第26話 魔王さまと実の兄


 学校より十数キロ離れた場所に、その拠点はある。


 巨大な岩山を長い年月を掛け、削って作られたそれは、住むのにも守るのにも適しており、天敵ともいえるイフリート――『拠点潰し』にも対処する事が出来るようになっている。

 もはやそれは、要塞と言っても過言ではなかった。


 拠点の主は、魔王の789番目の息子――ストラの兄でもある、グラード=セストゥプロだ。

 数年前、学校を攻める拠点として最高のポイントにあったこの場所を、力で強引に乗っ取った。

 多少の犠牲が出ることは分かっていたが、それでもグラードは強行した。

 理由はただ一つ。

 貧弱な拠点の製作に大金を掛けるより、遥かに効率的だったからだ。


 飾り気のない、岩が剥き出しの廊下を一人の少女が静々と歩いて行く。

 その顔は彫刻のようにそつなく整っているが、表情は張り付いたように動かない。

 少女の名はプレデラ。

 グラードの側近の一人である。


「グラード様、何かご用でしょうか?」


 プレデラはノックもせずに、グラードの部屋にズカズカと入っていく。

 その不作法振りにも関わらず、椅子に座ったグラードは報告書類を見つめたまま、怒鳴ることも、咎めることもしなかった。


 部屋の中は廊下と同じで岩が剥き出しになっており、椅子や机はストラたちが授業で使っているそれよりも古くてボロい。

 魔王の息子という高い身分の割には、あまりにも質素で無骨な部屋だ。


「そろそろ椅子が壊れそうですが、宜しければ絢爛豪華な家具を用意いたしましょうか?」

「ふん、そんなものが何の足しになる? 必要ない」


 グラードは吐き捨てるように言った。

 彼にとっては礼儀も、煌びやかさも、無意味で無駄なものでしかなかった。


 髪を洗う時間を減らす為に短髪にし、書類を見る時間を増やすためにサンドイッチばかりを食べている。

 そのせいか、顎は細く長くなっていた。

 徹底的な合理性を求める、グラードらしい顔つきと言えるだろう。


「プレデラ、偵察の人数を増やすように伝えてこい」

「偵察を? ……前回の様子見から随分と経ちましたが、ようやく攻めるおつもりなのですね?」

「その通りだ。お前は無駄な説明が要らないから楽だよ」

「それは安心いたしました。実働部隊の間では、『腰抜けに勤めて大変だ』という声が広まりつつありましたので」


 笑いも怒りもせず、プレデラは思ったことをそのまま口に出した。

 全く遠慮のない物言いに、さすがのグラードも半ば呆れていた。

 もっとも、今に始まったことではないが。


 軍団長でもあるグラードに、これだけの暴言を吐いても側近で居続けられるのは、やはり彼女が優秀であるからに他ならない。

 合理的に考えれば、礼儀よりも、地位よりも、実力を重視するのは至極当然の事だ。


「バカバカしい、腰抜けほど戦いたがるというのに。アイツらはいつだって、突貫してハイサヨナラだ。死にたいなら死ね。一人でも多く道連れにしてな。肝が据わっている者ほど、慎重かつ合理的に行動し、確実な勝利を得るというのに」

「では、何か策でも? あの結界が存在している限り、全勢力をもってしても攻め落としきれないと思いますが?」


 プレデラの言うとおり、最大の障害にして最強の鉄壁――『八つの防壁』をどうにかしなければ、例え倍以上の戦力があったとしても学校は絶対に陥落しないだろう。


「当然だとも。俺はな、プレデラ。あの憎らしい学校に『魔法』を掛けてきたんだよ」

「魔法……ですか?」

「ああ、とてもとても恐ろしい魔法だ。そいつは心をむしばみ、やがて身体を乗っ取っちまうんだ。人間にしか効かない……ひどく効率的な魔法さ」


 グラードは自信たっぷりに、謳うように言った。


「それに……」


 約一時間ほど睨み付けていた書類からようやく目を離し、奥にある客室の扉をチラリと見やる。


「思わぬタイミングで、最強の手札が手に入ったからな。何が起こっても、文字通り叩き潰せるワケだ。初めてだよ、ここまで負ける気がしないのは。そうだとも。学校の人間共には、何一つとして負ける要素が見当たらない。今攻めなくて、何が合理的か。この戦、もはや確勝だというのに」


 グラードは上機嫌に笑う。


「これは運などではない。そうだとも、これが私の実力だ。慎重に、合理的に動いてきたからこそ、もたらされた『結果』なのだ。そうだとも、私は優秀だ。私こそが、魔王の息子として相応しい。私は……出来損ないなどではない!!」


 唐突にグラードは声を荒げ、書類をぐしゃりと握り締めた。

 魔王の息子。

 出来損ない。

 それらキーワードが、グラードの感情を爆発させた。


「あのクソ親父が……! 戦果を上げられないのなら、アイツにこの地を任せろだと!? ふざけるな!! あんな貧弱で、最弱なヤツに何が出来る!? ひいきにされているだけの、クズ野郎じゃないか!!」


 机を叩き壊しても怒りは収まらず、部屋の中にある全てのモノに八つ当たりしていく。

 プレデラもその中に含まれていた。


「見てろ! 訓練校から帰ってくる前に、ここを全て平らげてやる! そして言ってやる! 帰れ!! 出来損ないに居場所などない、ってな!!」


 グラードの高笑いが、拠点中に響き渡った。

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