第8話の2 個人差

 目が覚めた。なんとなく、体が軽い気がする。

 布団から出る。やはり体が軽い。

 恐る恐る、自分の手を見た。

 ……人間の手だ。

「戻ってる……?」

 まさかと思い、洗面台の鏡を見る。俺の顔がはっきりと見える。どこもゴリラなんかじゃない。

「ま、マジかよ」

 剛力羅になって二ヶ月が経っていた。クラスにも数名、人間に戻った奴がいる。個体差があると聞いているし、別に特別早いわけでもなさそうだが、それでも予想より早い。

 夢オチとかねえよな?

 心配になり、自分の頭を壁の角にぶつけて見る。一度ゴリラ化した体は、つねるだけでは痛みを感じない。角でも痛みは少なくなるが、抓るよりは感じる。

 ゴツンという音と共に、野球で鋭いゴロが爪先つまさきに当たった時程度の痛みが走る。それでも痛みを感じたということは、やはり夢ではないのだろう。

「慶太ー。起きてるー?」

 一階のリビングから、母の声が聞こえる。

「起きてるよー」

「そう。良かっ……、え!? 人語!?」

 いきなり元に戻ったことで、母も驚いているようだ。

 嗚呼。神様。今日ほど素晴らしい朝を、今後人生で与えてくれるのか?


 とまあ、上機嫌で学校に行った俺だが、朝は素晴らしくとも一日が素晴らしいとは限らない。

 教室の席に座っていると、ドアから俺を手招く手が見えた。

「近藤くん。さっとご来てけれ」

 こちらを覗いた顔は、斎藤だ。

「なんだ?」

「まんつ。良いがらはいぐけ」

「け?」

 方言に戸惑いながらも、俺は斎藤の方に行った。

「なんの用?」

「そんた冷てえ対応しねしてもぃやーべ」

「冷たかったか? 悪い」

「別にやったって。んでな? あ、まんつお祝いせねばな。無事人間に戻れておめでとう」

「ありがとう」

 なかなか話が進まない。ホームルームはもう少しで始まる。

「へば本題さ入るが。たいした事でねっともや、近藤くんさ会いてえって人がおらったって」

「俺に会いたい人?」

「んだんだ。会わせてやりてぇったども、構わねが?」

「ああ。まあ、別にいいよ」

「んだが? 男の子だで?」

 男子か。まあ、ここで断ると完全に女目当ての野郎だと思われるし、別にいいか。友達が増えることは悪いことじゃない。

「構わないよ」

「へばそういうことで」

 詳しく告げずに、斎藤は自分の教室に戻って行った。俺も先生が来たので教室に入り、席に着く。

「席につけー」

 はーいと返事し、ゴリラ達がそれぞれの席に戻って……。

 あれ? 人間に戻ったのに、ゴリラ語がわかるだと?

 先生の連絡も理解できるし、生徒の内緒話もわかる。

 剛力羅の時は勿論理解していたが、剛力羅ではない人間の状態でも理解できる。

 不思議だなと思いながらも、こういうものなんだなと自分で納得し、俺は先生の連絡をしっかり聞きはじめた。

「今日も頑張っていこー」

 ……終わった。


「「『おめでとう!』」」

 部室に行くと、突然クラッカーを顔面に食らった。流石にこれは痛い。

「サプライズ終了。皆さん、対剛力羅クラッカーを片付けましょう」

 これだけかよ! 確かに、人間に戻ったってだけだけど! ってか、今『対剛力羅』って言わなかった?

「ほら。近藤も片付け手伝え」

 村田さんだ。

「え、俺もですか?」

「あたりまえだろう。お前の為のサプライズで散らかったんだからな」

 俺の為だからこそ俺はしない……、とまでは言えなかったが、「はい」と答えて俺は片付けをはじめた。

「近藤くん」

 斎藤が声をかけてきた。

「今朝の話、放課後にギャストで構わねが?」

 今朝の話とは、俺に会いたい人がいるというあれだろう。

「ああいいよ」

「いがったー」

 何故不安だったのかはわからないが、斎藤は安心した表情を見せた。

「今朝の話とはなんだ? 僕に内緒で何か企んでいるのか?」

 沖田も何故か心配しているらしい。

「そんたことねえよ。オラと近藤くんだけの話ではあるども」

「あ、この話口外禁止なんだ」

 斎藤が説明を省くと、沖田はやはり疑っているらしく、更に質問した。

「言えない話か。やはり怪しいな。ヒントだけというのも無理か?」

「無理だす」

 すると沖田は更に、今度はあおる。

「なるほど。口外できないような仲になっているのか。そう言えば斎藤は近藤のこと――」

「あー! あー! あー! 近藤くんさバレるべ! バガっけ!」

 沖田が何を言おうとしたかはだいたいわかった。そして斎藤。もうバレてるよ。

「一年生。うるさいで御座るよ」

「すみません」


 そう言えば、斎藤の方言は秋田弁らしい。

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