第15話「少年はどこだ?」


 ミラ軍が葛城邸へ乗り込んでくるのと同時、セミアに言われ、フーリはカルカットへと避難していた。


 急いでおばあちゃんにこの事を報告しようと、走りに走った。


「おばぁちゃーん!」


 とカルカット・バーの玄関扉を勢いよく開けると、


「あらフーリちゃん、こんにちは。どうしたの?そんなに慌てて」

「こんちは!

おばぁちゃんは!?」

「シンシアさんならまだ寝てるわ」

「よーし!」


 階段を一気に駆け上り、そのままの勢いで居間に布団を敷いて寝ているシンシアにギロチンドロップをくらわす。


「ぎゃー!!」


 シンシアの耳栓が衝撃で飛び出していった。


「フーリ!!」


 シンシアは、アイマスクを外しながら怒鳴る。


「おばぁちゃん大変!」

「わかってるよ大変だよ!息ができないよ!」

「違う違う!」

「ゴホッゴホッ……」

「ミラの軍隊が!」

「ゴホッああ、今何時だい?」

「ミラの軍隊がカツラギ様の所に来たの!

あと朝の第三文節に入ったとこ!」

「ゴホッゴホッ……、

――なんだって!ミラの軍隊が!」


 シンシアは目を見開いて驚いた。


 しかし老婆には、何時かはこうなる事であったし、分かっていた事なのだと、そうやってはるか昔に作った入れ物を持っていた。覚悟というより諦念に変化してしまっているその入れ物に、動揺も拒絶もすべて入れて、老婆は静かに目を伏せる。


「おば――」


 フーリは、それは黙祷を捧げているように見えて、口をつぐんだ。


 しばらく間があった。


 やがてシンシアの声が静寂を撫でるように破る。


「フーリ」

「ぐーぐー、むにゃむにゃ」

「寝てるんじゃないよフーリ。起きな」


 と鼻提灯を割る。


「――ハッ」

「いいかい、よくお聞き。お前さんはこれからここで暮らす事になる」

「カツラギ様は?」

「あいつとは、もう会えない」

「宗一郎は?セミナ先生は?」

「離れ離れになる時が来たのさ」

「……みんなと離れなんて嫌」

「……うん嫌だね。あたしも嫌だよ。でもどうすることもできない、平民のあたしたちにはね、自由には生きられないんだよ」

「なんで?」

「さぁ、あたし達を自分の所有物だとでもおもってんだよ、あいつらは多分ね。あたし達はその中でうまくやっていくしかないんだよ」

「私そいつらと戦うわ!叩きのめしたら改心するわ!」

「何言ってんだい、そんな馬鹿な事を考えるんじゃないよ。

 賢く生きな、フーリ。そんなことを言ったって何も変わりやしないのに、する奴の気が知れないよ。世の中の仕組みがわかってないのさ、そいつらは。もしくは子供なんだね。フーリ、絶対だめだよ」

「絶対殺す!私決めた!」

「ああ、馬鹿。たとえ正しくてもだよ、正しくても、なんだい、正しいからって行動して、いらぬ苦労をわざわざするのかい?

 やって変わるなら良いよ、力があるとかね、でも文句を言ってるだけ、デモをするだけ、変わる様子も何もない。わざわざ休みの日まで行動をして、何も楽しいことはできない日々さ。その間、世の中の仕組みをよく見て、それによく順応することを選んだものは、毎日幸せに暮らせるんだよ。賢く生きな、そのためには我慢ともうまく付き合っていかなくちゃならない。

 それにフーリ、お前さんにはすごい魔法の才能があるんだよ。場合によっちゃ――」


 その時、トントンと階段を上ってくる音がした。まもなくして居間の扉が開かれた。


「シンシアさん、ミラ軍の人が会いたいって来てます」

「ううん?――何の用だよまったく……」


 シンシアはふるい落とすように首を振ると、


「下の応接間に入ってもらい」

「はい、わかりました」


 息を深く吸ったシンシアは、居間の中に視線を移すと、座禅を組んでるフーリを発見した。


「フーリ、何で精神統一してんだい?」

「えっ?戦闘に備え――」


 シンシアはめんどくさそうに、座禅を組んでいるフーリに向けて、ウトグーの呪文を唱えた。


   ◇


「お待たせしました」


 シンシアが応接間に入ると、二人の軍服姿の男が壁にもたれて立っていた。


「シンシア・カルカットですね?」


 その内、髭を整えた方が高圧的にそう尋ねる。


「ええ、そうでございます」

「ミラ特設部隊のターカ・グレイブレだ」

「同じくジャイ・ノーです」


 と、腰に下げた剣の柄頭の紋章を提示した。


「タダシ・カツラ……ああ、カツラギ・タダシはあなたの元夫らしいですが」

「ええ、そうですが」

「彼はレジスタンスのスパイでした」

「ええっ!そんな!スパイだったなんて……」

「彼には養子の息子がいる。ここに居るな」

「……いいえ、ここにはおりませんが」


 グレイブレの顔が強張る。


「いいか、俺の目的はその小僧を見つけだすことだ。嘘をつくとろくなことがないぞ婆さん!」


 いきなり怒鳴りだすのを聞いて、ノーはそれを収めるように、


「カツラギ・ソーイチローとおもわれる目撃証言が届いているんです」

「あの、一体何なんでしょうか?説明をしていただけないでしょうか?なぜ息子をこんなにも探していらっしゃるのですか?」

「カツラギ・タダシは自分の置かれた立場を知ると、すぐ毒を飲んで自殺を図りました。我々の賢明な治療も叶わず、間もなく亡くなりました」

「!!!

 えっそんな、死んだ!?」

「しかし、その間ポファルで彼の記憶を探りました。キージョンシサで重要な記憶は消去されておりましたが、自分の息子に、自分の持っている情報を収めた魔石を託している可能性があるのがわかりました」


(――賢明な治療?……何が賢明な治療だい、ポファルなんて書けてる暇があるのなら……)


「そして、カツラギ・ソーイチローは三日も前から行方が分かっておりません」

「……えっ!?なぜです?」

「そんな事を俺らが知るか」


 そう言ってグレイブレは、業を煮やしたようにノーを突き飛ばし、シンシアに掴みかかった。


「いいか婆さん、俺を怒らせるなよ、わかったら小僧を出せ、じゃなけりゃどうなるかわからんぞ!」

「本当に知りません!」

「何してるグレイブレ!いい加減にしろ!」

「黙れ!こいつは何か知っている!俺の勘は冴えてるんだ!弱らして抵抗力をなくしたらポファルをかけるぞ!」


 そう言って静止も聞かず、シンシアを殴り始めた。三発目を食らわそうと振りかぶった時、グレイブレは横から体当たりを食らって突き飛ばされた。


「怖気づいたか貴様!」


 軍人二人は距離を詰めてにらみ合った。


「手を汚すのは嫌か坊ちゃん、任務はどうするんだ!」

「私だってあなたと同じように任務はこなしたい気持ちは同じだが!やって良いことと悪いことがあるのがわからないのかこんなことはもうやめるんだ今すぐに!!」


 早口でまくし立てるノーに触発されて、さらに激しくにらみ合い続ける二人であったが、その時、か細い声が二人の間に分け入って来た。


「……三日前……家に来ました……。家出したとか言って……それで、泊めて……あげました……」


 そう話しながら、二人はよろよろと起き上がるシンシアを振り向き見る。


「……そして、しばらく前……出ていき……ました……家に帰ると言って……」


 それだけ言うと、シンシアはふとおもった。なぜ自分は嘘をついたんだろう、つく必要なんてなかったはずだった、なのに彼女は宗一郎を庇ったのか。それが自分で不思議でならなかった。


「シンシアさん、カツラギ・ソーイチローがもしここに来たら、必ず連絡してください」

「ええ……ええ、必ず……致します」

「それだけじゃない、ちゃんと身柄を抑えとけ、俺たちが来た時には居ませんでしたじゃ許さんぞ」

「ええ……ええ……わかりました。必ず……」

「もう良いでしょう、行きましょう」

「よし」


 そして二人は、店の前に停めた御者のミラ兵が鞭を振るトイ車に乗り込んで葛城邸を目指した。


 が、


「ちょっと待て、グレイブレ、あの婆さんが嘘をついた可能性がある」

「あん、何だ一体?」

「あんたのせいで冷静さを失っていた。嘘をついてかくまっているかも知れない。

――おい戻ってくれ。あのキャバレーを調べる」


 ノーは身を乗り出し、御者にそう命令をした。


「クソッ!めんどうだな!」


 引き返え急ぐ二人の頭上で、カラクリ時計の第四分節を知らせる鐘が鳴り響いていた。

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