第10話 魔王さまの初試合


 アルクワートとリンチェは睨み合ったまま、校庭の中央に移動していく。


「この辺でいいかな?」

「ええ、充分な広さです」


 リンチェは中腰になり、低い身長を更に低くする。

 その構えは独特で、木剣を鞘に収めたまま、肩を突き出すように斜に構えていた。


 一方アルクワートは自然体のままで、構えようとすらしない。


 レベル4の戦士VSレベル5の魔法剣士。

 このクラスの、トップ2の戦い。

 試合をしていたクラスメイトたちは、自然と手を止め、周りに集まり出していた。


 訪れる静寂。

 高まる緊迫感。

 ギャラリーは息をするのも忘れ、ただ黙して見守っている。


「――いざっ!」


 最初に仕掛けたのは、リンチェだった。

 間合いを一瞬にして詰め寄り、木剣を抜く――どころか、片手でアルクワートの木剣を奪いに行く。


「うそ!? なにそれっ!?」


 虚を突かれたアルクワートは、間合いを取り直そうと横一文字に振るう。

 だがリンチェは、その場で更に深くしゃがみ込み、難なくかわす。

 そして、アッパーの要領で掌底を突き出す。狙いは、アルクワートの手の甲。


 いち早くそれに気づいたアルクワートは、足を上げ、その掌底をかかとで踏みつける。

 だが、勢いは止まらない。――いや、最初から勢いを殺すつもりなどなかった。


「なんと……っ!?」


 まるで曲芸のように、アルクワートは空を跳ぶ。

 ゆっくりとバク宙し、砂煙を立てながら地面に降り立つ。


 同じ新入生とは思えないハイレベルな攻防に、クラスメイトたちはただただ呆然としていた。

 その中で、ストラだけがずっと数字を数えている。


「変わった剣術ね、まずアタシの剣を奪いに来るなんて。無力化してから、後はじっくりと料理ってこと? ネコがネズミをいたぶるように」

「真逆ですよ。無力化してしまえば、後は降参するしか無くなるんです。無駄な殺生はしないのが、ウチの種族の信条ですゆえ。そういう貴方こそ、形が無い――無形の剣術じゃないですか」

「そりゃそうよ。だって、何も考えずに剣を振ってるんだからね!」


 お返しと言わんばかりに、今度はアルクワートから仕掛ける。

 それに対してリンチェは、腰を据え、鞘に手を――木剣を抜く体勢を取った。


 周りのギャラリーは、思わず息を呑んだ。

 そして、直感的に感じた。

 それが抜かれる時、勝負は決する――と。


 剣が届くか否か。

 その距離に達した瞬間――リンチェは、既に木剣を抜き終わっていた。

 ギャラリーは目を疑った。いつの間に攻撃したんだ、と。


 アルクワートでさえ、その剣筋を捉える事は出来なかった。

 だが、本能的に危険を察知し、直前でスライディングのように滑り込んでいた。


 まさに紙一重。

 しかし、それで限界だった。


 強引にかわした為、体勢は崩れたまま。

 追撃されれば、もうかわすことは出来ないだろう。


 アルクワートが諦めかけた――その時、


「ぐっ……ふぬ、ぐむむ……!」


 絶対的に有利な筈のリンチェが、何故かもがき苦しんでいる。

 いや、抜いた木剣をうまく鞘に戻せないようだ。


 アルクワートはゆっくりと立ち上がり、リンチェの前に立つ。


「ま、待って! 入れ直すまで待って下さい! 私は『戻し』が苦手なんです!」


 必死に戻そうとするが、焦れば焦るほどブレが酷くなり、カツンカツンと木を木で打つ音がするだけだった。


「一撃必殺ってワケね。敵も、自分も」


 アルクワートは、リンチェの頭をペシンと軽く叩く。

 この瞬間、勝者は決定した。


 予想外の展開に、ギャラリーは呆然としていた。

 しかし、すぐに拍手喝采へと変わっていく。


「まさか私の必殺、『瞬刻抜刀(しゅんこくばっとう)』がかわされるなんて……。レベル通りの強さですね、アルクワートさん」

「次からは呼び捨てでいいよ。そういうリンチェこそ、レベル4とは思えない一撃だったわよ」


 二人が握手を交わすと、その名勝負に更なる拍手喝采が沸き起こった。


「さぁて、次のチャレンジャーは誰?」


 だが、アルクワートの一言で場は水を打ったように静まりかえってしまった。

 レベル差は倍以上。

 ましてや、名実共にクラス一位となった相手に挑もうというクラスメイトは、誰も居なかった。


 ――ただ一人を除いて。


「では、私が行こうか」


 ストラが一歩前に出ると、歓声ではなく、笑い声が巻き起こった。


「あー……その根性は認めるけど、アンタは止めておいた方が良いと思うよ? アンタのは、無謀と勇気のはき違えだから」


 アルクワートは笑わずに、心配そうな顔で言った。

 それに対し、ストラは不敵な笑みを浮かべる。


「これはこれは……実におかしなことを言うものだな。まるで私が、負けに行くような物言いではないか。残念だが、既にこの勝負は……私が『勝った』」


 勝負の前に、『勝ってみせる』という気合いは分かる。

 だが、剣を交える前から『勝った』と宣言されるのは、アルクワートにとって初めての経験だった。

 ただのハッタリか、それとも――。


 もはや笑う者は誰も居なかった。

 なぜなら、みんな呆れ返っているからだ。


「なによ、人が心配して言ってるのに……! もういい! それなら、ありったけ後悔してよね!」


 ストラが構えるのと同時に、アルクワートは地を蹴って仕掛ける。


 アルクワートは、一撃で終わらせようと考えていた。

 一撃で仕留めれば、実力差――レベル差という確固たる数値を嫌というほど味わうに違いないと思ったからだ。


――1、2。


 それと同時に、ストラは横に避けた。

 アルクワートはまだ、攻撃すら仕掛けていないというのに。


 それは、端から見れば恐怖で腰が引けたようにしか見えなかった。

 だが、アルクワートの斬撃は、まるで吸い込まれるようにその場所を攻撃していた。


 きっとマグレだ。そう思ったアルクワートは、横に避けたストラに追撃を仕掛ける。


――3……4。


 それと同時に、ストラはしゃがみ込む。

 やはり、腰を抜かしたようにしか見えなかった。


 だがまたしても、アルクワートの斬り上げはその場所を通過していった。

 大振りの攻撃。急所である身体が、ガラ空きだった。


「言った筈だ。既に私が『勝った』、と」


 ストラは、アルクワートのヘソを剣先をちょんと突く。

 それは、試合終了を意味していた。


「……え? え、なに? アタシ、今、突かれたの? え……えええぇぇぇーーーー!?」


 ありえない結果に、アルクワートは悲鳴に近い声を上げた。

 それは、ギャラリーも同じ気持ちだ。


 クラス1位とクラス最弱。

 レベル5とレベル『マイナス1』。


 絶対的な数値の差が……いとも容易くひっくり返ってしまったのだから。


「つ、次は私と戦って下さい!」


 リンチェは、返答を聞く前から構えていた。

 自分に勝った相手が、呆気なく負けたのに納得いっていないようだ。


「ああ、構わんよ。やはり私は間違っていなかったと確信を得ていた所だ。この勝負も、既に『勝った』後だ」


 不可解な言動と共に、ストラも構える。

 威圧感は、レベルのそれと同じようにほとんど無い。

 だが、暗がりに潜む『何か』のような不気味さがあった。


 リンチェは、瞬刻抜刀の体勢のまま、じりじりと近寄っていく。

 間合いに入った瞬間、リンチェは剣を――抜かずに、一瞬にして間合いを詰め、剣を奪いに行く。

 だが、ストラはいつの間にか中段から上段に構えを変えていた為、何も掴めなかった。


「なら、これはどうですか……!」


 すぐさま瞬刻抜刀の構えに戻す。

 だが同時に、ストラは身体を密着させ、間合いをゼロにした。


 リンチェは、その行動に戦慄した。

 なぜなら、この距離では瞬刻抜刀を使う事が出来ないからだ。

 たった一試合見ただけで、ストラは……唯一の弱点を見抜いていた。


 ストラの動きが早いワケではない。

 むしろ、遅い方である。

 しかし、こうも先読みをされてしまっては為す術がない。


 一矢報おうと、リンチェは強引に剣を抜こうとする。


 バン!!


 しかし、その出鼻を挫くかのように、ストラは剣を抜く前に頭を叩いていた。

 クラスのトップ2が、クラスの最下位に破れた瞬間だった。


「おっと、すまない。痛かったか? 剣術には不慣れなものでな」


 痛みを和らげてあげようと、ストラはリンチェの頭を撫でる。


「なっ!? う、うぅ……!!」


 思わぬ行動に、リンチェは直立不動のまま小刻みに震え始める。

 敗者に対する侮辱だ。

 周囲のギャラリーはそう思った。


「に、にゃぁーお!!」


 リンチェはシッポをビンッと立て、とろけるような甘い声で鳴いた。

 その顔は、まるで仕える主人を見つけたかのように幸福で満ちている。


「すげぇー! なんだよ、強ぇじゃねぇか! どこがレベル1なんだよ!」


 鼻息を荒くしたコンパンが、自分の事のように喜びながら言った。


「ハッハーン。俺に負けたのは作戦で、ショッコのはワザとだな? 理由は知らんけど」

「何を言う。私はいつだって真剣だ」

「えー? うっそだー。じゃあ、もう一回やろうぜ? 今度は本気でやってくれよ」

「何を言う。私はいつでも本気だ」


 クラストップ2に勝ったのだから、ストラが一番強い。

 コンパンなんか、勝って当たり前。


 クラス全員がそう思っていた。

 だが、その認識はすぐさま崩れることになる。


 0勝6敗。

 結局ストラは、コンパンに一度も勝つことが出来なかった。


「……なぁ、意味が分からんよ。何であの二人に勝てて、俺に勝てないのよ?」

「汚いからだ。リズムも、動きも、法則も、全てが汚いからだ」

「えっ? なにそれ? ひどくない? 勝ってるのに負けた気分なんだけど」


 アルクワートはずっと呆然としたまま。

 リンチェは骨抜きになってとろけている。

 そして全勝したハズのコンパンは「汚いって何だよ……」と落ち込んでいた。


 こうして初の練習試合は、クラスメイトの常識を全てひっくり返したような形で終わりを迎えた。

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