雪降る町の昔話

おざってたんせ。


 迎えの者が、遠くから来たわたくしに「よくいらしゃった」と雪降る町の言葉で出迎えました。


「こないな遠くまで、よう、お迎えになさって」


 わたくしも、迎えの者にねぎらいをかけると、迎えの者は頷きわたくしの先に立ち先導を始めます。高いお山を越えた後は、見たこともないたくさんの雪……本当に遠くまで来てしまいました。


上東して江戸へ出た後、奥州の外れのこの国を目指しました。

米所と言われますが、京で生まれ育ったわたくしには、寂しい風景に感じられます。雪など、チラチラと、窓から空から降りるのを見るくらい、京の町ではそうでした。でもわたくしは、あのお方への恋心が大きくなり、雪が降る街に来てしまったのです。


「あど、もうさっとですから」

 迎えの者が、寂しそうなわたくしを見て「あともう少し」だと、わたしの乗る馬の手綱を引きながら話かけてきた。

「まだ十一月だというのに、こないに雪が降りはるの?」

「まだ振り始めたばかりだす、十二月になれば、道も田畑も家も、厚く雪に包まれるだす」

「そう……これでふりはじめなの」


 薄くだが一面に広がった真っ白な風景に凍える寒さ。ここに一生住む事に不安が大きくなります。



 静かな城下町を抜け、小さなお山に立つお城に向かいました。お城に入り、奥の部屋に通されると、わたくしの愛しい方が待っていてくれました。


「遠いところ、よく来た」

 言葉短く、でも、嬉しそうにわたくしを見る、この町の城主のあの方に膝を正し頭を下げます。

「驚いたろう。この国の雪の多さと寒さには」

 元は関東に所領を持っておられた愛しい方……この雪の多い国へと転地を命じられました。

 源氏の時代から続く名門である愛しい方は、関東におられる時には、京へよくお出でになられました。

 宮廷に使えるわたしくしの父が、この方を自分の屋敷に迎えられた時、こんなふうに膝を正してこの方にご挨拶しました。


 その時も今と同じように、優しい笑顔をくれたのを覚えております。

 それから、度々、わたくしの屋敷に訪れるようになり、そして二人が恋心を持つまで時間はかかりませんでした。


初めて幸せな時を刻むわたくしに、京の桜の木の下で告げてくれました。


 風が少し強くなった晩桜の季節、花びらは舞いながら、二人が立つ地をさくら色に染めます。

 少し照れくさそうに言いだした、わたくしへの言葉。


 「一緒に来て欲しい」


 小さく頷くわたくしの手を握ってくれた、愛しいこの方についていこうと決めました。


お輿入れの直前に、現れた愛しい方は、笑みを浮かべていませんでした。

奥州への転地が決まったからです。わたくしの父も母も反対しました。


屋敷に上がった愛しい方は何も発せずに、黙って父の言葉に頷いていました。


 わたしくは顔を上げる事が出来ません、涙を止める事が出来ません、父に気持ちを述べる事も、なにも出来ませんでした。



 それからわたくしは外出する事もなくなり、自分の部屋に閉じこもり、泣いて暮らしました。一年後に手紙を頂くまで。


 わたくしの尋常ではない様子に、父も母も奥州へ嫁ぐ事を認めてくれました。そしてわたくしは、一年半ぶりに、愛しいこの方の前にいます。



 頭を上げたわたくしを見て

「まるで京で初めて会った時のようだな」

 懐かしそうに話されました。

「わたくしもそうです」

 そう答えると

「おまえの白い息、そして降り続く雪だけが違うな」

 わたしに近づいた愛しい方は、わたくしの手を握り、そっと自分の胸に引き寄せます、わたくしは瞳を閉じて身を任せました。



 ひと月がすぐに過ぎ、十二月になった今、雪は本降りとなり、静々と積もっていきます。心が少し苦しくなります。


「京の都が恋しくなったのではないか?」


 灰色の空から絶え間なく降り続ける、白い雪を見ていたわたくしに声をかけてくださいました。

「いえ……そんな事は」

「寒さは京でも感じるだろうが、この何も無い景色は、我でも寂しくなり、関東の地に想いを馳せる事がある」


 わたくしの心を垣間見たその言葉に、返事をする事が出来ませんでした。


「見せたい物がある。ついてくるといい」

 外へ出た愛しい方の後を歩く、わたくしのさした傘にも雪が積もります。

 お庭に出た愛しい方は、隅の方向を指指しました、そこは雪が除かれていました。

「これは……」


 そこには、細く小さな一本の若木が植えられていました。


「これは京から取り寄せた、桜のひこばえだ」

 か弱き若木にも雪は降り積もっていきます。

 愛しい方は、若木に大事そうに触れます。


「ひこばえは、木の切り株に生える、新しい桜の命。種から育った若木より、ひこばえは、強い生命力を見せるそうだ」

「これを……わたくしの為に?」

「そうだ。ここだけではない、この町の至る処に植える。この厳しい冬を何度も越えたひこばえは、たくさんも花を咲かせるだろう」

「たくさんの桜の花……」

「そうだ、初めて二人が会った、桜の舞う場所のように、たくさんの桜を咲かそう。おまえの故郷への思いが少しでも、癒されるように」


 私の凍える心は、愛しい方の心で、少しだけ早く春へと向かいました。


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