまジロジロ見んな」
エンジェル投資家は、居心地悪そうに頭を掻いている
「お、頭洗いましょうか~?シャンプーハットもあるん「子供扱いすんなバカ!!」
ナントカさんはゲンコツを喰らっていたが、頭をさすりながらも何故かちょっと嬉しそうだった
□□□
「ったく酷い目にあったぜ…さて。そういえば紹介がまだだったな」
お風呂から上がって、リビングのソファーに腰掛ける。ふわふわの部屋着は欠かさない。気に入っているのだろうか
「あ、コレ僕の名前言っとく流れですか~」
「さっきからナントカさんって言ってすみません」
名前が分からなかったので仮名をつけてしまっていたのだが、当人は気にも止めていなかったようだ
「別に好きに呼んでくれていいよ~どうせ適当な名前だし~」
「適当な名前?」
「ああ、こいつの名前は日本一簡単で単純なんだよ」
目の前の長身の彼は、その辺りにあったメモとペンを持ってきて、独特な手つきで短い線を横並びに二本引いた。
一 一
「一応書道を仕事にしてるんよ〜」
「名前は?」
「こう書くの」
「…?」
「…にのまえはじめ~って読むんよ〜
一 一。」
漢数字の1が二つ並んだ
総画数二画のフルネーム。
エキセントリックすぎる。
「ハンドルネームとか偽名じゃなくて本名だからね~」
「因みにこいつの部屋にだけトイレとシャワーが付いてる、作品作りに集中できるようにな」
贔屓は良く無いんだがな、と霧彦さんは笑った
「僕、没頭すると20時間位書き続けちゃうからね~ほんと助かってます〜」
一さんはそう言いながら手をワキワキさせて微笑んでいる
ペンダコだらけのぼろぼろの手
本当に一日の大半を書道に費やしているのだろう。
「週一で少しリビングに来る程度の出現率だ。そこからの遭遇率はFGOの星5の鯖の泥率でイメージするとわかりやすいだろうな」
「…?」
「言ってみたかっただけだ。気にするな」
どうやらオレがいる世界とは違う世界線の話らしい。
「ま、仲良くな」
霧彦さんは立ち上がって僕たち2人の頭をぽんぽんと撫でてから、髪を乾かしに行った
「そういえばなんで一さんは霧彦さんの背中を流しに…」
「え〜それ聞いちゃう〜?」
一さんは少し顔をほころばせている
…と思ったら俺の隣に座り直して、
ゆっくりと耳元でこう囁いた
「霧彦さんのハダカ見に…ね♡」
「!!!」
僕の身体が熱くなったのは恐らく風呂上がりだからではないだろう。
ま、まさかそんな理由だったとは…
「おい、聞こえてんぞ。」
背後から若干震えた声
「テメェら今日晩飯抜きだからな!バーカ!覚えてろよ!!」
ビルの持ち主は
耳まで顔を真っ赤にしながら
こちらを指差しそう怒鳴った後に、
ドカドカと自分の部屋へ帰っていった
「あらら夕ご飯食べ損ねちゃったな〜
いいもん見てお腹いっぱいだけどね〜」
一さんは隣で目尻をさげてごちそうさま、と合掌までしている
…霧彦さんの
そういうカワイイところが良くないんだと思います…
巻き添えを食らって晩御飯を食べ損ね、その晩なかなか寝付けなかったのは…言うまでもないことだ。
灰色は白なのか黒なのか。 @kkk0616
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