第13話 トラブル発生-1

池袋にある審査機関で打合せ中、スマホが鳴った。小林くんからだ。


「はい、瀬尾です」


「あ、瀬尾さん。今日、このあとの予定ってどうなってますか?」


「今日はこのあと、西が丘のKさんのところに寄って、時間次第で直帰するつもりだけど。」


「すいませんが、一度事務所に戻ってきてもらえませんでしょうか?ちょっと相談したいことが・・・。」




打ち合わせが終わってから、午後6時ごろに会社に戻る。

小林くんと専務が待っていて、話し始める。


「先月お引渡ししたDさんからクレームが入っているんです、浴室の手すりが外れて、施主さんのお母様が怪我をされました。」


D邸は小林君が担当の物件だが、模型づくりと、現場の管理、最後の細かい作業の手伝いをあたしがやった。


「浴室はユニットバスで、施工はメーカー手配の業者でやりましたから、施工上のミスはその業者のミスで、ウチの業者のミスじゃないです。ただ、当社が元請けですから、当社の責任です。」


「流れとしては、当社が施主さんに謝罪、立ち会いの元、メーカーに修理をさせ、責任を問う。ということになります。すでにメーカーとは連絡がついて、施主様宅に、修理とお詫びに伺う予定です。」


専務が言う。


工事の発注を請けた業者や職人は、工務店がチェックのうえ、「OK」と言わなければお金をもらえないから、常にミスややり忘れがないように気を付けて作業を行う。

 

ほとんどの業者は継続してその工務店から仕事を請けているから、その工務店から「もう、あの業者は使わん」と言われてしまえば、仕事が途切れてしまうので、クレームややり直しがあれば、業者や職人は必ず自分でやり直し作業を行い、リカバリーをする。


他社に直されてしまったら、もう、自分たちには仕事がこなくなる。


今回のケースの場合、クレーム事案を起こしたのは、「メーカー」の施工者であって、彼らは、舞波工務店から継続して仕事を請けている業者ではない。

だから、施工に気の緩みがあったのかもしれないし、対応を誤れば、責任を認めないで、逃げてしまうことも考えられた。


そういう意味では、施主さんから連絡を受けて、すぐに伺う日時だけではなく、メーカーから修理の段取りまでとり付けた専務も小林くんもさすがだったが、問題はそこではないようだ。


取り付け、瀬尾さんがやりましたよね。」


小林くんに確認される。


確かにあたしがやった。


階段室の内装クロスの施工が遅れたため、大工さんが上がってしまってからの施工になったので、手すり取り付け作業が残ってしまった。

それだけのために大工さんを呼ぶのももったいないのと、お引渡し日程が迫っていたので、あとの工期も考えて、あたしが手すりを取り付けたのだ。


そのとき、施主さんご夫婦がいらして、「女の子なのに、作業もできてすごいねえ!大工さんも設計もできるんだ。さすが舞波さんのとこの人だ。」なんて言われたのを覚えている。


「施主さんが言うには、<階段だけじゃなくて、壊れた浴室の手すりもあの女の子がつけたんじゃないのか?なんかにやらせるから、こんなことになったんだ。階段の手すりが壊れて、また怪我をしたらどうしてくれるんだ!>ということらしいんです。」


「だから、あのが手を付けたところは、全部やり直せ。なんて言ってるんですよ」


「ええ!それは言いがかりじゃないですか。第一、階段の手すりは、何か問題があるんですか?」


「僕も施主さんに聞いてみたんですが、階段の手すりにはなんの問題もないそうです。これはまちがいなく言いがかりですし、瀬尾さんに過失はありません。」


専務が言ってくれた。


「瀬尾さんの仕事は丁寧ですし、僕も瀬尾さんのやった個所に問題が発生するとも思いません。」


小林くんも言ってくれた。


「だったら・・・。」


「でも、施主さんは不安でそういうことを言っているんです。すでにお引渡しもお支払いもいただいていますから、つっぱねることもできますが、放置すると、大変なことになります。」


「瀬尾さんには、なんの落ち度もありませんけど、今回は小林くんと私で処理します。瀬尾さんが作業した場所を教えてください。」


階段の手すりのほか、トイレの紙巻器取付け、インターホンの子機、電池式の火災報知器等・・・。あたしが施工した数十か所を伝えて、この日の話しは終わった。




後日、専務と小林くんとそのほかの職人数名で、かなりの数があった、あたしの施工箇所のやり直しを行った。


階段の手すりや、紙巻器なんかの壁面についているものは、取り外した後、わざわざ壁を解体して、下地も含めて施主さんに問題のないことを確認してもらってから、新しいものを取り付けたそうだ。


お母様が怪我をされたこともあって、最初は不信感を募らせていた施主さんも、そこまでして作業をやってもらったことと、専務の見事な工事段取りと作業の手際のよさ。

引っ越してから必要だと気づいたという棚の新規取付けや、コンセントの増設なんかも無償でやったうえ、作業完了後は、職人も含め、全員できれいに家全体の掃除をしたこともあって、専務と小林くんが帰るときにはあたしの分も含めて、金一封を渡し、「申し訳ないことをした。瀬尾さん(もう、女の子とは言わなくなったそうだ)にもお詫びをしておいてください。」と言われたそうだ。

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