第16話「忍び込む、誰もいない家」
(僕のせいかな?警備兵に僕がここに住んでいるとばれて?)
宗一郎は、この先にある八百屋へ行くふりをして、歩いて行く。その前をも通り過ぎようとした時、
「宗一郎君」
八百屋のおばさんだった。
「あっおばさん」
「家出してたんだって?」
「……はい、……どうして知っているんですか?」
「フーリちゃんが言ってたの」
「ああなるほど。でもおばさん、家の前に何で兵隊が居るんですか?」
「知らないよ、朝、ミラ軍が来たから何だとおもって見てみたら、宗一郎君の家が占拠されてたのさ」
「ねぇ、それって……どれくらい前でした?」
「えっ?朝の第二文節の半ばくらいだったかな?」
(ということは……良かった僕のせいじゃない。
――じゃ、なんでだ?)
「ちょっと行ってみます」
踵を返すと宗一郎は、門の前の軍人に声をかけに行った。
「あのー、すみません」
「……」
「あのー?」
「……」
「あのー僕、ここの……」
「……」
軍人は耳どころか目も合わせない。
(命令で口を聞いちゃいけないって言われてるのかな?)
なんとなく相手の実情が推し量られて、かまわず中へ入ろうとすると、やはり持っている槍で通せんぼしてくる。話しかけるのも笑殺される気持ちになるし、しょうがないので、家の様子を外側から何かわからないかと眺めてみた。
家の回りを用心深く偵察してみると、とりあえず外の軍人は門の前の鎧を着た軍人二人だけなようであった。
宗一郎は家の裏に回り、はらはらしながら、放置してあった空の木箱を壁にくっつけてよじ登って、三日ぶりの帰宅を難なく果たした。
家は窓は全木戸が閉められ、固定されていた。ドアから行くしかなかった。長いこと物陰に隠れて辺りを伺い、用心深く誰もいないのを確認すると一気に飛び出して、勝手口から家の中に入っていく。
中には誰も居なかった。しんとする我が家に、懐かしささえ覚え、陽の光で輝いてさえ見える廊下を、お父さんと自分の部屋まで抜き足差し足、それどもって同時に素早く移動していく。
無事たどり着く事が出来た。出て行った時とほぼ何も変わらない部屋を見渡す。
棚が壊され、棚の奥に作られている隠し戸がむき出しになっていた。中にあったお父さんの義手が下に落ちていて、踏みつけられて壊されている。
(……みんな捕まっちゃったのかな。)
宗一郎は捕まる理由は何か考えた。もうずっと前から、お父さんがただの市民ではないことは知っていた。ただ、
(それがミラ軍が来るまでの理由があるものだったんだろうかな。だとしたら、お父さんは、帰って来られるの?)
宗一郎は、帰ってこられるのかどうか思索した。
――どう考えても帰って来れるはずはなかった。
ミラの軍人には血も涙もない。やつらが一度捕まえた人間は拷問を受け、全て有罪になっているのだ。間違って捕まえたという不名誉を免れるために、無実も何も関係ない。何が何でも罪を“白状”させる。
そんな事は子供から老人まで知っている。
いつの間にか、自分の体が震えていることに、宗一郎は気づいた。
ぎゅっと服を掴む。
(助けに、行かなくては。)
そう当たり前に決意した。そもそも自分の事を言う権利など持ち合わせていなかったのだ。自分は、お父さんのために協力できることならなんでもしよう、だって自分はお父さんの子供なんだから、それが宗一郎の考えであった。
(おそらくヤグディオ城の地下牢だろう。)
宗一郎はお父さんが、なぜだか一般犯罪者の部類には入られていないような直観がしていた。ともすれば、ヤグディオ城しかない。
(問題はどうやって助け――)
――タンッ
(!!!
足音!?)
おもわず身構えて、音のする方の壁を凝視した。
音は間違いなく足音であった。タンッタンッと音は部屋の前まで来ると、
「グレイブレ!」
遠くから名前を呼ばれて立ち止まった。
「何だ?」
「裏に木箱を壁側に移動させた跡があった。カツラギ・ソーイチローかも知れない」
「忍び込んだ?」
「ああ、門番も子供が来たと言っていた。ついさっきだ」
「まだこの家の中に?」
「可能性はある」
「ううん、おいメイド、お前は荷物を整理できたなら、勝手に帰って良い。勝手にやってろ、だが、すぐに帰れ」
「はい、わかりました」
と頭を下げると、セミアは葛城の部屋に入っていく。
「おい兵士共を総動員だ。連れてきた兵士も全員でこの家の捜索にかかれ」
「――いえ、敷地の回りを固めてほしい。探すのは我々二人でクモ使って行う」
「あん?……なるほど、よし、命令は変更だ、今この大魔法使い様が言った通りにしろ」
「了解いたしました」
ダッと駆けていくミラ兵をグレイブレは見送ると、
「さて、この部屋からだ」
と、葛城の部屋に入っていく。
後から入って来たノーは部屋の真ん中辺りにまで行くと、そこらにある床に散らばった物を足でどけながら、
「メイドの方、外へ出て行ってドアを閉めてください」
「ふんっ、お利巧ちゃんめ、裸を見れるチャンスだろ、はっはっは」
セミアは惑いながら、おろおろと出ていく。そのゆっくりとした足取りに、イライラしたグレイブレは、
「早く出ていけ、身体検査されたいのか、あん?」
「ああ、はい……」
セミナは怯えてしまったのか、それでも多少しか速度は変わらず、結局最後までグレイブレに睨まれながらゆっくり退出した。
グレイブレは壁近くに移動し、ノーはセミアが出ていくと目を瞑り、<広範囲全検出魔法>クモの呪文を無詠唱で放った。
クモは、スキャンした範囲内の全てのものを全分析し、視覚化する土属性系の最高位魔法である。
ノーの足元にぼんやりとした光の円が現れ、散らかった床を舐めるように広がって行くと、グレイブレの体中を這っていき、壁を登って、やがて天井を移動しノーの頭上地点で収縮して消えていった。
ノーが目を開く。そして、
「子供の足跡がある。散らかした後ついたものだ……まちがいなくカツラギ・ソーイチローはここに来ている。……ううん、しかし辿れないな……」
と静かに言い放つ。
「ここにはいないのか?」
「いない。次の部屋へ急ごう」
二人は部屋の外に出る。
「よし、メイド。支度にかかっていいぞ」
「はい、承知しました」
セミアにそれだけ言うと、急ぎ早に二人は隣の部屋を探しに行く。
部屋に入り、ドアを閉め、窓近くまでゆっくり歩くと、セミアはほっと息を吐いた。
「宗一郎様、もう大丈夫ですよ」
俯いて、スカートに向かって小声で呼びかけ、鳥かご型のスカートをたくし上げていった。
「宗一郎様?」
「……い、いえ……ちょっと、あの、あれ……あれで」
中から顔を真っ赤にした宗一郎が這い出してきた。
「大丈夫でございますか?」
「はい、大丈夫です。もう大丈夫です」
宗一郎は立ち上がってセミアの目を仰ぎ見た。
すると突然、
「宗一郎様」
セミアはしゃがみこんで宗一郎に抱きついた。結構強めにぎゅっと締められ、少年が驚いていると、
「どこ行ってたんですか。皆さん心配していらっしゃったんですよ?」
「……うん、ごめんなさい……」
宗一郎はセミアの背中に手を回して抱きしめた。少年も、帰って来てセミアに会えたのが嬉しくてたま
らなかったのだ。
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