第10話の2 悩み

 そこにいたのは結構可愛い見た目の少女だった。剛力羅で悩まされていると聞いたのでゴリラが出てくるのかと思ったが、剛力羅化した少女ではなく、ただの少女だ。

「えっと、香子さんだっけ」

「香子で、いいよ……」

「わかった。香子」

 名前を呼び捨てにすると、顔を隠す毛布が驚いたように少し震えた。

「未来くんからはゴリラについて悩んでてって聞いてたけど……」

「……はあ」

 俺の言葉に、香子はため息をついた。

「あなたも……その話をするんだ」

「え?」

「あなたも…………、他の人と同じだ」

 何が言いたいんだろう。

「みんな同じことを言うんだ。『悩む程じゃない』、『他の人も同じだ』って」

「あ……」

 これはミスった。中学時代のコミュ力を取り戻せ慶太。こういう場合かける言葉は……。

「そういう話じゃないんだよね。みんなと違うとか、そんな話じゃないの」

 こういう子には……。

「だって、だって……」

 とりあえずなんか言わないと。

「こんなの、可愛くない!!」

 小さな叫び声が、部屋に轟いた。

 そうだ。

「可愛くないもん。ゴリラになる体なんか……、全く可愛くない」

「ああ。可愛くねえよ」

 愚痴を言う女の子に対して、適切な対応……、それは。

「ゴリラは、まっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったく、可愛くねえ!」

 ちゃんと同意してあげることだ。

「なんだよあの学校! 教室入ったら人間がいねえんだぞ!? 俺の青春どこいったんだ! 野球部で活躍して、友達めっちゃいて、可愛い彼女作って、定番だけど幸せなスクールライフを送るはずだったんだよ!」

 ……? あれ、俺が愚痴ってね?

「先生に騙されたよ! 何が野球上手くなるだ! 筋肉は付いたけど人間じゃなくなってんだよ!? 人間辞めてまで野球したくはなかったよ!」

 どうしよ。普通に愚痴っちゃった。

 いやでも、これももしかしたら効果あったり……。

「工業高校は女子が少ないからブスでも可愛く見えるって言うけど、それの比にならねえよ! 人間ならみんな可愛く思えてくるよ!」

 当の香子は……、ヤバい。引いてる。

「でもな! そんな学校に入ってもな!」

 そうだ。俺は……。

「そんな学校でも、俺は……」

 香子にもわかって欲しい。ゴリラである自分を受け入れろとは言わないが、これだけは伝えたい。

「毎日、楽しいよ」

「……」

 香子は黙っている。

「頭いいふりして変なところドMなやつとか、方言喋るストーカー女とか、勝手に人を悪者にして暴力に走るイケメンとか、無駄な知識と嘘の知識ばっかりの先輩とか、声だけ男のまんまの可愛い子とか」

「……慶太さん?」

「変なやつばっかりで、毎日楽しいよ」

「……」

「そこにさ、追加させてくんないかな? 細かい事で悩むメンヘラ美少女って」

「……バカにしてますよね?」

 多分バカにしている。

「私でも……、楽しめますか?」

「ああ」

「私、そもそも人と話すの、苦手で……」

「大丈夫だ」

「よくウザがられるし」

「よくわかってんじゃん」

「ゴリラになるし」

「俺もゴリラだ」

「可愛くないし」

「素の香子は可愛いよ?」

「……私、…………なれるかな?」

 そこで初めて香子が毛布を脱いだ。

「皆の友達になって、可愛く、なれるかな?」

 ……友達よりも可愛さかい。

「……ああ、なれるよ」

「なんですかその間」

「じゃあ、私」

「おう」

 ついに心を開いてくれたか。

「ゴリラのまま可愛くなるように……頑張る!」

 そっちかい。

 まあでも。

「頑張れよ! 俺らが、友達が付いてるから」

「うん! ……性格悪い野球バカ!」

 おっと。この子もかなりの手練だ。


 •*¨*•.¸¸☆*・゚


 山南家を後にし、俺と沖田は二人で渋谷の街を歩く。斎藤は山南家に残り話をしているようだ。

「案外スパッとわかってくれたな。なぜ今まで説得出来なかったのか」

「確かにな。俺じゃなくても口の上手いやつならすぐに心開かせれると思ったけど……」

「まさか、慶太に惚れでもしたか?」

「ハハッ。まさかなー」

「ハハハ」

 ハハハハ。……いや、まさかなぁー。

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