第41話 魔王さまとグラード


 あれから何体もの魔族が森を突破し、学校にまで攻めてきたが、分厚い槍衾と弓による面攻撃で撃退する。

 誰一人として逃げ出さず、士気も高いのは、アルクワートとリンチェというトップ2の存在が何よりも大きい。


 徐々に突破してくる間隔が長くなり、やがて誰も来なくなった。

 森も、その静けさを取り戻していく。


「全然来ないわね。もう戦闘は終わったの?」


 静まりかえった森を眺めて、アルクワートは怪訝そうな顔をする。


「ええ、どうやらそうみたいですね。足音も、交戦の音も聞こえてきませんし」


 リンチェは目を閉じて耳を澄ます。

 微かな音も聞き逃すまいと、ピクリ、ピクリとネコ耳を細かに動かしている。


「……いえ、待って下さい。何か聞こえます」


 甲高い音がリンチェの耳に届く。

 聞き覚えのある音だった。


「笛の音……? もしかしてこれって、サバイバルで使用した……!?」


 それは授業の時に配られた、緊急用の笛の音だった。

 使用しているのがストラだとすれば、それが意味する事とは――。


 ガサリと、何かが森から飛び出てくる。

 それは、コロシアムに居たコボルトたちだった。

 理解出来ない言葉を発しながら、必死の形相で逃げている。


 笛の音が、徐々にこちらに近づいてくる。

 それに合わせるように、スライムとコボルトが次々と飛び出してくる。


「何か……来ます!」


 木々を薙ぎ倒しながら、それは笛の音と共に近づいてくる。

 一際激しい音と共に、吹き飛ばされてきたのは――。


「ストラ!?」


 アルクワートたちの前を転がっていくのは、モンスターを率いて森の中に消えていった……ストラだった。

 二人が慌てて駆け寄ろうとすると、後を追うようにレアルタ、パラミドーネが同じように吹き飛ばされてきた。


「なんだ、最初から親父の真似をすれば良かったんじゃないか。それに、最も効率が良い」


 ゆっくりと森から現れたのは、短髪の男――グラードだった。

 辺りをぐるりと見渡した後、ストラを見据え、ニタリとイヤらしく笑う。


「この裏切り者め。何があったのかは知らんが、まさか人間に味方していたとはな。驚きだ。どうりで姑息で卑怯臭い動きをしてると思ったよ」

「私も驚きましたよ。まさか、最後まで私だと気づかなかったなんて。その差が勝負の明暗を分けたようですね」


 ストラは苦しそうに咳き込みながらも、涼しい顔で返す。

 しかし、ダメージは深刻で、手足は震え、起き上がることすらままならない。


「虫のように這いつくばりながら、まだ減らず口を叩くか。だが、今となっては滑稽で笑えるな。ストラよ、分かるか? 今、俺は、すこぶる上機嫌なんだ。これで俺は、遠慮なくお前を殺せる。ああ、勘違いしないでくれ。ただの義務だ。私怨じゃない。でもまぁ、裏切ってくれて本当にありがとうな。あとは黙って殺されろ」


 グラードは鼻歌交じりに歩き出す。

 未だに立ち上がれないストラの前に、レアルタとパラミドーネが立ち塞がる。


≪貴方はストラ様の敵。それ以上でも、それ以下でもありません≫

≪もう復讐だなんて、どうでも良いよ。ただ、ストラの旦那にゃ手出しはさせないよ?≫


 更に、リンチェとアルクワートもそれに加わる。


「見てて下さい、ストラさん。貴方のお陰で、私は強くなれました。もっともっと、いろんな事を教えて下さい。だから今は、全力で守らせて下さい」

「あーあーもう。ホンット強いんだか弱いんだか分からないわね、アンタは。とりあえず、今は守ってあげるわよ。……同じ部屋の、よしみとしてね!」


 一人の男を、四人の女が守る。

 そんな光景を見て、グラードはわざとらしく肩をすくめた。


「おっと、ハーレム状態だな。うらやましいよ。そんだけの粒揃いに、最後を看取られるんだからなぁ!」


 グラードは地を蹴り、一気に距離を詰める。

 同時に、アルクワートとパラミドーネが前に飛び出した。


 パラミドーネは無骨な斧を抜きながら、ちらりとアルクワートを見やった。

 何をしたいのかを瞬時に理解したアルクワートは、こくりと頷く。


≪行くよ、金髪の人間!≫

「分かってるわよ! このでかいワン公!」


 言葉は通じずとも、ストラを守りたいという気持ちに種族の壁など関係なかった。


 パラミドーネは更に大きく前に踏み出し、天高々と斧を振り上げる。

 アルクワートはパラミドーネの大きな背中を駆け上がり、更に掲げた斧をも昇り、まるで鳥のように跳躍する。

 それはレベル5同士の、上下同時攻撃だった。


「お前ら、舐めてんのか? 誰に向かってそんな攻撃をしてると思ってんだ?」


 グラードは左手で剣を、右手で斧を易々と受け止める。

 そしてそのまま、後ろへ投げ飛ばした。

 二人は校舎の壁にぶつかり、ズルリと力無く落ちていく。


「俺がそこら辺のザコより弱ぇなんて、ありえねぇだろ? 分かってんのか? おい、てめぇらまで俺を……俺を出来損ないだと思ってんのか!?」


 放たれる圧倒的な殺気に、生徒たちは逃げ出すどころか恐怖で動けなくなる。

 これまでの魔族とは、まるで格が違う。


 魔王の789番目の息子であり、軍隊を任せられるほどの実力者。

 グラードのレベルは――20を超えていた。


「……まぁ、そこにありえねぇ程弱いヤツが居るけどな。ああ、なるほど。勘違いしたのもその所為か」


 グラードはゲラゲラと笑いながら、なおも前進してくる。

 ストラ以外に興味がないのだろう。


≪さ、させません!≫


 レアルタはツルを伸ばし、グラードを拘束した。

 リンチェはそのチャンスを見逃さず、射程内に駆け込む。


「瞬刻抜――!」


 だが剣は、鞘から出て来ない。

 抜き放たれる前に、グラードは柄頭を押さえ、それを阻止していた。


「はい、残念。後で楽しい時間を過ごさせてやるから、ちょっと待ってろ」


 軽々とリンチェを持ち上げ、レアルタに向かって投げ飛ばす。

 二人は、ストラの遥か後ろにまで吹き飛んでいった。

 足下に絡みついたツルを造作もなく引き千切り、伏せったままのストラの前に立つ。


「弱い。弱いなぁ、お前は。たった一撫ででその様だ」


 実の兄弟だというのに、まるで荷物のように胸ぐらを掴んで持ち上げる。


「よく回るその口で、女どもを舞い狂わせていたのだろう? 親父すらダマすそれには、さすがの俺も感心するばかりだ」

「ええ、グラード。貴方の言うとおりです。私は、それしか出来ない。廻す事以外に、興味がないのです」

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