第12話 魔王さまと学校説明


 練習試合があった翌朝、ショッコは肩を大きく揺らしながら、寮の廊下をゆっくりと練り歩いている。

 アルクワート、リンチェ、そしてストラの所為で失った地位と存在感を取り戻す為だ。


 二階に上がると、ストラは本を読みながら自室の前に立っている。

 もうすぐ授業が始まるというのに、まだ私服姿だ。


「うわっ、だせぇ。襲うの失敗して追い出されてやんの」

「いや、着替えの為に追い出された」


 ショッコの嫌味にすら気づかず、ストラは素っ気なく答えた。

 反応は面白くなかったが、面白いことを聞けたとショッコは舌なめずりをする。


「ラッキー。おい、てめぇ。今すぐそこを退けろ。止めたり抵抗したり、助けを呼んだりしたら、そのキレイな顔面をぐちゃぐちゃにしてやるからな?」


 ショッコは自慢の睨み顔でストラを脅し付ける。

 せいぜい無駄な抵抗をしてみせろ。ショッコはそう高をくくっていた。


「ふぅむ……では、どうぞご自由に」


 しかしストラは、拍子抜けするほどアッサリとそこを退いた。

 ショッコは戸惑ったが、あの時散々いたぶったから俺様の怖さが骨身に染みているのだろう、と納得し、ドアノブに手を掛ける。


「おい、俺様の下に付く気なら、てめぇにも見せてやってもいいぜ?」

「遠慮しておくよ。追い出される前に、とびきりの脅しを掛けられたからね」

「あん? どういう意味だ?」


 ストラが答える前に、ショッコはほぼ無意識にドアノブを回す。

 ギィィィ、と軋む音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。


――ヒュンッ!!


 鋭い風切り音。

 隙間を縫うように飛んできたのは――。


「な、なんでエンピツが――!?」


 コーン。

 板に矢が刺さったような、小気味の良い音が鳴った。


 矢は、エンピツ。

 板は、ショッコの額。

 またとない一撃に、ショッコは直立不動のまま後ろに倒れていった。


「なるほど。レベル5が全力で投げるエンピツは、頭蓋骨にすら突き刺さるのか……」


 ストラは、感心したように言った。


「ついに本性を現したわね、このヘンタイ! 言ったでしょ、『覗いたら殺す』って!」


 扉がバンッ、と荒々しく開けられ、威勢良く中から飛び出してきたのは……下着姿のアルクワート。


「よし、仕留めた! ……って、あれ、あれれ?」


 倒れているのは、ショッコ。

 仕留めたと思ったハズのストラは、何とも味わい深そう顔で下着姿のアルクワートを見ている。

 ブラとパンツは水色で合わせてあり、ワンポイントの小さな黒いリボンが何とも可愛らしい。


「ふぅむ、今日の授業はそれで行くのか? オトリにはぴったりな衣装だな」

「このっ……どヘンタイ!!」


 真っ赤に茹で上がったアルクワートは、下着姿のままストラの顔目掛けて強烈なドロップキックをかます。

 吹き飛ばされたストラは、ショッコの上に倒れ込んだ。

 「うぐうぇぇ」という奇っ怪な声を発しながら、ショッコの口から謎の液体がデロデロと流れ出す。


「エロレベルだけは、勇者以上ね!」


 そう言い捨て、アルクワートは部屋の中に戻っていった。


「……私が何をしたというのだ?」



 ◇----------◇



 朝のホームルームで、パティー先生から今日一日は座学を行うと説明された。

 全員が「え~」と声を上げている中でも、アルクワートは一際嫌そうな顔をしていた。


「アタシ、ゼリーよりも勉強が嫌いなんだけど」


 完全に脳筋剣士の発言だ。

 マジメに授業を受けているリンチェの方が魔法剣士らしい。


 どうやら授業は、実技訓練と座学、その二つを一日交換で行うようだ。

 そして週末に、総合訓練というものを行うらしい。


 そして初めての座学――午前の授業は、パティー先生からこの学校について、より詳しい説明をされた。

 中でも興味を惹いたのは、『守護結界(クストーデ・バリンダ)』と、『コロシアム』の存在である。


 ストラが初めてこの学校を見たとき、守りが薄そうだと思った。

 事実、城壁も、柵も無い。


 境界線近くだというのに、なんて危うい学校なのだろうか。

 だが、守護結界の存在を知った瞬間、その考えは一変した。


 守護結界。

 読んで字の如く、この学校を護る結界のことだ。

 『八つの防壁(オッタスティロ・バリンダ)』とも呼ばれるように、八つの結界魔方陣から成り立っている非常に高度な魔法である。


 その特徴は、人間だけを通し、魔族(モンスター、亜人を含む)を一切通さないという、恐ろしく優れた『関所』なのだ。

 籠城されたら即諦めるという話も頷けた。

 ただ、一つだけ欠点があるのだという。


 それは、特定の場所――パティー先生いわく、精霊に愛された場所だけだそうだ――にしか設置出来ないことだ。

 この学校がわざわざ境界線近くに建てられたのも、それが理由だという。


「では、どうして亜人の私は入れたのでしょうか?」


 リンチェが手を挙げて質問した。

 返ってきた答えは、いたってシンプルだった。


 亜人の生徒が入学する時だけ、その結界を一時的に消しているのだという。

 つまり、リンチェとストラは、許可無くしてこの学校を出ることは出来ないのだ。

 もっとも、危険な境界線近くをうろつきたいという生徒は皆無だが。

 生徒全員が寮への入居を義務付けられているのは、そういった理由も含んでいる。


 次に、コロシアムだ。

 生徒たちによる武術大会の会場であり、そして実戦を想定した練習――捕らえたモンスターを使った訓練がそこで行われるのだという。


 訓練に使用するモンスターは、コロシアムの地下の牢屋に入れられており、生徒は立ち入り禁止となっている。

 要は、飼い殺しているのである。

 即実戦投入する魔族とは違い、非常に合理的な育成方法に、ストラは驚きを隠せなかった。


「モンスターを憎いと思う人たちは多いわ。けれど、ここに居るのは私たちの大事な訓練相手なの。そのことを忘れないであげてね」


 そんなモンスターたちに同情しているのか、パティー先生はずっと沈んだ顔をしていた。

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