第24話 魔王さまと絶体絶命


 鐘が鳴る回数が増えるにつれて、緊急用の笛を鳴らすチームが増えていった。


 中には空腹に耐えかね、脱走を試みるチームも居たが、パティー先生が召喚した犬っぽい精霊に捕まり、罰として顔中を舐め回されていた。


 結果、6チーム中4チームが脱落。

 終了と同時に、生き残ったチームは腹を鳴らしながら売店へと駆け込んでいく。

 ストラのチームだけが、胃もたれ気味に腹を押さえている。

 さすがのアルクワートも苦しそうだ。


「サバイバルなのに、何で普段よりゴージャスになるんだよ……」


 ストラが採ってきた食料は、前菜からデザートのフルコースを作っても余るほど大量だった。

 コンパンの呟きに、他の三人は項垂れるように頷いた。



 ※



 その夜、ようやく腹が落ち着いてきたストラは、気怠そうに窓の外を見る。

 アルクワートに無理矢理盛られた所為だな、と珍しくぼやいた。


≪こ、ここがストラ様のお部屋なのですか? わ、私のような……い、いえ、お招き頂きありがとうございます!≫


 肩に乗ったレアルタは、どこか浮ついた様子で喋った。

 初めて寮に入ったという興奮もあるのだろう。

 心なしか、何かに期待しているようにも見えた。


 サバイバル訓練の時も、ストラはレアルタを隠したまま合流した。

 見つかれば、後々面倒な問題に発展する事は明白だったからだ。


 そう、危険性を考えれば、食材調達が終わった時点で別れるべきだった。

 しかし、ストラは敢えてそうしなかった。

 これから起こる事に対し、レアルタは必要不可欠になると予想しているからだ。


≪しかし、王室と呼ぶにはいささか狭すぎるような気がしますが……。あっ、でも、ベッドはキングサイズなのですね。さすがです!≫

≪いや、そこは――≫


 その名を上げようとした時、バタンッ、と扉を荒々しく開ける音によって遮られてしまった。

 レアルタは跳びはねるように、ストラの髪の中に隠れる。


 入ってきたのは、厳めしい顔をした、その名前の持ち主。


「……アンタ、今、『何』と会話してたの?」


 今までとは違う、疑心暗鬼に満ちた声。

 反撃を警戒しているのか、アルクワートは扉を完全には閉めず、いつでも逃げられるよう重心を後ろに傾けている。


――警戒はしていたつもりだが……。全く、いつも予定外の行動をしてくる。


「『何』……とは?」


 軽くとぼけてみせても、アルクワートは表情を崩さない。

 磨かれた金のような瞳が、ストラを真っ直ぐに見つめている。

 それは、疑いの眼差しではなかった。

 コイツは『敵』だと、確信した眼差しだ。


≪気づかれてしまいましたね。ストラ様の不都合になるようでしたら、今すぐに手を下しましょうか?≫


 レアルタは耳元で、冷たくそう言い放った。


≪ほう、私のルームメイトをか?≫

≪え? で、では、このベッドは……。し、失礼しました≫


 その一言で理解したレアルタは、それ以上何も言わなかった。


「初めて会った時から、アンタは変な感じがしていた。根拠なんて何にもない。でも、きっとそうなんじゃないかって、ずっと思ってた。……さぁ、隠したモノを出して」


 覚悟を決めたのだろう。

 アルクワートは扉を閉め、自ら退路を断ち、剣に手を掛ける。

 ランタンの灯火が、徐々に抜かれていく銀色の刃を照らし出す。


 それでもストラは、微動だにせず、口すら開かなかった。

 ただただジッと、アルクワートを真っ正面から見つめている。


 アルクワートの瞳に――金色の空に、銀色の月が浮かんでいた。


「……出さないの? それが、決定的な証拠になるから?」


 剣を抜ききったアルクワートは、焦れったそうに言った。

 しかしストラは、何も喋らない。


 更にアルクワートは、見せつけるように剣を掲げる。

 だがそれでも、ストラは黙ったままだった。


「同級生だから、ルームメイトだから殺さないと思ってるの? 残念だけどアタシ……敵には結構厳しいのよ?」


 感情を押し殺した、抑揚のない声でそう言い放った。

 そして剣が――ストラの喉元に突き付けられた。

 今は冷たいこの剣も、あと数センチ動かせば血の温もりで暖まる事だろう。


≪ストラ様! お逃げ下さい! でなければ私が……!≫


 耳元で喚き散らすレアルタ。

 だが、この期に及んでもなお、ストラは動揺も、焦りもせず、まるで死んでしまったかのように静かだ。


 ストラはふと、初めて会ったときの事を思い出していた。あの時も、今と同じように喉元に剣を突き付けられていたな、と。

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