第6話の2 妹はウザイか可愛いか二択

 妹の睦美むつみと並び、ソファに座って俺はテレビを見る。

「それにしてもお兄ちゃん、おっきくなったこと〜」

 お前はおばあちゃんか。そしてゴリラになったことへの嫌味を言ってるのか。どうせ言っても「ウホウホ」だから心の中にしまっておいた。

「ゴリラってやっぱり臭いね」

「ウホウホッホ!」

『おい黙れ!』の意だ。

「きゃはは。やっぱり何言ってるかわかんないや!」

 睦美はそう、無邪気に笑った。こうしていれば普通に可愛いと思う。


 よく考えて見れば、俺は今まで『恋』というのをよく知らなかったし今もよくわからない。「可愛いな」などという思考はあったが、よく言うような「この人と付き合えないと嫌」といった感情まではいたらなかった。

 土方さんも綺麗だと思ったし、こういう人が彼女ならいいなとは感じた。でも、それは俺の聞いた『恋』とは違った感情だ。保証もある。彼氏がいると聞いても、驚いたが「候補からはずれたな。残念」くらいだった。


 俺ってもしかして、最低野郎?


「何ボケーッとしてるのお兄ちゃん?」

 睦美の声で、俺は現実世界へと戻された。

「ウッホ」

 人間には戻されてなかった。

「ゴリラだとやりずらいなー」

 睦美がつぶやく。それは俺も同感だ。

 ピンポンと、呼び鈴が鳴った。俺は瞬間的に玄関に出ようとしてしまう。

「あああ、お兄ちゃんは待ってて。その体で出て行ったら……、ね?」

 睦美に言われてソファに腰を降ろす。剛力羅状態に慣れてしまい、すっかり忘れていた。

 玄関から扉の開く音が聞こえ、なんと言ってるかはわからないが睦美が盛り上がっていた。睦美の友達だろうか。

 バタバタと足音が聞こえ、リビングのドアがバンっと開く。

「お兄ちゃん大変だよ!」

 ドアを開けた睦美が慌てて言った。

「ウホ?」

 そうだ。ゴリラだった。いい加減覚えろよ俺。

 んでして、妹よ。どうなさったのか。声には出さず、視線で伝える。ゴリラの目で伝わるかはさておき……。

「そ、そう……」

 ハアハアと息を切らしながら睦美が言った。それ程の距離でもないだろ。

「そうちゃんが来たよ!」

 おお。そうちゃんか……。そうちゃん?

「ウホッ?」

 誰の事だ?


 ★★★


 妹が連れて来た『そうちゃん』を見て思い出した。

 坂本さかもと颯治そうじ。俺の中学の友達だ。睦美はそういえばそうちゃんと呼んでいた。

「いやー。にしても」

 颯治が口を開けた。相変わらずのタラ口だ。

「慶太んち、ゴリラ飼い始めたんだー」

 ……は?

「そういえば慶太は?」

 ……は?

「むっちゃん。お兄ちゃんどこ?」

 ……は?

 こいつはさっきから何を言って……、あ、そうだ。

 俺ゴリラだった。覚えろよ俺マジで。

「えっと……、お兄ちゃんは……」

 睦美が返答に困る。

 剛力羅の事は一般には極秘である。睦美にも両親が伝えた筈だ。昨日の険悪な食卓がこの心が覚えてる。

「お兄ちゃんは、まだ学校です……。多分」

 睦美。ナイス。

「ええー。慶太いないのかー」

「は、はい。残念ながら……」

 睦美が下手な作り笑いをする。こんなので騙される颯治。ありがとう。

「じゃあ、帰って来るまで待つわ」

 っておい。そこは帰れよ。

「いや、その、あの……」

 睦美がどんどん困っていく。その表情だけ見れば、やはり我が妹ながら可愛い。

「お兄ちゃんは……、今日は多分、すっごく遅くなるかなー」

 睦美。ナイス。

「そっか。慶太帰り遅いのか」

 颯治は残念そうな表情を浮かべたが、少ししてニヤリと笑う。

「そういえば慶太んち、親が帰ってくるのも遅かったよね?」

「は、はい。二人とも早くて十時くらいです」

 睦美がそう言うと颯治は時計を確認した。今は八時だ。

「じゃあ、慶太が帰って来るまでこのゴリラと二人っきり?」

「まあ、そうです」

 颯治のニヤニヤがいっそうましてきた。

「じゃあ俺が一緒に待っててあげる」

「い、いいですよ。ゴリラがいればいいですし……」

「所詮ゴリラだろ。俺ならもっと楽しませてやるよ」

 こいつ、何をするつもりだ?

 いや、わかってるだろ近藤慶太(ゴリラ)。こういう台詞言うやつのやる事は決まってる。

「な、何をするんですか?」

「すっごくいい事だよ」

 そう言うと颯治は睦美を押し倒した。

「キャッ!」

「楽しませてやるよ!」

 そう言いながら颯治は睦美が履いていたジャージのズボンを下ろそうとする。

「やめて!」

「いいじゃねえかよ。どうせこのゴリラしかいねえし」

 なぜ俺の足は動かないんだ。妹が嫌な目にあってるのに。目の前で性犯罪が起きようとしてるのに……。なんで……。

 もしかして俺……興奮してる?

 そう思って俺はしたを見る。

 俺のゴリラが剛力羅状態だった。

 ああ。俺、最低だ……。

「やめて!」

 妹の声が聞こえる。でも俺は動けない。

 股間に手をあて……

「助けて、お兄ちゃん!」


 その声を聞いた瞬間、俺は気付かないうちに颯治を殴ろうとしていた。

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