第9話 魔王さまとネコ耳の亜人


 全員のレベルチェックが終わった後、個人個人の技量を計ることになった。

 校庭でいきなり実技訓練――レベルが近い者同士、一対一の練習試合だ


 練習用の木剣を使い、頭か身体を叩かれた方が負けとなる。

 手足だけにプロテクターを付けるのは、反射的にそこで柔らかい部分を守れるように刷り込むのと、相手の末端を狙っても致命傷になり難いという意識を持たせる為だ。


 その説明を聞いたクラスメイトの一人は、パティー先生にこう言った。


「えー。あたしぃ、痛いのやだなぁ。だって僧侶だしぃ、後ろで回復役しかしないしぃ」

「知恵のある魔族やモンスターは、まず回復役を潰しにかかってきます。それも、全力で。……ライフラインを絶たれたパーティーの末路は、それはそれは悲惨なものよ……」


 苦々しい顔で語るパティー先生。僧侶の子は、それ以上何も言わなくなった。


 練習試合といっても、要は校庭全体を使って野良試合を行うだけの訓練だ。

 まだ最初とあってか、仲の良い者同士が組み、じゃれ合う程度の試合があちこちで行われている。


「よー、ストラ。レベル1同士で組もうぜ?」


 木剣で肩をトントンと叩きながら、コンパンはストラに声をかける。

 ストラのマイナス1という数値は、結局計り間違えだろうという形で落ち着いた。

 コンパンのようにそりゃそうだと思う者も居れば、未だに歴代最弱の勇者候補だとバカにし続ける者も居たが。


「ああ、構わんよ」


 ストラは柄を両手で持ち、突き出すように構える。

 剣先は真っ直ぐにコンパンを捉えており、とても綺麗な姿勢だった。


 周りのギャラリーから「おぉ……」と意外そうな歓声が上がる。

 マイナス1だから、さぞかしへっぽこな構えを取ると思っていたのだろう。

 レベルからは想像できない程、堂に入った構えだ。


「うおっ、マジか!? ぬぐぐ、隙がない。くそっ、ええい、やけくそじゃーーー!!」


 コンパンは破れかぶれに突撃し、木剣をただ振り下ろす。

 ストラの構えとは対照的に、全てが雑な攻撃だ。

 こりゃカウンターを喰らうな。

 ギャラリーの誰しもが、そう思った。


 パコン。


 気の抜けるような音が聞こえてきたのは――ストラの頭からだった。

 剣術に関する本も、当然読んでいる。

 先程の構えも、本を真似たものだ。

 ただし、身体がそれに付いてくるかどうかは別だが。


「……俺が言うのもなんだけど、弱すぎ」

「そうだな。深く反省している」

「まぁ、一番戦いに向いてない商人だもんな。けど、その内強くなれんだろ。取りあえず、もう一回やろうぜ?」


 ストラは頷き、もう一度構える。

 すると、どこからともなくショッコがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。


「おーおー、居た居た。どうよ、マイナス君。俺様と勝負しない?」


 返答を聞く前からショッコは構える。

 てめぇに断る権利はねぇ、とでも言うように。

 遮るように、コンパンが慌てて間に入った。


「ちょ、ちょーと待ってよ。ほら、ストラは今、俺と試合中だからさ。また後で、ね?」

「てめーは黙ってろ。俺様は今、そこのマイナス君に聞いてんだよ」


 ショッコはコンパンを押し退け、再びストラの前で構える。

 攻撃的な上段の構えは、ショッコの性格を現しているようだ。


「マイナス君? ……ああ、私の事か。構わんよ」


 ストラも構える。それは、試合成立を意味していた。

 庇おうとしていたコンパンは、「このバカ蔵書息子が……」と頭を抱える。


 レベル1の商人VSレベル3の戦士。

 ただのイジメだという事は、誰の目から見ても明らかだった。


「おーし、決まりだ。思いっきり鍛えてやるから……なぁ!」


 ただ振り下ろすだけの荒い剣撃。

 しかし、コンパンとは比べものにならない程速かった。


 バシーン!!


 いかにも痛そうな音が校庭に鳴り響く。

 叩かれた場所は、プロテクターが無く、有効打にもならない肩だった。


「おー、良くかわしたなぁ! よーし、そのまま上手く避けてくれよ!」


 バシ-ン!!


 叩かれた場所は、またしても肩。

 ストラが避けているのではない。

 ショッコがワザと外しているのだ。


「うわー。最っ低だね、アレ」

「うぉっ!? お、驚かすなよ」


 コンパンの隣に、いつの間にかアルクワートが立っていた。


「と、止めた方が良いんじゃないか? レベル差がありすぎて酷いよ、これは」

「最っ低だけど……勝負ってこういうもんでしょ? 魔族に『待った!』なんて通用しないワケだし」


 オロオロしているコンパンとは対照的に、アルクワートの反応は冷めていた。


「それに、アイツは助けてって顔をしてないよ。よく分かんないけど、何かをジーッと見てる。……叩かれて喜ぶヘンタイなだけかも知れないけど」


 ストラは既に、左肩に二発、右肩に三発も打ち込まれていた。

 しかし、回数の割にはダメージが少ない。

 痛めつけるのではなく、イジメるのが目的だからだろう。


 その間、ストラはずっと数字を数えていた。


――なるほど。1、2、3……。1、2、3……。ふむ、ここか?


 木剣が、初めてショッコのとカチ合う。


「お? 刃向かおうってか? ぬるいぬるい!」


 簡単に力負けし、軌道が逸れたそれはストラの頭に当たった。

 ショッコの勝ちが確定したが、ひどく不満げな表情を浮かべていた。


「ちっ、当たっちまった。まぁ、関係ねーけどな!」


 ショッコは叩くのを止めない。それどころか、足を引っかけてストラを押し倒す。


「あー!? 待ったは無いけど、さすがにやり過ぎ!!」


 明らかなルール違反に、アルクワートは木剣を抜いて駆け出す。

 だがそこに、一陣の風が割って入る。


「そこまで。敗者に追い打ちを掛けることは、騎士道に反する事ですよ」


 凛とした声が、ショッコの動きを止めていた。

 声だけではない。首筋には、いつの間にか木剣があてがわれている。


「あ、いや、その、調子に乗りすぎたな、うん」


 状況が悪いと感じたショッコは、ヘコヘコと頭を下げながらそそくさと立ち去っていった。


「全く、嘆かわしい事です。力は、主君の為に振るうべきだというのに……。ええと、大丈夫ですか?」


 倒れているストラに向けて、背の低いネコ耳の亜人が手を差し出す。

 濡れカラスのように美しい黒髪が、彼女の動きに合わせてしな垂れた。

 ストラは人間のそれと同じ手を掴んで立ち上がる。


「ああ。助かったよ……リンチェ」


 名前を呼ばれたネコ耳の亜人――リンチェはシッポを膨らませるほどに驚く。


「ど、どうして私の名前を? 以前どこかで会いましたか?」

「いいや、レベルチェックの時にな。……順番が悪かったな。アルクワートの前であれば、さぞかし注目されたというのに」


 リンチェは更に驚き、アーモンド状の瞳がまん丸になるほど見開く。

 アルクワートの影に隠れて目立たなかったが、リンチェもまた『レベル4の戦士(ソルダート)』という実力者だ。


「……貴方の名前を教えてくれませんか?」

「ストラだ。ストラ=ティーゴ」

「ストラさん……。うーん、何だか不思議な方ですね。貴方とは初めて会った気がしないです。それに」


 唐突にリンチェは鼻を近づけ、ストラの匂いをクンクンと嗅ぎ始める。


「何だか、懐かしい匂いがします……」


 顔、胸、腹、足……。

 頭の天辺からつま先まで、リンチェは全身の匂いをくまなく嗅いでいく。


「うぅむ……そろそろ勘弁願いたいのだが……」


 さすがのストラも気恥ずかしくなり、一歩身を引く。

 しかし、リンチェはそれに合わせて一歩半も近づいてくる。


 ほとんど鼻先がくっついている状態でも、リンチェは嗅ぐのを止めない。

 既に顔はとろけており、まるでマタタビを吸ったネコのようだ。


「くそぉ、羨ましい!! なんでアイツにばっかり、あんな美味しいイベントが起こるんだよ……!?」


 コンパンは血涙を流しながら、羨望の眼差しでその光景を見つめていた。


「……って、じゃなくて、何やってんのよ!?」


 ようやく我に返ったアルクワートは、無理矢理リンチェを引っ剥がす。


「ハッ!? ご、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって……」


 顔を真っ赤にして、自分の行為を恥じるリンチェ。

 しかし、未だに名残惜しそうだ。


「俺はコンパン。そっちはアルクワート。見たまんまで悪いけど、リンチェはネコ系の亜人なの?」

「ええ、ウェアキャットのハーフだそうです。友好的な種族なので、『亜人枠』で入れさせてもらいました」


 亜人枠。

 名前の通り、亜人の為に設けられた枠――入学制度の事である。


 制度と言っても、規定はたった一つだけ。

 人間に友好的な種族であるか否か。


 それを聞いたコンパンは、少し悩んでから質問する。


「……語尾にニャーって付けないんだな。ネコ耳あるのに」

「貴方は、どこかのふしだらなお店と勘違いしていませんか? 私はそんな媚びた声なんて出しません!」

「あれ、媚びてるんだ……」


 意外な事実に、コンパンは深く頷く。

 アルクワートはそんなコンパンを乱暴に押し退ける。


「ヒマしてるんなら組まない? 誰も戦ってくれなくてさー」


 肩をぐるぐると回しながら、挑戦的な目で言った。


「いいですね、受けて立ちましょう。私もまだ、一度も試合をしていないので」


 二人の間に火花が散る。

 何故か、その間にストラを挟んで。

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