第40話 魔王さまの作戦完了


 レアルタは、パラミドーネを含めた全てに警戒していた。

 しかし、忠誠を誓うその姿が自分と重なって見え、彼女にだけは警戒を解いた。


 いつ何時、ストラに凶刃が襲いかかってくるか分からない。

 レアルタは気を引き締め、更に周囲の警戒を強める。

 だが、後方が――学校の方が気がかりでしょうがなかった。


≪あの……ストラ様。差し出がましいとは思いますが、既に何人かの魔族が森を突破し、学校に辿り着いているようです≫

≪私がそう指示したからな。足が速い、あるいはレベルが低い敵は無視して構わないと。それがどうかしたか?≫

≪その、大丈夫なのでしょうか? あんな臆病者たちに、最後の防衛戦を任せてしまっても≫


 レアルタの不安そうな声に対し、ストラはためらいなく頷く。


≪無論だ。私の思惑通りなら、アルクワートが先導者となり、臆病者に相応しい戦い振りを発揮してくれるだろう≫

≪……申し訳ありません、ストラ様。無知な質問をお許し下さい。どうして、そう思えるのでしょうか? 相手は、種族の違う人間だというのに≫


 出会ってまだ日は浅いが、レアルタはずっとストラを見てきた。

 そんな彼女だからこそ、そこに僅かな違和感を覚えた。

 理論的で根拠に裏打ちされた作戦をしてきたハズなのに、これだけがどこか感情的だと、そう思えた。


≪それはな、あやつ自身がハッキリと言ったからだ。困っている人が居れば、必ず助けると。頑張っている人が居れば、必ず協力すると。だから――≫


 そう言いかけて、ハタと気が付く。

 そして、信じられないものを目撃してしまったかのような顔になる。


≪……これは、まさか……まさか、なんということか!≫


 掌で顔を覆い、森中に響き渡るような声で大笑いする。


≪クハハハハハハハ!! この私が!! 魔族である私が!!≫


 長年に渡って対立し、一度として友好な関係を築けなかった敵対種族。

 魔王とは、相容れない存在。

 だというのに、たったその一言で、この短い付き合いで、きっとこうしてくれるだろうと確信している。


≪まさか、この私が人間を信頼するとはな! 全くもって面白い! 私に敵を与え、書物にはない知識を与えてくれる! これが、『学校』というものか! クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!≫


 上機嫌に笑う主君に、レアルタとパラミドーネは目を丸くして驚き、思わず顔を見合わせた。


≪幕は近いぞ、荒れ地ネズミたちよ! さぁ、巣穴に帰る時間だ! 『尻尾』はもう残ったのだから!≫



 ◇----------------◇



 グラード軍の行軍速度は、まるで沼地に足を取られたかのように遅く、一歩進む毎に士気が沈んでいくようだ。


 進めば進むほど降り注ぐコボルトの数は増え、更には森を抜けていったハズの部隊が結界を解除出来ていないという事実が、それに拍車をかけている。

 一人、また一人と、今来た安全な道を戻り始め、ついに魔族たちはグラードの指示を仰ぐ前に撤退を始めていた。


「うわぁぁぁーーー!? な、なんでここに!? お前ら、奥に逃げたハズだろ!?」


 響き渡る悲鳴に、グラード軍は戦慄した。

 スライムもコボルトも逃げていき、誰も居なくなったハズの安全な帰り道に、それは再び待ち伏せしていた。


 奇襲攻撃をかけたあと、モンスターたちは奥に逃げ、そこで待ち伏せしているハズだった。

 だがそれは、ただの思い込みだった。

 いや、ストラがそう思い込ませた。


 全てが奥に逃げたワケではなく、途中で身を潜め、グラード軍が通り過ぎるのを待っていた者も居た。

 時機を見て姿を現せば、それは自然と背後を取ることになる。


 つまりそれは、モンスターたちにとっては最高の陣形であり、魔族たちにとっては最悪の状況――『方円(敵を包み込むような形)』に成功した事を意味している。


 しかし、三百の敵を、たった百で囲うということは、広く薄く伸ばす必要が出てくる。

 結果、周りを囲う壁は、紙のように薄くなる。

 高レベルの魔族が強引に突っ込んでくれば、張り子の虎のように、いとも容易く突破されてしまうだろう。


 だが、誰もそれをしようとはしない。

 張り子の虎の中に、本物の虎が潜んでいると思い込んでいるからだ。


 『進む痛み』を覚えてしまった彼らには、それを突破する勇気はもう一つもない。



 ◇----------------◇



 全軍停止し、皆降伏の意思を見せている。

 その報告を受けたグラードは、プレデラを含めた側近たちに当たり散らしていた。


「クソッ! クソがッ! このクズ共がッ! どいつもこいつも、何でこんなに役に立たねぇんだッ! ありえねぇだろ!? どこに負ける要素があった!? 目の前にぶら下がった勝利すら掴めねぇのか、てめぇらは!!」


 腹を殴り、足を蹴り、顔を叩く。

 口端から血を流してもなお、プレデラは立ち上がり、無表情のままその怒りを受け続けた。


「人間かモンスターかは知らねぇが、とびきり頭が切れるヤツが居るみてぇだな。クソがッ、腹が立つ。あのストラを思い出させやがる」


 憎き弟の名を口にして、ハタと気が付く。


「……あぁ、そうか。ストラみてぇなヤツが相手なら、一番良い方法があるじゃねぇか」


 盤上での模擬戦でも、チェスでも、頭を使う勝負には一度として勝つことが出来なかった。

 だが逆に、一度も負けたことがない勝負もある。


「蹴散らしてやるよ。圧倒的な力で」


 彼が軍団長を任せられたのは、魔王の息子だからでもなく、戦術に長けていたからでもない。

 単純に、軍の中で一番強いからだ。

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