第3話

学校では文化祭の準備を行っていた。一学期の後半から、主に音楽の時間を利用し、メインイベントである合唱コンクールの練習をしていた。

僕ら三年A組は、課題曲である「大地讃頌」と、自由曲である「Amazing Grace」の二曲を躍起になって練習していた。音楽担当の島岡先生からは、

「A組は声量があるように聞こえるけど、その出し方が問題ね。お腹じゃなくて喉から思い切り力入れて出してる人が多い。力強いのは良いのだから、喉を大切にしましょう。下っ腹を意識するのよ!」

と再三言われていた。とは言え、クラスの殆どが音楽素人の僕らには、なかなか難しい要求であった。恥ずかしながら、僕は声量はあっても音痴なので、どちらかと言うとクラスの中でも歌が下手な方だった。そんな中、ひかりはとても歌が上手だった。

「ひかり、歌上手いな」

「高岡さん、声綺麗だね」

クラスの皆からそんな声が聞こえてくる。それを島岡先生が聞き逃すはずがない。ひかりを手本にして、皆の歌の指導を行った。

「高岡さん、ソロパートやってくれない?」

ある日音楽の時間が終わると、クラスの文化祭実行委員に声をかけられていた。名前は、谷村成美。彼女は二年次には学級委員を務めたこともあるほど、クラスメートからの信頼が厚い生徒だ。

「ソロパート?俺が?」

二人の会話をそこまで聞いて、僕は先に教室に帰った。休み時間になり、僕は彼に事情を聞いてみた。

「谷村さんがさあ、俺にAmazing Graceのソロパートをやって欲しいんだって」

「マジ?すげーじゃん!お前がソロやってくれたら、優勝も夢じゃないよ!」

「大袈裟だよ。合唱コンは六クラスもあるんだよ。その中で優勝とか難しいって」

一学年二クラスずつのうちの学校では、学年の枠を超えて全六クラスで合唱コンクールの金賞を競っていた。

「冒頭でさあ、ソロパートを歌うのはどうかって話なんだよね」

「良いじゃん、やれよ!」

僕らは帰り道でもこの話をした。ひかりの声は高く美しかった。少し切れ長の目に高い鼻が特徴的な彼には、低い声が似合うイメージを持っていた。身長はそれほど高くない(本人は百六十五センチメートルくらいと言っていた)ので、妥当なのかもしれないが、「ザ・ソプラノ」と言えるほど綺麗で高い声が出る。キンキン響くような音でもなく、川の流れのような自然が醸し出す美しさを持っていた。静かに歌えば、子守唄としても最適だろう。

「男の子らしい低い声も出したいんだけどね。高い声は最初は嫌だったんだけどね。でも歌う時は武器になるからね。音楽の歌のテストの時間はさあ、自慢じゃないけどいつも褒められてた」

「良いなあ、俺なんて超音痴だからさあ。先生に苦笑いされてばっかりだよ」

「なるほどな。でもお前、スポーツできるじゃん。男はスポーツ出来りゃ十分だよ。どごぞのアイドル歌手みたく歌まで上手い必要はない」

「それ慰め?まあ…ありがとうな」

ちなみに僕の体育の成績はいつも四か五(五段階)である。身体能力は他者よりも優れているという自負はある。

そんな風にして僕らは毎日のようにして一緒に帰った。元々、通学路が多くの生徒とは違う方向に家があるため、一緒に帰る友達は多くなかった。だが、彼の家は僕のそれからあまり遠くはない。学校と僕の家の間に彼のそれがあるのだ。だから、彼の家の場所は知っていた。

「また、サッカーやろうぜ。今度さあ、お前ん家で勉強させてくれよ。俺、社会が苦手でさ。ひかりは勉強もできるだろ?」

「勝手に決めんなよ。別にそんなにできないよ、俺も。まあ、うちに来るのは大歓迎だよ」

「ありがとな」

帰り道にふと気がついた。 「ひかりは男の子」と言う認識しか僕にはない。だが、生物学的には女の子だ。本人はその自覚を持っていない、もしくは持とうとしていない。体のみとは言え、女の子の家に一人で遊びに行っていいものだろうか。だが、彼との友情を育みたい気持ちの方が強く、そんな気持ちはどこ吹く風となった。

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