第4話
ジジイはバールのようなソレを振るって器用に牡蠣を剥がしていく。私は成り行きでバラバラと床に落ちた牡蠣を拾ってバケツへと放り込んだ。なんだかおかしな状況で笑みが零れる。隠す見栄は黒い海に捨ててきた。ジジイを罵倒しては牡蠣を拾い、浮気男をボトルでぶん殴った話をしながら牡蠣を食った。私は笑顔だった。
笑いながら作業を繰り返していると、空が徐々に白んできた。夜明けが近い。
「そろそろ戻るぞ」
ジジイが言った。当然の事、市場が開く時間には牡蠣を港に持って行かねばならない。そのためにはそろそろ戻るべきなのだ。
ジジイが操舵する間、私は空を仰いでいた。ゴンゴンと身体に響くエンジン音に身を委ね、呆れるほどに空に浮かんだ数多の星々を眺めていた。空が澄んでいる。今日も寒くなりそうだ。
「おい、見ろ」
ジジイの声で、私は視線を空から陸へ下ろす。そこにも星空があった。早朝の冷たい空気の中、少しずつ町の明かりが増えていく様をまじまじと眺めた。何万人もの人間がここに生きている。
あの大馬鹿野郎も、ここに生きている。不覚にもそんな事を思って、私は目尻を指で揉んだ。冷たい風で目が乾いて仕方がない。
ジジイが大きな声で言った。
「酒でも呑むか?」
「もちろん!」
曇ったグラスにジジイが酒を注いでくれた。お返しに私もジジイのグラスに酒を注ぐ。乾杯などしない。ジジイは鼻を鳴らし、私も真似をして鼻を鳴らす。それを合図に酒を飲んだ。
外気で冷やされた日本酒はクラリとするほどに強い。けれど強い酒気は船に吹き寄せる冷たい風と混ざってどこ吹く風となり、私はどこまでも澄んだ心地で街の目覚めを眺めていた。
荷下ろしの前に船から下ろして貰った。というか無理やり下ろされた。
「じゃあな」
「うん、ご馳走様。このジャンパーはどうすればいい?」
ジジイは鼻を鳴らす。
「ふん、そんなものいらんから持ってけ」
「そっか。じゃあ貰うね」
ポケットに小銭が入ったままなのもわかった上で言っているんだろう。私の電車賃として、何も言わずに押し付けようというのだ。
思わず笑顔になってしまう。
すると、ジジイは追い払うように言った。
「仕事の邪魔だ。早く行け」
「はいはい」
こうして私は優しいジジイと別れて、クリスマスの日常へと歩いて行った。熊のように臭うジャンパーに包まれたまま。
おわり
夜空に輝く青い星 アオイヤツ @aoiyatsu
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