第6話 舞波工務店

練馬区大泉学園町は、西武線が通っていて、都心へのアクセスは比較的楽であるにも関わらず、50%の建ぺい率、100%の容積率という法規制がある地域。

この法規制のせいで、小さな敷地にそれなりのボリュームの家を建てるのはなかなか難しい。


そのせいで、新規にこの地域に引っ越してくるのはなかなか難しく、昔からこの地域に住んでいる人たちが多く、小さな敷地を細切れに分筆して、間口のやたらと細い同じデザインの家が乱立している。というような状況もあまり見られないため、東京23区内であるにも関わらず、ゆったりとした雰囲気が漂う地域だ。


そんななかに「株式会社舞波まいなみ工務店」はあった。


「駅からちょっと離れているからクルマできてもいいですよ」。と言われたとおり、大泉学園で降りて、そこからタクシーに乗る。関越自動車道の下をくぐったあたりで到着。確かに駅から歩いて通うとすると、なかなか難しそうな距離。


ゆったりとした敷地の1/3ほどに、タテ張りのガルバリウム鋼板の社屋が建てられており、黒い雨跡がなんともいい雰囲気を出している。

広葉樹の植えられたファザードには、ウッドパネルを使用した目隠しがあり、その後ろはデッキになっているようだった。

大きな敷地の端には、ソーラーパネルが設置されている。


工務店というよりは、軽井沢あたりのしゃれた別荘という感じ。

ただ、敷地の道路側には、定期的に引き取りにくるのか、大きなコンテナのようなものに石膏ボードや断熱材の破片、木材の切れ端が突っ込まれており、そのとなりの作業場では、頭に手拭いをまいた結構年配の大工さんが、なにかを加工している。

そこは工務店だなあ。という感じ。


あたしが車で来たとしても、ゆったりと止められていたであろう駐車スペースには、ピカピカの赤いピックアップトラックと「舞波工務店」とドアに書いてある軽トラックが止められ、おしゃれなんだか実質本位なんだかよくわからない感じを醸し出している。


これ、特注品だよなあ。というガルバリウム鋼板で作られたドアを開けると、室内は床に無垢のフロア材が貼ってある事務所だった。

一番手前でPCに向かっている女性に声をかけると、「お聞きしてます。少々お待ちください。」と答えて、彼女は奥の部屋に入っていった。


背の高い、きれいな人だったが、紺色の作業着を着ていた。

あの人も現場作業するんだろうか?


事務所は天井が高い。

平屋の建物に天井裏をつくらず、そのまま勾配天井にしているようだ。

大きなファンが2つ廻っている。


「こんにちは!社長の舞波隆です!」

でかい声とともに、まさに「どかどか」という感じで社長が現れた。

ちょっと圧倒されつつ、

「こ、こんにちは瀬尾華江です。」とあいさつと握手を交わす。

「よく来てくれました。奥でお話しするからどうぞどうぞ。」と応接スペース。というか打合せスペースに通された。


テーブルをはさんで、向かい合わせに座ると、そんな「社長」はだまってニコニコとあたしを見ている。

年齢は60代くらいか?ノータイだが、こぎれいなスーツを着ていた。

設計事務所時代に会っていた工務店の社長って、いつも作業着を着ていて、小汚い恰好でタバコをくわえてて、技術に自信を持っているけど、営業とか客あしらいに関しては無頓着だから無愛想・・・ってイメージだったけど、このヒトは工務店の社長というよりは広告代理店の営業マンのようなイメージ。


なんかイメージとちがうなあ。


外見の印象はとにかく「濃い。」ぶっとい眉毛に厚い唇。彫の深い顔立ちに大きな瞳。髪をちょっと伸ばして、後ろで縛っている。

いわゆる「ハンサム。」うん。ではなく「ハンサム」なのだ。そんなハンサムがニコニコとこっちをずっと見ていて、なかなか話をきりださないので、


「あの、面接なんですよね・・・。」

「大丈夫。あなたもう採用だから。で、いつから来てくれるの?」


え?え?いえ、ワタシまだなんにも御社のこと聞いてないんですけど。

それに休日は?お給料は?「能力や希望による」としか書いてませんでしたよね?


「社長。落ち着いてください。この人びっくりしてるじゃないですか。」

社長とは対照的な落ち着いた声に振りかえると、今度は「イケメン」がいた。


細い眉毛に切れ長の目。すっきりとした顔立ちにサラサラの髪。

うん。今度は間違いなく「イケメン」だ。「イケメン」だ。

イケメンは作業着を着ていたが、スラックスはスリムタイプで、足のラインがほっそりしているすっきりとした着こなし。

足元はカーキ色の登山用みたいな靴。ワークブーツってやつかな?

スリムな脚のラインとの対比でかっこいい。

上着も「ジャンパー」ではなく「ブルゾン」という印象。

ペンキかなにかの汚れがちょっとあるが、それがまたさわやかな印象との対比でいい感じだ。

年のころは30代から40代くらい・・・?着る人が着ると作業着もかっこいいなあ・・・。

なんてことを考えていると、は名刺を出した。


「初めまして。舞波いすみです」

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