第11話 魔王さまじゃない不幸な勇者


 夕食を食べ終え、部屋に戻ると、先に帰っていたアルクワートがふくれっ面でベッドの上に座っていた。

 ストラの倍の量を平らげ、尚かつ倍の速度で食べ終わったのには、さすがのストラも驚きを隠せなかったが。


「なっっっとくいかないわ! どうしてアンタがアタシに勝てるのよ! ヘンタイのクセに!」


 どうやら昼間の負けをまだ引きずっているようだ。

 相当な負けず嫌いらしい。


「今すぐ校庭に出なさい! 今度はルール無用のガチ勝負よ!」

「やめておけ」


 ストラは椅子に座り、ため息混じりに言った。


「何よ? どうせ『何度やっても無駄無駄だー』とか、バカみたく格好付けた事言うつもりなんでしょ?」

「いや、私が死ぬだけだ」

「……はい?」

「『頭か身体に剣を当てたら勝ち』……このルールがあったからこそ、私は勝てた。だが、ルールの無い、本当の命を賭けた勝負ならば……私は確実に負け、そして死ぬだろう」


 勝負にレベルは関係ない。

 ストラはそれを証明してみせた。

 だが、殺し合いならば……どう足掻いても埋めることの出来ない差があるのもまた事実だ。


「い、いや、さすがに殺したりはしないけどさ……」


 いきなり話が飛躍した為、アルクワートは大きく戸惑う。


「それに、同じクラスメイトで殺し合うとか、そんなの絶対に無いって」


 アルクワートは、キッパリとそう言い放った。

 何も疑っていない、純真無垢な瞳で。


「……そうか。それもそうだな」


 ストラは静かに頷く。

 その絶対が、いつか覆る日が来るだろうと思いながら。



 ◇----------------◇



――時間は少し戻り、ストラが馬車に乗った後の事――



 ストラたちが去った後、同じ『空っぽの黄身』部分に褐色の肌をした少女が訪れていた。

 彼女の名はシャグラート。

 『ミックスサラダ(ミスティカンツァ)』と呼ばれている多民族集落――つまりスラム出身者である。


 両親も居らず、当然金もない。

 だが、学校の厚意により、奨学金で学校に通うことが出来るようになったのだ。


――これでやっと、ウチも幸せになれる……!


 思えば、不幸しかない人生であった。

 食べ物を買うと集団で野良犬が追い掛けてきたり、生モノを食べればほぼ確実にあたり、仕事にありつけても謎の爆発事故で一日限りで終わってしまう……なんて事もしばしばあった。


――だけれど、それは今日でお終い! 学校に通えば、野良犬だって追い払えるし、生モノにあたっても平気な身体になれるから!


 シャグラートは意気揚々と歩き出す。

 学校ではどんな勉強をするんだろうか。

 友達は出来るんだろうか。

 温かいご飯とベッドはあるんだろうか。

 そんな事を何度も考え直しながら。


――え? え? あれ?


 しかし、教えられた場所には、馬車の影も形も無かった。


――嘘? もしかしてウチ……騙された?


 まだ不幸が続くのか。

 半泣きになって辺りを見渡すと、人影が森の中に入っていくのが見えた。


――なーんだ、良かった。ウチが場所を間違ってただけね。


 シャグラートは人影を追って森の中に入る。

 するとそこには、黒い光沢を帯びた馬車があった。


 装飾は無く、質素ながらもしっかりとした作りで、多少のことではビクともしないだろう。

 その堅牢さ、その雄々しさに、シャグラートは思わず息を呑んだ。


――凄い! こんな立派な馬車に乗っていくんだ! ……でも、どうしてこんな所にあるんだろう?


 これではまるで、見つからないように隠しているようだ。


「貴様、何者だ!?」


 突然の怒鳴り声に、シャグラートは竦み上がった。

 タキシード姿の男が、シルクハットの下から赤い眼光で睨み付けている。


「ひぃっ!? そ、そ、その、そのの……」

「答えないなら……潰す!」


 男は近くの木を片手で掴み、まるで枝でも折るかのように易々と薙ぎ倒す。


「ひぃぃっ!? もうイヤや! ウチは、学校に行く馬車を探しているだけなのに!」

「学校へ? ……という事は……。おぉ、いやはや、これは失礼致しました」


 先程までの荒々しさが嘘のように、男は両足のかかとをくっつけ、紳士のように恭しく頭を垂れる。


「男性と聞き及んでいましたが……いやはや、まさかお嬢様だったとは。聞きしに勝る聡明さですね。暗殺者と一緒に、私も騙される所でしたよ」

「え? え? 暗殺者?」

「おや、ご存じではなかったのですか? 789番目の兄上が、貴女の命を狙っているという噂を」


 何の事か分からず、ますます混乱するシャグラート。

 だが、男は気にせず続ける。


「貴女が学校を卒業すれば、恐らくこの辺り一帯を任せられる事になるでしょう。そうなれば、全く戦果を上げられていない兄上は、軍団長から降格……内地の守兵というお寒い役割を与えられるだろうと、もっぱらのウワサですよ。近々人間の学校を攻めるというウワサですが……まぁ、それだけ焦っているということです」


――学校? ウチが行く学校の事?


「だ、大丈夫なんでしょうか……?」

「いえいえ、ご心配なく。この私めと、この馬車が、命を以て貴女をお守り致しますので」


 欲しい答えではなかったが、男の頼もしい言葉にシャグラートは安心した。


――でも、なんていうか……。


 異常なほどの待遇の良さに、シャグラートは徐々に疑問に思い始める。

 スラム出身者なのに、どうしてこんなにも特別待遇なのだろうか、と。


――もしかして、ウチには凄い勇者の才能が?


 父親と母親が自分を捨てていったのは――いや、スラムに隠したのは、もしかしたらそういう理由があったのかも知れないと、シャグラートは考えた。


――じゃあ、今までの不幸は勇者になる為の試練? それを乗り越えてきたウチは……!?


 これからの事を想像して、シャグラートは幸せ一杯の顔になった。


「ではお嬢様、馬車にお乗り下さい」

「はい、お願いします!」


 外観とは違い、馬車の中はまさに豪華絢爛で、見たことも無い宝石や、触ったことも無い高級な毛皮が所狭しと敷き詰められている。

 ほんの数時間前までは、穴の空いた毛布にくるまって寝ていたというのに。

 まさに夢見心地な気分だった。


「では、出発すると致しましょうか」

「はい! ……あ、あれ? 馬が居ませんけれど……?」


 シャグラートは、今更になって気づいた。

 馬車のハズなのに、馬が居ないと。


「ハッハッハ、それが王族流のジョークというヤツですかな? 馬なら、ここに居ますよ」


 男が馬のようにいななくと、手はヒヅメに変わり、身体は倍以上に一気に膨れ上がった。

 つい先程まで喋っていた人間が、タキシードとシルクハットを被った巨大な馬に変貌していた。

 思いもよらない展開に、シャグラートは完全に言葉を失っていた。


「馬百頭分の力を、とくとご覧あれ!」


 男は力強く、野太い声でいななき、馬車というより競走馬のような恐ろしい速度で出発する。


――え? え? こ、この人……もしかして、人間じゃない? もしかして……魔族?


 シャグラートは、血の気が引いていくのを感じた。


――もしかしてウチ……魔族の馬車に乗っちゃった?


 巻き上がる砂煙と共に、シャグラートの涙が散っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る