第8話の1 喧嘩するほど仲が良いのは一部だけ

 剛力羅になって一週間が過ぎた。

 流石にゴリラとしての生活には慣れた。今まで言葉も通じなかったクラスメイトとは話せるようになり、案外悪いことばかりではなさそうだ。

 ゴリ研には相も変わらず被検体にされてるけど、危ないことはされないし毎日が楽しい。


 そうだ。剛力羅化したことで普通に街には出られないからって、学校にある収容所......寮に入ってからの生活。飯は食えるし素振りもできるし、キャッチボールの相手もいる。楽しく過ごしてる。


 だから、俺が人間に戻るまで。いつかはわからないけどその時まで。心配しないで過ごして欲しい。寂しい思いをさせるけど、元気でいてくれ。


 頼りない兄の慶太より。


 兄さんからこんな手紙が届いた。携帯は使いづらいからって手紙をよこした。本当に、私の事が大好きなシスコン兄さんなんだから。本文に宛名書き忘れてるけど。

 私が兄から届いた手紙を読んでホッコリしていると、玄関の扉が開く音がした。

 また来た。

 兄さんがいなくなってから毎日だ。

 あの。いい加減にして欲しいけど......。

「おめえ、なんでいっつも来るんだよ!」

「近藤くんちを不審者から守るために決まってらべ」

「俺が守るからいいんだよてめえは」

「不審者が何言ってらった。おめ、睦美ちゃんごと襲う為に来てらんだべしゃ。あー恐ろしいべ!」

「んなこたねえよ!」

「あるがら言ってらんだ!」

 本当に。帰って欲しい。


「二人とも、毎日来てよく飽きませんね。うち何にも無いのに」

 お茶を二人に差し出し、私はソファに座る。

「近藤くんの匂いが嗅げらったもん。住んでもいいべ」

 この人、末期だ。

「俺も、睦美ちゃんの可愛い顔とヤりたくなる体を見るだけでハッピーだ。一緒に寝てもいい」

 キモイ。気持ち悪い。死ぬ直前の状態で苦しんで永遠に死なないで欲しい。

 え、地味に優しさって?

 いやいや。死にたくなる永遠の苦しみの方が、死ぬより嫌でしょ。嗚呼。私ってばなんてドSな乙女。

 そんな美少女の私をほっといて、二人は喧嘩を始めた。

「睦美ちゃんにまとわりつく虫が。死ぬがいいべ!」

「近藤にくっつく雑草の癖に。お前こそ死ね」

「ゴキブリが何をキーキー鳴いてんだべか。キモイべな〜」

「ゴキブリは綺麗好きで栄養満点で美味しく頂けるんだぞ!」

「く、食ったあずが!? き、キモイべ!」

「食ってねえ! ネット情報だ!」

 ゴキブリの話やめてくんないかな。マジで。

 にしても。うちで喧嘩されたらたまったもんじゃない。何かないか......。

 そうだ!

「二人とも、喧嘩はやめてください。それよりも、ゲームしませんか?」

「「ゲーム?」」

 私はポケットからトランプを取り出した。


「ダウト!」

「バーカ。ちゃんと7を出したよ」

「くっそー! オラの手札増えてく一方でねが!」

「斎藤さんちゃんと見極めるんですよ。1」

「ダウト!」

「ちゃんとA出しましたよ。見極めるんですって」

「ああもう! 何も信じられね!」

 ダウトを始め、空気はまあまあ良くなったが、斎藤さんが弱すぎ、人間不信になりかけているのでそろそろ終わった方がいいだろうか。

「もう九時ですし、お二人そろそろ帰られては?」

 私はそう、二人に勧めた。

「んー。じゃあ俺は帰ろうかな」

「へばオラも帰るか。睦美ちゃんどうもな」

 どうやら帰ってくれるみたいだ。良かった。

「いえいえ。私も楽しかったですよ」

「睦美ちゃんまた来るな」

「来ないで下さい」

 はっきり言った。来られたくない。せめて颯治さんは二度と家に入らないで。

「へばな」

「んじゃ」

 そう言って二人は玄関を出た。

 しかし五分、十分経ってもガラスからうっすら見える二つの人影は消えない。話し声も聞こえて来る。

「なして帰んねえずや」

「そっちこそ。早く帰れよ」

「オラだばそろそろ帰らっために。おめ早ぐ帰れじゃ」

「俺は少し休んでるんだよ」

 私はドアを開けた。

「早く帰って下さい」

「「......はい」」


 兄さん。早く人間に戻って帰って来て。

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