第25話 魔王さまのウソと本当


 ストラは、最初からずっと疑問に思っていたことがあった。


――確信を持っているなら、なぜそうする? 敵だと思うなら、なぜ攻撃しない?


 まるでその問いに答えるように、金色の空が激しく揺れ動き、眩しい程に輝いていたそれが曇っていく。

 ストラはようやく気がつく。


――なるほど、そういうことか。


 アルクワートにとって、剣は最も信頼出来る存在。

 剣を突き付ける事によって、剣を通すことによって、やっとソレが判断できるのだと。

 そんな事をする理由は、ただ一つ。


「……ちゃんと言ってよ。アンタの口から、ハッキリと。敵じゃないなら……ちゃんと証明してよ」


 心のどこかでは、まだ迷っているのだろう。

 ストラは眉間に指先をあて、深いため息をはく。


「……黙っているつもりはなかったんだが……」


 重々しい様子で、ようやく口を開いた。


「いかんせん、コイツは恥ずかしがり屋なものでな」


 あと数センチ進めば絶命しかねないというのに、ストラは気にもせず、髪の中に居るレアルタをひょいと摘み上げ、机の上にポンッと置いた。

 突然の行動に、レアルタも、アルクワートも眼を丸くしていた。


「……え、う、うわっ!? な、何これ!?」


 掌サイズのレアルタを見て、アルクワートは驚いて跳び上がる。

 ギリギリの所でストラが仰け反らなければ、顎ごと持っていかれたことだろう。


「うわっ、やだっ、すっっっごいカワイ……」

「かわい?」

「カワイ……カワ……変わったモノを連れているって言いたかったのよ!」


 そう言っている割には、黄色い声を上げながらレアルタを抱きしめ、頬ずりをしたりと全力で愛でている。


「もしかして……会話してたのって、この子と?」

「あぁ、そうだ」

「なーんだ。アハハ……またアタシの勘違いかぁ……」


 何故かアルクワートは、心底ホッとしたように言った。

 まるで、外れることを願っていたかのように。


「えーっと……。あぁ、それでさ、なんでこの子を隠したりしてたのよ? 第一、この子は何?」

「森の妖精さんだ。昼間のサバイバル訓練で仲良くなった」

「はい? ウ、ウソでしょ? ウソよね? ってか、そんなペラッペラなウソ付かないでよ! アンタの目を見ればすぐに分かるんだからね!」

「そう騒ぐから隠していたかったんだが……。まぁいい、では試してくれ」

「望む所よ!」


 アルクワートは真っ正面から睨み付けてくる。

 ストラはそれを、涼しげな顔で見返す。


 銀色の瞳は、濁りも、揺らぎもしない。

 ストラは大きな隠し事をしているが、実は本当のことを言っていた。

 ドリアードも、広く見れば妖精の一種なのだから。

 ヘタなウソをつけば、アルクワートに見破られるだろう。


 視線を先に反らしたのは、アルクワートの方だった。

 頬を赤らめ、そっぽを向いてしまう。


「な、何でなの? アタシならともかく、なんでヘンタイのアンタが仲良くなれるのよ!? こういうのは、心清らかな人の所にしか寄ってこないんじゃないの!? くーっ、うらやましい!」


 ついに本音がこぼれた。

 巷に溢れる英雄譚では、勇者と妖精はワンセットで出てくる事が多い。

 妖精を連れて歩くことは、勇者としてのステータスであり、誰しもが憧れることなのだろう。


「さてはアンタ……ダマされてるんじゃない?」


 冷やかすように言うアルクワート。

 顔を見れば、本気ではない事がすぐに分かった。

 しかしストラは、まるで深いモヤから脱出したかのように、ハッとした表情を浮かべる。

「そうか、そうだな。私は、ダマされていたのか」

「……へ?」


 反論されると思っていたのだろう。

 アルクワートは肩すかしを食らい、素っ頓狂な声をあげていた。

 その隙を突き、アルクワートの手の内からレアルタをひょいと摘み上げる。


「これはきっと、私をダマす邪悪なモンスターに違いない。ありがとう、アルクワート。危うくダマされてしまう所だったよ」


 そしてストラは、射殺すような鋭い視線でレアルタを睨み付ける。


「こんな危険なモンスターは……処分してしまおう」


 ストラは、ひどく冷徹な声で言った。

 どれだけ無残な処分をしてしまうのか、分からない程に。

 血相を変えたアルクワートは、慌ててストラからもぎ取る。


「ちょ、ちょー! 待った待った! ダ、ダメよ! こんな、小さくてかわい……変わったモノを殺すなんて! このヘンタイ! 覗き魔サド!」

「何を言う? 人を巧みにダマすようなモンスターなら、処分しなければならない。お前は、敵には厳しいのだろう?」


 ストラは、ニヤリと笑いながら言った。

 揚げ足を取られ、アルクワートは押し黙る。


「だが、もしも、もしも本物の妖精なら、大事に扱わねばならんがな。……さて、もう一度聞くとしよう。これは、何だと思う?」


 先程とは完全に立場が逆になっていた。

 目には見えない論理の剣が、アルクワートの喉元に突き付けられていた。


「うぅ……これは……この子は……!」


 言葉に詰まるアルクワート。

 視線は、ストラとレアルタの間を行ったり来たり。

 否定してしまえば、この子は――。


「森の妖精よ! こんなに可愛いんだから、森の妖精に決まってるわ! うー! なんでよー! 何でこんなヘンタイの所に、こんな可愛い妖精が付いてくるのよー! くー! アタシも欲しいー!」


 それ程までに悔しいのか、アルクワートは何度も足を踏みならす。


「やれやれ、ようやく本音を言ったか」

「そうよ! 悪い!? 可愛いモノは正義なのよ!! だからこの子は、今日からアタシが抱いて寝ます!」


 もう離さない、とでもいうようにレアルタを強く抱き締めていた。


≪ぐえぇぇ……。た、助けて下さい、ストラ様! この人間、何か抱きついて来ますー!≫

≪まぁ、危害は加えられないだろうから、安心してくれ≫

≪嫌ですー! 私を抱いて良いのは、ストラ様だけなのですー!≫

≪頼むから、アマルスィーみたいな事を言わないでくれ……≫


 自分に忠誠を誓う者たちは、どうして皆こうなのだと、ストラは頭を抱える。


――それにしても。


 アルクワートは、ストラを敵だと確信していた。

 にも関わらず、迷っていた。

 そうじゃない事を証明して見せろと言った。


――まるで……信じさせて欲しいと言っているようだったな。


 あまりにも突飛な発想に、ストラは自嘲気味に笑う。

 仮初めとはいえ、魔族と人間の間に信頼など生まれるハズがないのだから。

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