第5話の2 利き腕じゃない方で上手くいく時の苛立ち

 空って、こんなに汚れてたっけ。

 通学路で空を見上げ、俺はふとそんな事を考える。

 入学してまだ一週間もしていないのに、俺の全てがガラリと変わった気がする。

 フレンドリーな野球少年だったはずが、ドSな煩い奴になった。

 いや、これはもしかしたら思いすぎかもしれない。しかし、まだ完全に変わったわけじゃなくても、徐々に変わってきているのは事実だ。

 行くか、と止まっていた足を前にだし、あと五分程度で着く学校へ向かう。


 学校に着くと、教室に入る前に沖田会った。

「おす」

「やあ」

 会話はそれぞれ二文字。昨日喧嘩したわけでもないのに、二人の間には嫌な空気が漂っていた。

 教室の前に来ると、沖田は二組、俺は三組に入る為言葉も交わさずに別れた。本当に、まるで昨日別れたカップルかもしくは喧嘩した後の親子か、そんな感じだ。

 教室に入るとやはりゴリラしかいない。剛力羅によって毛むくじゃらにされた、俺と同い年の男女。それはわかっていても、皆同じゴリラにしか見えない。

 読書をしていると先生がっ入ってきてゴリラ語で何か言う。

「ウホウッホッホー」

 聞き取れない。

 今日も一日が始まってしまった。この学校に入るまでそんな事を思うことは無かったのに。

 何故世界はこんなにも理不尽なのか……。


「……気持ちわかるぞ」

 ゴリラ研究部の部室で村田さんは俺の話に頷いてくれた。

「俺も一年の頃は同じ事考えてた。同じように悩んだ。悩んでたらゴリラになって、戻って、また悩んだ。するとな?ある日突然、今まで悩んでたことが馬鹿らしいくらいに解決した。いや、解決はしてないな。どうでもよくなったんだ」

 村田さんは一人たんたんと話していく。

「本当にどうでも良かった。理不尽な世界も、何もかも。自分が血のせいでゴリラになることも周りがゴリラの事も、まだゴリラじゃないやつもいることも。全部」

 だからさ 、とつぶっていた目を開き俺の方を見て続けた。

「悩めよ。好きなだけ。どうせ解決しねえんんだからどうでも良くなるまで悩め。多分、ちったあ楽になるはずだ」

 意外だ。自己中心的で傲慢なイメージの村田さんが自分の相談に真面目に答えた。昨日俺の胸ぐらを掴んだ人が、俺を殴ろうとした人が。とても意外だった。

「ありがとうございます。参考になりました」

「ああ。役に立ててよかった。ところで……」

 立ち上がった俺に追加で言ってくる。

「相談料はきちんと貰うぜ?焼肉」

 それが狙いか。

 イラッとしたが、相談に乗って貰ったので奢る事にした。


「いやあ、悪いな。ごちそうさま」

 焼肉の帰り道、村田さんはいっぱいになった腹を抑えていた。

「いえいえ。相談乗ってくれたし」

「そうか。いやでも、奢れって言わなくても奢ってくれるって、お前結構いい後輩だな」

 褒められてもなんも出ないですよ……ちょっと待て。

「奢れって言ってない?」

 どういうことだ?

「言ってねえよ。俺は『焼肉』って言っただけ」

「あ」

 完全に負けた。ただ無駄に財布をカラにしだけだ。

「いいじゃねえか。野球部行くんだろ?じゃあ肉食わねえとな」

「そうだ。そのことですが……」

 俺は昨日決めた事を言おうとする。

「実は……野球部入りません」

「……っそうか」

 反応は薄い。いや、寧ろ予想通りの反応だ。

「まあ、っその腕じゃあ無理だな」

 予想通り……、腕?

 気になって右手を見てみる。

 変わらない元気な右手だ。

「腕がどうしたんですか?」

 俺は村田さんになんのことか聞いてみる。

「バカ。左だよ左」

 今度は左を見てみる。

 ……なんだこれ。

 黒っぽく、太い、毛むくじゃらの……

 ゴリラの腕じゃん。

「剛力羅が始まったらしいな。ようこそ怪物の世界へ」

「マジか」

 俺の腕から順にみるみる太くなり、毛が生えてくる。

 ここでなるの?まずくね?

「ちょっと人目つかないところに……。お前ん家って近い?」

「まあ、近いです」

 辛うじてゴリラになってない顔でなんとか会話はできる。

「よし、案内してくれ」

 そう言われ、俺は村田さんを俺の家のまで連れて行く。

 家についたが、鍵がかかっていた。

「開けれるか?」

「はい」

 俺は鞄から鍵を取り出してドアを開ける。

「よし、ひとまず安心だn……」

 俺の顔を見て村田さんは驚いている。

 どうしたんだ?

「ウウホウッホウホ?」

 あれ?おかしいな。

 これってまさか……

「剛力羅化完了だな」

 嫌だああああああぁぁぁぁ!!!!!!!

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