第42話 魔王さまと最後の手札


 グラードは襟首をきつく締め上げる。

 もうさえずるな、とでも言うように。


 「まだ減らず口を叩くか。これ以上、お前に何が出来る? その口も、今は空回りするだけだ。それとも、『助けてパパ!』と叫んでみるか?」


 喉が圧迫され、呼吸するのも辛い状態だというのに、ストラは喋るのを止めない。


「グラード、貴方は大きな勘違いをしている。これ以上何も出来ない、ではないのです。これ以上、何もする必要がないのです」

「ハッ、お得意の言葉遊びか? だからどうした?」

「グラード、貴方は森を抜けたとき、辺りをぐるりと見渡しましたね? 何故でしょうか?」

「あぁ? 敵が居ないか確認したに決まってんだろ?」

「敵。そう、『敵』です。貴方は強い。軍団長を任せられる程に。ここに居る四人を一蹴できる程に。学校に残った一年生の中で、生き残ったモンスターの中で、最も強い四人をなぎ倒せる程に」

「……何が言いたい?」


 グラードは更にきつく締め上げていく。

 もはや直接首を絞めているのと変わらない程に。

 それでもストラは、涼しい顔で語り続ける。


「つい先程貴方が口にしたように、最も効率の良い戦術とは、最も強い貴方が最前線に立つことなのです。どれだけコボルトが多くなろうと、貴方なら簡単に弾き飛ばしたことでしょう。……なのに、貴方はギリギリまで戦場に立とうとはしなかった。敵が居たから? 私たちでは、到底敵わないというのに?」

「黙れ。楽に殺してやらんぞ」

「いつ気づいたのかは分かりません。ですが貴方は、『敵』が居ないと確信した。だから、この学校に単身で来たのです。……さて、『敵』とはいったい誰の事だったのでしょうか?」

「ああ分かったよ!! 永久に口を使えないようにしてから、永遠に喋れないようにしてやる!!」


 グラードは拳を振り上げ、ギチギチと音が鳴るほど力を込めていく。

 ただ殴り殺すのではつまらない。

 宣言通り、この拳で口の中を貫くと決めて。


 その拳をストラ目掛けて――。


「離しなさい! その子は、私の生徒ですよ!」


 突如として激しい炎が巻き起こり、振り上げた腕を焦がす。

 グラードは反射的にストラを手放してしまう。


「熱ぃっ!! クソがっ!! 誰がやりやがった!?」


 そう叫んでから、グラードはすぐに気が付く。

 ジクリ、ジクリと痛むこの火傷は、低レベルの威力ではないと。

 校舎の奥からゆっくりと歩いてくるのは――。


「貴方がこの森を選んだのも、最前線に立とうとしなかったのも、そして『城墜としの魔法』をかけたのも……全ては、この『敵』が居たからですね?」


 ストラに眠らされたハズの、パティー先生だった。


「またお会いしましたね、先生」


 ストラは苦しそうに咳き込みながら立ち上がり、ふらふらとした足取りでパティー先生に近寄っていく。


「褒め言葉として受け取ってちょうだい。貴方ほどの皮肉屋を、私は見たことがない。手紙を……ストラ君が置いていった手紙を読んだわ」


 パティー先生を眠らせた後、ストラはクシャクシャになった手紙――『城墜としの魔法』を抜き取り、代わりに自分の手紙を置いていった。


「『眼を覚ましても、単身で突撃しようなどと考えるな。危機に陥っても、決して生徒を助けるな。グラードが、この学校に来るまで』……そう、『敵』が居れば、慎重派の貴方はここに来なかったでしょう。だから私は、パティー先生にかけられた呪いを解き、貴方に見つからぬよう眠らせたのです。……もう、お分かりですね? この作戦の本当の目的とは……グラード、貴方をこの学校に誘き寄せる事にあったのですよ」


 ストラの底知れぬ笑みに、グラードは思わずたじろぐ。


 貧弱な身体に、月のような青白い顔。

 魔族の頂点に立つ父親とはまるで正反対のハズなのに、その異質なプレッシャーはどこか似ていた。


「先生……」


 目を覚ましたアルクワートが、うめくように言った。


「ごめんなさい。私が情けないばっかりに、そんなケガをさせてしまって。……でも、もう大丈夫。ストラ君のお陰で、迷いは吹っ切れたわ」


 パティー先生もまた、ストラを庇うように立ちはだかる。

 そして大きな深呼吸をした後、天高々と手を掲げた。


「お願い、力を貸してちょうだい。私の為にではなく、生徒たちの為に。――イフリート!!」


 力強い声が辺りに響き渡る。

 呼応するように足下の草は逆立ち、木々は激しく揺れ始める。

 やがてパティー先生の掌に赤い光が集まり始め、それは徐々に大きくなっていき、人の形を成していく。


「素晴らしい……。これが、感情がもたらす力か」


 その美しさに、ストラは感嘆の息を漏らしていた。

 現れたイフリートは、前に見たときよりも輝かしい瞬きを放っており、より一層生命の力強さを感じさせる。


 あまりの迫力に、グラードは後ずさる。

 最も見たくなかった力の象徴が、ついにその姿を現してしまったのだから。


 グラードのレベルは20を超えている。

 しかし、パティー先生のレベルはそれを遥かに上回る――最も勇者に近い、レベル28だ。

 差は、歴然だった。


「こ、この、勇者になり損ないの分際で! 裏切り者の分際で! この俺に、勝とうとするなァァァーーーー!!」


 グラードはついに背を向け、森に向かって逃げ出す。


「そうね。私は、勇者ほど強くない。でも、先生としての思いなら、今ならきっと最強だわ」


 戦争の終わりを告げる炎の鉄槌が、グラードに打ち下ろされた。

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