貴人、英雄、首切り男

古月むじな

そのはじまり

 革命が起き、体制が王制から共和制に変わって何年経とうと、彼の仕事は変わらず首切り男であった。

 今日は五人の首を切り、三人ほど吊るした。自由と平等を謳う新政権は毎日のように罪人を首切り男に送りつける。商売繁盛、大いに結構。だが、ひと月前までは新政権の中心人物だった男が重罪人として連れて来られるのを見、何も思うなと言うほうがあんまりだ。

 首切り男に政治思想はない。王制の頃も、新政権に変わってからも、お上から頼まれた仕事をこなすだけである。王族だろうと革命派だろうと、貴族だろうと農民だろうと、老人だろうと幼子だろうと、それがお上にとっての罪人である限り、剣を振るって首を刎ねるだけである。彼はこの国で数少ない処刑人であるため、政権が変わろうと職を失うことはなかったのだ。

 だから、首切り男は政権に口を出すようなことはしない。無言のまま首を刎ね、無言のままに剣の血を拭う。今日刎ねた首は、確か貴族への待遇改善を唱えていた者だったか。罪もないまま投獄された貴族を解放しようとし、それを叛逆と咎められたのだ。その貴族はまだ幼く、十つほどだったそうだ。

 平等なんてものがあるとして、それを真に行えているのは自分だけに違いない、と首切り男は思っている。老いも若きも貴も賎も、首切り男は公平に首を刎ね続ける。




「折り入って、あなた様に依頼したいことがあるのです」

 首切り男の家を訪ねようという者は、判事や刑吏以外にはまったくの皆無である。別に何か罪を犯したわけでもないだろうに、民衆は首切り男を『死』そのものであるかのように避ける。顔を知られているとおちおち街を歩くことも叶わない。だからつけている処刑人の仮面を外すのを忘れて応対したのは、それほどまでに稀な来客に驚いたからである。

 見慣れない男であった。少なくとも、山羊の面を被っている男にお目にかかるのは初めてだ。道化か芸人かと思ったが、それにしてはいやに仕立ての良い服を纏っている。元王党派の貴族が身分を隠してやってきたのだな、と見当をつけた。

「なんの用だ。わざわざ首を切られに来たか」

 わざとぶっきらぼうに言う。処刑人のおどろおどろしい仮面もあいまって、大抵の人間はその迫力に恐れをなして逃げ帰るだろう。しかし、山羊面の男はどこ吹く風である。お面をつけているから、表情が見えなくてはっきりしたことはわからないが。

「滅相もない。もっと簡単なお願いごとなのです」

 妙に下手に出てくる山羊男。慣れない扱いに、まるで喉元を撫でられているかのように落ち着かない。

「あいにく、おれは首を切る以外の仕事はできないのだ。叶えてやれるかはわからんぜ」

「文通をしていただきたいのです」

「文通?」

 首切り男は思わずすっとんきょうな声を上げた。文通とは、あの手紙と手紙をやりとりするあれのことか。話に聞いたことはあるが、自分にはまるで縁のない話である。紙やインクは値が張るし、そもそも読み書きができぬのだ。第一、誰が処刑人と文を交わしたがるものか。

「もちろん、謝礼は出来る限りお支払いします。これで足りないなら、言い値でご用意いたします」

 首切り男が呆気にとられているうちに、山羊男は金貨袋を差し出した。七人分首を切ったときに貰える額と同じくらいだ。いよいよ尋常ではない。まさか、自分は何か恐ろしい策略に嵌められているのではないだろうか。疑心にかられ、首切り男は表情の無い山羊面を睨んだ。

「待て、待て。一番肝要なことを忘れている。おれは誰に手紙をしたためればいいのだ? 処刑人と手紙をやりとりしたいという変わり者は、どこのどいつだ」

 彼の言葉を了承の返事と受け取ったらしい山羊男はゆっくり頷き、懐から手紙を取り出した。蜜蝋で封をされた、上流階級が作るそれである。

「とてもとても、とうとい方でございます」

「貴族か」

 ならば、余程の変人だ。新政府が散々貴族階級を締めつけているのに、そんなくだらぬことをしていられる奴はそうはいない。あるいは溜まった鬱憤を処刑人を虐めることで晴らそうとしているのかもしれぬ。しかし山羊男の答えは、首切り男の予想とはまるで違っていた。

「この方は次の年、あなた様に斬首される運命にございます」

「なんだと?」

「処刑されるまでの一年間、自分を処刑する人間と友になりたい――それがあのお方のご希望なのです」

 いよいよ言葉を失った。死刑囚? それもこんな上流階級の人間が、この国で最も賤しくおぞましい身分の、この処刑人じぶんと友達だと? 馬鹿馬鹿しい、おとぎ話や三流物書きだってそんなめちゃくちゃな話は語らないだろう。

「気が触れたか、貴様」

「そう見えるなら、この場で首を刎ねていただいても構いません」

 首切り男がいくら凄んでも、山羊男は頑として差し出した手紙を下げようとはしなかった。金貨や蜜蝋は本物だ。悪戯や詐欺にしてはあまりに手が混みすぎている。悪党なら尚更処刑人と関わりたくはないはずだ。わけのわからぬ状況に、首切り男は頭をくらくらさせた。それでうっかり、手紙を受け取ってしまったのだ。

「ありがとうございます。それでは、返信をお待ちしております。三日後、またお伺いしますので、それまでに」

 肩の荷が下りたとばかりに山羊男は早口でそう言うと、返事も聞かずに踵を返した。下手に出ても所詮は雲の上の人である。下界の人間の意見を聞く気は無いらしい。大量の金貨と手紙と共に、首切り男は呆然とその場に残された。

 首切り男と貴人の奇妙な文通はこうして始まったのである。

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