第23話 魔王さまとレアルタの過去
≪私……いえ、私たちは元々、ここより十数キロ離れた森に住んでいました。好戦的な者は少なく、どちらかというと中立的な存在でした。ですがある日、本来ならば敵である筈の魔族から、一緒にこの学校を潰さないかと持ちかけられたのです≫
モンスターと魔族は近い存在にある。
ジャマな人間を追い払う為ならば、しばしば共闘する事もあった。
結局の所、どの種族も一枚岩ではなく、また完全な三すくみでもない。
≪魔族は目障りな学校を潰したいだけで、土地は要らないと言いました。かつてこの地を追い出された長は、その憎しみからか、あるいは故郷へと帰りたかっただけなのか、土地を貰う条件で共に戦うことを決めたのです≫
≪結果は語るまでもなく、か≫
≪はい。……いえ、そもそも初めから負けると知っていて、私たちだけを特攻させたのです≫
ストラは一瞬立ち止まり、「なるほど、な」と呆れたように呟いた。
≪この結界――いや、『関所』の性能を調べるための捨て駒だった、ということか≫
≪そうです。私たちは力を合わせて結界を破ろうとしましたが、誰も通れず、針の穴すら開きませんでした。そして、気が付けば……魔族たちは、誰一人として居なくなっていました。その時、初めて気づいたんです。裏切られた、と。全員が動揺し、混乱しました。そこに畳み掛けるように人間が現れ、激しい戦闘が……始まったんです≫
その時の事を思い出してしまったのか、レアルタの身体は恐怖で震え、声は潤んでいた。
≪裏切った魔族が憎いか?≫
≪はい≫
≪では、お前の同胞を殺した人間たちは?≫
≪……よく、分からないです。裏切られたという憎しみの方が強いだけなのか、人間たちにはそういう感情が湧かないのです。確かに、たくさんの同胞を殺されました。でも……少なくとも……人間たちは、正々堂々と戦ってくれたんです。おかしいですよね、こんなの≫
レアルタは戸惑い、そして自嘲気味に言った。
≪……そうか≫
意外な話だと、ストラは感じていた。
殺されれば、当然憎しみが湧くものだと思っていたからだ。
――戦場とは、単純な殺し殺されの世界ではないのか? 歴史を紐解けば、いつだってそれの繰り返しのハズ。……いや、だったハズというべきか。ならば、ソレとは何なのだ?
ふいに、世界中の本を読み漁りたい衝動に駆られた。
だが同時に、ソレはどれだけ本を読んでも得られないと感じていた。
そう、同じだ。
きっとソレは、客観にはなくて、主観にはあるモノ。
ソレを得る為には――。
――それにしても。
魔族でも嫌がる汚い手を、こうも簡単に行うとは。
なかなかに下劣で、かつ合理的なヤツだとストラは思った。
いったいどんな人物なのだろうか?
≪……あぁ、なるほど≫
そう考えた瞬間、一人の人物が脳裏を過ぎった。
≪この辺は、グラードの担当だったか。慎重かつ冷酷な行動。実にらしい行動だな≫
≪グラード? ストラ様は、その魔族をご存じなのですか?≫
≪あぁ、789番目の兄上だ≫
ストラは何のためらいもなく、裏切った魔族が身内である事を明かした。
あまりにも突然な告白に、レアルタは言葉を失う。
≪レアルタの話を聞いて確信した。どうやら、近いうちにまた攻め込むつもりらしいな。あそこにグラードの部下らしき魔族が居るのが何よりの証拠だろう≫
かなり離れた場所に『進入禁止』の看板と柵があり、ストラの視線はその先――うっそうとした森が続く結界の外に向けられていた。
ここと同じような光景が広がっているだけで、誰かが居るようには見えない。
それは、この森を熟知しているレアルタも同じだった。
≪見えているのに、見えないモノ。存在しているのに、存在していないモノ……。いかに森の番人と呼ばれたドリアードといえど、枯れ木までは把握しておるまい?≫
≪枯れ木に偽装しているって事ですか? じゃあ、居るんですね? あそこに、私たちを裏切った魔族が≫
レアルタの声に呼応するように、木々がざわめく。
≪抑えろ。気づかれる。今ここで、私の存在を気取られるのは避けたい≫
≪申しわけ……ありません……≫
だがレアルタは、憎むべき敵から目を離そうとはしない。
怒りからか、呼吸が荒くなっていく。
息と同時に、呪いを吐き出しているようにさえ感じられた。
≪お前は敵討ちをしたいか? 私の、789番目の兄上に≫
ストラの言葉に、レアルタは息を呑んだ。
そう、あそこに居るのはストラの兄の部下。
いわば、遠い身内だ。
それに手を出すということは、ストラを……裏切ることにも繋がる。
それは、レアルタが最も嫌う行為。
ましてや、本当の敵討ちをするならば、魔王の息子であり、ストラと血の繋がった実の兄弟を殺さなければならない。
無情にも、答えは既に決まっていた。
≪……いいえ。ストラ様のご兄弟に、手出しなど出来ません……≫
レアルタはうつむき、ひどく沈んだ声で答えた。
その表情には、生気の欠片もない。
所詮自分は、『はぐれ魔族』。
所詮自分は、下流の存在。
実力も、何もかもが足りていない。
捨てられ、捕らわれ、それでも諦めないことで繋がっていた心が、プツリと切れ――。
何の前触れも無く、ストラはレアルタを摘み上げた。
そして掌の上に乗せ、真っ正面から見つめる。
≪答えろ。お前は、お前自身の気持ちで答えろ。裏切ったそいつを、一族を捨て駒にしたそいつを、私の兄弟に関係なく……殺したいか?≫
闇夜に浮かぶ満月のように、眩しく、妖しくも美しい瞳が、レアルタをジッと見つめている。
少しの揺らぎもなく、ただただ真っ直ぐに。
全てを見透かされているような気持ちになり、レアルタはその瞳から逃げるように両手で顔を覆った。
≪……無理です。私には、無理なのです……≫
レアルタは、力無く首を振るう。
≪なぜストラ様は、私を部下にしたのですか? 本来であれば、私のような身分の低い者など、ストラ様の部下になる資格すらないというのに……≫
『はぐれ魔族』という身分からか、レアルタは自分で自分を見下す。
初めての部下になれと言われた時、嬉しくもあったが、自分には釣り合わないとも感じている。
そして、自分がこうなってしまったことも合わせて、本当にこの人を信じて良いのかどうか、心の奥底では未だに迷っている。
≪何を言っている? 部下になる前など、何も関係ない。お前は私の部下になった瞬間から、私の次に身分が高くなったのだ。それでもまだ、自分は下流だと言い張るのか?≫
だが、ストラの言葉がそれらを全て吹き飛ばしてくれた。
≪いいえ! 私は……私は……! どうかお側に居させて下さい! 私は、ストラ様に、一生付いて行きます……!≫
ポロポロと涙をこぼし、ストラの掌を濡らしていく。
レアルタは、心の底からの忠誠を、今初めて誓った。
≪そのように小さき身体でも、流す涙の大きさは同じなのだな≫
◇----------------◇
まさか、とは思った。
だが、最も信頼する自分がそれを見てしまったのだから、やはりそれは事実なのだろうと思い直す。
ショッコは、ストラの後を付けていた。
もしも美味そうな食材を手に入れたら、横取りしようと考えていたからだ。
泣きながらみじめな姿でキャンプ地に帰っていくのを見たかったのもあった。
だが、思いもよらない光景を目撃することとなった。
――アイツは……アイツはモンスターと喋ってやがった!
しかも、親しげに。
まるで従えるように。
――どっからか入ってきたのか? それともコロシアムのモンスターが逃げてきたのか? いいや、どっちでも良い! 早く、早く……!
ショッコは一刻も早くそれを伝えようと、森の中を走る。
誰かに言わなければ。
早く、早く――!!
――クソッ、どこまで俺をバカにするつもりなんだ!? アイツは……アイツの正体は……!!
瞬間、世界が反転した。
◇----------------◇
「……おっ、見て見てコンパン! 何かでっかい動物が引っかかってない!?」
アルクワートは興奮気味にはしゃぎ、遠くに見える大きな影を指差した。
コンパンが仕掛けた罠は、輪っかの中に足を踏み入れると、そのまま上へと引きずり上げる原始的なモノだ。
「げげっ、人だ。しかも、まさかのショッコだよ。人が通りそうにもない場所に仕掛けたのになぁ……」
途中で頭をぶつけたのか、完全に気絶しているようだ。
「……食べてみる?」
「いらない。絶対に食中毒を起こすもの」
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