第7話の1 防犯

 腕は颯治の顔に、ギリギリ当たらなかった。当たらなくて良かった。ゴリラパンチを喰らったら颯治は一溜りもないだろう。

「……ッ」

 颯治は驚いた顔でこちらを睨んでくる。睨みたいのはこっちなんだが?

「てめえ、ゴリラのくせに!」

「ウホッ!?」

 ゴリラ関係なくない?

「おいゴリラ。てめえ股間こんなにでっかくしといてよ。それでも正義者面かよ」

 颯治が睦美を離し、俺をじっと睨む。やはり俺だとは気付かないようだ。

「ゴリラくん。君も楽しみなんでしょ? シコりたいんでしょ?」

 クソ颯治……。調子にのりやがって。

「じゃあ見せてやるよ。俺とむっちゃんの熱い行為をな!」

「ウホホ!」

 いややんのかよ!

 その時だ。

「ただいまー」

 ガシャという音とともに母の声がする。

「チッ。十時過ぎるんじゃなかったのかよ」

 そう言って颯治はリビングを出ていった。

「あらそうちゃん、来てたの?」

「はい。ですが慶太くんがいらっしゃらないようなので失礼します」

 あいつ……。

 玄関から颯治が出ていく音だした。それと同時にリビングに母が入って来た。

「……行ったみてえだな」

 あれ? 母さんの声じゃない。

「ウホホ」

『誰だ』と言いたかったが、そういえばゴリラだった。

「ああ、心配しんぺーだばしねでいいど」

 そう言って母の声と顔をした誰かが、母の顔のマスクを外す。

「変態だば得意だんて」

 マスクの下は……、斎藤だ。


「いやあ、近藤くんとご送ったあど、コンビニさ行っで戻ったったよ。したら近藤くんの家から声がして気になったがら覗いてみたっけ、男が妹ちゃんを襲って近藤くんはそれを黙って見て……、あ、黙ってねがったな。股間を膨らませて見てて」

「ウホホホホホ!!!」

 斎藤から事情を(睦美が)聞いたらこいつは本当に……。いや、間違ってないけどさ。

「ほんと、ビックリしたな。近藤くんがシスコンだったとは」

 こいつに握力八百パンチ食らわせてやろうか……。

「でも本当に、お兄ちゃん興奮して見てるだけなんて酷いよ。最低」

 可愛い妹に言われてこちらはショックが大きい。

「ウ、ウホウ」

 ごめんと謝ったつもりだ。

「妹ちゃん、お兄さんウホウホって、まだ興奮してらどー!」

「もう! お兄ちゃん最低!」

 してねえよ!

 でもまあ、今回は斎藤に助けて貰ったしお礼を言わないとな。

「ウッホウ。ウホウホウ」

『斎藤。ありがとう』と言ったが、まあ伝わらないだろ。

「ありがとうとが、おらだっけなんもしてねえど」

 通じた!?

「斎藤さん、お兄ちゃんが言った事分かったんですか?」

「え、いや……その……」

 斎藤が慌てた素振りを見せる。わかったのか?

「し、自然にわかっちゃった感じかな?」

 斎藤から初めて、なまってない言葉を聞いた。が、ゴリラ語って自然にわかるもんなのか?

 まあ、俺も「よろしく」ぐらいは通じたし、わかるにはわかるのかな?

「あ、もしかして斎藤さんって」

 睦美が何かに気づいたように手を叩いて言った。

「な、なした?」

 斎藤は少し慌ててる。

「斎藤さん、お兄ちゃんの事好き?」

 は?

 んなわけねえだろ。もうちょっとこう、マシな考えはねえのか? 例えば、斎藤は既に剛力羅化済とか。……あ、それあるかも。

 と、一人で脳内討論をしていると、周りの変化に気付かないのが悪い癖だ。斎藤の反応を見て確信に少しでも近づけて……

「そそ、そそそそ、そんなことねえど?」

 …………ああ。

 気づきたくないものに気づいたかもしれない。

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