第20話 正義の建築士

有名キャスターが司会をする夕方のニュース番組には、本間氏が映っていて、欠陥マンションについての特集のコメンテーターとして熱弁をふるっている。


「現場の職人っていうのはね、ろくな仕事をしないんですよ。カネを受け取っておきながら、それに見合う工事をやるやつなんか、ほとんどいない。そいつらに言うことを聞かせて、施主さんの利益になるように引っ張っていくのが、建築士であり、我々欠陥住宅解消の会の仕事なんです!」


本間氏は「欠陥住宅解消の会」の活動を関東でも始めてから、メディアへの出演を積極的に行っており、建物の欠陥事件が報道されると、ワイドショーにはほぼ出演している。

歯切れのいいコメントと、専門家としてのスタンスが好評で、バラエティー番組や、

芸能人を集めた雑学番組なんかの出演も最近は多い。


日曜のゴールデンタイムにやっている、「突撃!本間建築士があばく欠陥住宅!」も大人気だ。


「うちは欠陥住宅かな?」という施主の相談を本間氏が受け、建てている最中の現場を本間氏が突撃チェックする。


「欠陥」箇所を「こんなひどい欠陥がある!このまま建てていたら、ひどいことになる!」といちいち字幕入りの画像でたっぷり紹介。


見どころは、何も知らずに現場にやってきた監理建築士や工務店を、待ち受けていた本間氏がカメラと一緒に飛び出して行って責めたてる場面だ。


「おい!こんな工事をやっていて、工務店としてはずかしくないのか!」

「こんな設計で、この施主さんが満足すると思うのか!」

「これは、建築基準法○条の違反だぞ!」


いさましい音楽をバックに、本間氏は業者を攻め立てる。

業者がちょっとでも言い訳しようものなら、編集と本間氏の解説で弾劾。


見ていて「それは欠陥じゃないだろう。」と思う部分も、強引に「欠陥」として番組を進めていく。

その後は本間氏と彼の「欠陥住宅解消の会」の検査のもと、家は完工し、施主さんが、涙を流して本間氏に感謝する・・・。というのが、いつもの番組構成だ。


軽快なテンポの編集と、有無を言わさず業者や、時には有名な建築家をやっつけていく本間氏の姿が「頼もしい」、「スカッとする」、「勧善懲悪の時代劇みたいだ」と大人気だ。


番組の最後は「悪徳業者よ。震えて眠れ!」のテロップとともに、本間氏がいさましいポーズを取って終了となる。



「なんだかなあ、絶好調だね。本間氏」


テレビをみていたあかりさんが、うんざりした表情で言う。


「私の現場にも来るのよあの人。こないだの基礎工事のとき、建材屋がコンクリの品質偽装してるんじゃないかって大騒ぎして、現場が止まっちゃったのよ。

ミキサー車を1回返さなきゃいけなかったから、その分の費用と工期の遅れがきついわね。

結局、品質強度も、スランプ値も問題なかったんだけどね。」


「僕のところなんか、引渡しの前日に、<指摘箇所>って言って、家じゅうにメモとカラー付箋を張っていきましたからね。

引渡しの前日に無断でやられたんで、引渡しの日に、現場に施主さんと入ったら、びっくりしましたよ。施主さんに<大丈夫なのか?この家?>って言われて、本間さんが再検査することになって、引っ越しも入金もえらい遅れましたよ。」と小林くん。


あたしの現場にも本間氏はやってくる。

こないだ現場に行ったら、施主さんと本間氏が話していてびっくりした。


「本間さん、なにやってるんですか?!」


「いやさ、どうしても気になる箇所があるから、施主さんと立ち会い検査してたんだよ」


「検査はあたしがしてますし、クラウドにあげた画像があるじゃないですか。それに、専務にもチェックしてもらってますし、審査機関の検査も受けてるんですよ。そもそも、なんで施主さんの連絡先知ってるんですか!?」


「連絡先は社長に聞いたんだよ。それに、あんたみたいな素人のオンナノコと、いわくつきの建築士のチェックで、施主さんの利益を守れるかどうかわからないだろう。」


「いわくつきって・・・。」


「いい機会だから教えてあげますよ。○○さん。」と本間氏は施主さんに話し始める。


「この会社の専務はね、以前、私が欠陥住宅で告発したことがあるんですよ。そんな建築士のいる会社の建てる家なんか不安でしょうがないでしょう。ああ、心配しないでください。日本には私のような人材がチェックしないと、きちんと家を建てられない工務店がほとんどなので、ここが特別ってわけじゃないです。

ただ、前科持ちの建築士がいるってのは不安でしょうから、私に依頼してください。責任を持って、完工までチェックさせていただきますよ」


不安になった施主さんは本間氏に監理を依頼。


それから、彼のチェック、OKが出るまで、作業が進まないので、契約した工期で工事が終わるかは絶望的な状況だ。

しかも、なぜか本間氏のチェック費用はウチが負担することになった。


新築業務と一緒に、社長がフランチャイズ契約した「欠陥住宅解消の会」の活動も続けている。

本間氏の作った「欠陥住宅チェックマニュアル」に従ってチェックをするが、このマニュアルに従うとすれば、ほぼ全部の家は「欠陥住宅」になってしまう。


なかには「工務店情報交換ネットワーク」の現場もあって、あたしたちが現場にいくと気まずい。


そんな調子で、現場進行の不調と欠陥住宅検査の業務に時間を割かなければいけないこともあって、新築物件の業務は停滞気味。


さらに、あたしの現場で言ったようなことを、本間氏があちこちで言いふらしているようで、新築工事の引き合い数はどんどん減っている。


ただ、欠陥住宅検査の収入は増えているので、売り上げは減っても、利益的には若干減。という程度だ。


「なんだかやんなっちゃったなあ。なんで、姑ババアみたいに人の物件のあら捜ししなきゃいけないのよ。それに、自分のやった仕事も本間氏にチェックさせなきゃ次に進められないなんて、やってらんないわよ。」


あかりさんの意見に全く同意で、見た目の利益はそれほど落ちていなくても、社内の雰囲気は悪いし、仕事をすればするほど、施主さんは、我々を疑いの目で見るようになるので、引渡し後も「あそこは大丈夫か?あそこをやり直してくれ。」「本間氏に改めて見てもらってくれ。」なんて連絡がしょっちゅうある。


本間氏が来るまでは引き渡してから、そんな連絡が来たことはなかったのに、今や施主さんも常に疑心暗鬼だ。

それに、本間氏が「欠陥があるかもしれない」と指摘する部分は、建築基準法上でも、一般的な工法上でも問題はなく「本間氏の判断で」欠陥とされることがほとんどだ。


当の本間氏は、レギュラー番組の人気もあって、東京での知名度もどんどん上がってきた。

「欠陥住宅を切りまくる正義の建築士」ということで大人気だ。

社長は自分の持ってきた事業が専務の新築事業より進んでいるのをみて、最初は喜んでいたが、本間氏の傍若無人さと、施主さんからの問い合わせ連絡増加に複雑な心境のようだ。


最近はほとんど事務所に来ない。


専務は欠陥検査は行わず、黙々と自分の仕事をこなしているが、時々「専務をウチの現場から外してくれ。欠陥住宅を建てた人になんか任せられない」なんて連絡が入ることもある。


「なんだか、そのうち本間氏に乗っ取られちゃいそうですね。ウチの会社」


小林くんの言うとおり、今、社内で一番でかい顔をしているのは、本間氏だ。

事務所に自分のデスクを設置して、電話回線とネット回線を引いて、なんだかここが彼の事務所みたいな感じになってきた。

彼の腹心のような人たちもよく出入りしている。


「あーあ。なんだかやんなってきたなあ。あたしも田尾さんのとこにでも雇ってもらおうかなあ・・・。」


「でも、都内だから本間氏来ますよ。専務と同期。ってことで、田尾さんのやった仕事のことも本間さん、いろいろ調べてるみたいですし。

最近じゃ、あの番組でやってるのと同じことを業務でもやってるみたいですしね。

いきなり、現場に押しかけてって、<これは欠陥だ!>ってやってるそうですから、その形式で田尾さんのとこもやるんじゃないかなあ。」


「施主さんには<テレビで見たのとおんなじだ!>って好評みたいですし、あのやり方が本間氏のマニュアル曰く、<欠陥住宅告発事業の積極的で効果的な営業方法>だそうですし。」


「土曜日朝の番組、「おうち探索」で紹介された田尾さんの物件の住所をテレビ局から聞いて、欠陥が無いか、調査するって言ってましたから。もしかしたら、自分のレギュラー番組で取り上げるつもりかもしれませんね。」


「・・・そこまでやるかね。あの人にとっては、日本中の建物は全部欠陥物件なんだね。すごい執念だわ。」




「そうだよ。日本には、まともに家を建てることができる工務店なんかない。」


いつの間にか、事務所の入り口に本間氏が立っていた。

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