第11話の2 芹沢

 芹沢雅人の記憶は、小学校五年生の時にしたキャッチボールで止まっている。俺が野球を始めたきっかけも、彼だった。

 雅人は勤勉な性格で、高校時代は甲子園出場高校で野球部に所属しながら勉強も頑張り、文武両道を体現していたらしい。その努力もあり、彼は有名大学で教鞭を執っていた。その時の生徒が、俺の父親だったらしい。

 最後に会って以降の話は聞いていないが、もうよわい八十にはなるだろう。

 雅人と父の交流は、今から三十年前。二人が教師と生徒であった頃まで遡る。


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「芹沢教授、おはようございます」

「やあ近藤くん。授業が始まるまで後二時間もあるのに、どうしたんだ?」

「そういう教授こそ、出勤時間がお早いではないですか」

「私は研究があってね。泊まり込んでいたんだ」

「僕もお手伝いしましょうか?」

「いやいや。君もやることがあって早く来たんじゃないのか?」

「特に理由はありませんよ。たまたま二時間早く起きたので、二時間早く学校に来ただけです」

「君は立派だね」

 芹沢雅人教授は、僕の憧れの人であった。生物学を研究し、生徒にも優しい教師の鏡。僕はそんな芹沢教授に憧れ、教師を目指している。

 僕は芹沢教授に案内され、個人の研究室に入れてもらった。

「うわああ。沢山の資料、それに実験器具。圧倒されますね」

「これでも最低限の物しか揃ってないんだ。研究には、今では足りないくらいのお金が必要だ」

「あの研究?」

「……今説明しよう」

 少し様子がおかしかった。

「今は異なる動物同士での交配によって、新たなる動物が産まれる可能性について研究している」

「異なる動物……ですか?」

 そんなことが可能なのだろうか。

「そうだ。今までの研究では染色体の数を根拠に否定されてきたが、犬の雑種やヤギと人間で実際に子供が産まれた例もある。その子供はとても不安定ですぐに死んでしまったが」

 そこまで言いかけ、芹沢教授はソファに座って一息ついてから続けた。

「どうにかして安定させられないかと思ってね」

「つまり?」

「新生物、とでも言うべきか。とてもファンタジックな話になるが、キメラや獣耳少女のような生き物が、現実になるかもしれない、ということだ。無論、証明されればダーウィンの進化論にも大きく影響することになる」

「でも、そういった研究は禁止されてるんじゃ……」

「そうだね。でも私はあくまで、可能性を研究しているんだ。実際に作ろうってわけじゃない。しかし世間には面白くないだろうから」

 芹沢教授は立ち上がった途端、僕の口の前に指を置いた。

「この話は内密に」

 その顔は同性でありながら、凛々しく見えた。とても中年男性とは思えない、美しい瞳だ。

「……さて。君にはそこにある資料を整理して貰いたい」

 そう言って指さしたのは、僕のすぐ左にある資料の山。

「それぞれ動物に関する資料、性別に関する資料、生物の進化に関する資料の三つに仕分けてくれ。後ろの本棚に十分な十分なスペースがあるから。その他の資料があればまた山にしてもらって構わない」

「は、はい!」

 あまり楽そうな仕事ではなかったが、やると言った以上拒否する訳にはいかない。僕はすぐに資料の山から持てるだけの本を抱え、仕分けていった。


 それからも教授を手伝うことが多くなった。次第に仲も深まり、教授には伊三郎くんと名前呼び、僕も彼を芹沢さんと呼ぶくらいにまでなった。

 しかし、研究は禁忌の一歩手前まで進んでしまっていた。

「伊三郎くん、見てくれ」

「これは……?」

「チワワの卵子にドーベルマンの精子を人工受精させることに成功したんだ」

「小型犬と大型犬、ですか」

「ああ。今までにない雑種かもしれない。成功すると良いが……」


「伊三郎くん! チワワとドーベルマン、それぞれの利点を持った雑種が産まれたぞ! バイタル値も良好。成功だぞ……」

「ドーベルチワワ、ですかね」


「遺伝子が近い動物同士の混合ならば成功確率が高い。人間も猿と混ぜれば……」

「それだと退化しません?」

「確かに!!」


「チンパンジーとニホンザルのハーフが完成した! 霊長目であれば人間でも」

「だから、それ意味あります!?」

「ゴリラならどうだろうか。マッチョの出来上がりだ!」

「芹沢さんはゴリラになってまで筋肉が欲しいですか!?」


「伊三郎くん! ゴリラにA型を作ってみたくないか?」

「それは! ……まあ、興味あるかも」

「ゴリラ大改造だ!!!」

「やめて下さいよ!? 病気になったら大変ですからね!」


 日に日に教授の研究はエスカレートしていったが、僕にはその日々が楽しかった。

 ……あの事件までは。

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俺以外クラス全員ゴリラなんだが? 窓雨太郎(マドアメタロウ) @MadoAmetarou313

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