第14話「家に帰ろう」
(一体あれは何の機械だろう。)
宗一郎は工場地区を抜けて、葛城家に続く道を歩いていた。少年はあたりの景色を大いに楽しんでいた。そこにはたくさんの機械があったからだ。凄まじい騒音も、少年には賑やかとしか感じない。
工場の中を一軒一軒覗き込んでいく。様々な機械が稼働していた。機械という鋼鉄製の最新技術は、どんな世界の男の子でもそうであるように、少年の心を捉えてやまなかった。
(あっちに行けばもっと見れるかも……。)
家出をやめて帰るのをためらっている事もあり、宗一郎は、遠回りをして帰ろうと工場地区に来たのだが、ここに来てさらにわざと道を大きく外れ、家とは真逆の造船所までやって来た。
少年がこんなにも遠い所まで来たのは初めてだった。そして飛空艇が並んでいるのを見た時、その興奮は最高潮に達する。オーバーホール中の飛空艇の剛材が網目のように複雑に絡み合っていた。鋼鉄装甲の最新鋭の飛空艇の大砲が取り外されていた。
何隻もの飛空艇が並んでいる中、
(……あれは……)
「サカン」と世界共通文字で船側に書かれた飛空艇が泊まっているのを発見した。
(……ああ、あれはたしか……ああ……。)
少年はじっと整備中のサカン号を凝視し続けた。
宗一郎は黙ること以外に復讐の方法を知らなかった。自分があの飛空艇に乗っているところを想像した。いつかはそうなる、いつかあの船に乗って、葛城たちと離れ離れになる事をおもっては拒否するのを繰り返し、お父さんの命令を徐々に分かっていく。反抗しよういう気持ちが拭われていく。父の命令の正しさも間違いも意味も分からないまま、分かっていく。
ぐぐーっとお腹が鳴った。我に返った宗一郎は、
(さぁ帰ろう。)
お腹が減ったので、少年はそうおもった。
工場地区を抜け、通り道の飲食街に入ると、寄港した乗組員が沢山いた。
宗一郎は左腕に付けられた腕輪を眺めた。クンクンと匂いを嗅ぐと、お父さんのタバコの匂いがした。お父さんは普段部屋の中でしか吸うことはなかった。結構古いものらしかった。匂いも見た目も、お父さんの義腕と同じような感じがした。
なんとなしにボケーっと見て、哀感を感じ始めた時、
「おい、お前」
ミラ国の警備兵だった。
「ここでなにしてるんだ?」
座っている宗一郎を立ち塞ぐがごとく近くに立って、見下ろしている。
「えっ?ああ……、別に……散歩ですけれど……」
「どこに?」
「さあ……別に、ブラブラしてるだけです」
「……どこに住んでいるんだ?」
「えっいや、本当にちょっとブラブラしてるだけですよ、ははは」
にっこり嘘の笑みを作って、笑った。怪しくない事をアピールしたのだが、警備員は何か信条を持っているように、態度をまったく変えなかった。
「……最近脱走奴隷があってな。丁度お前ぐらいの年なんだ。何か知らないか?」
「いやあ、知らないです」
「証明カード見せてみな」
「ああ、証明カードね」
と、宗一郎はポッケをまさぐっていく。
「……あれ、おかしいな」
「……まだか」
「あれっ?ちょっと待ってくださいね」
「……」
「……おかしいな、こっちかな」
「……おい、お前」
「はい?」
「その腕輪の石……魔石じゃないのか?」
「はい?何がですか?」
警備兵はザーポリの呪文を唱え、宗一郎目掛け、高水圧の水を叩きつけた。
しかし宗一郎は難なくかわす。
少年はフーリとの長い戦いの経験によって、攻撃からの身のかわし方、魔法を掛けられた時に、素早く回避する技能を十分すぎるほど身に着けていたのだった。特にザーポリは毎日毎日掛けられ続けて、呪文まで覚えてしまったお得意の魔法であった。
警備兵はくるりと反転し、宗一郎の後を追いかける。
宗一郎は飲食街を行き来するトイ車の流れの中に素早く飛び込んだ。危うく二台の車に引き頃割けそうになりながら道を渡り切って振り返ってみてみると、さっきの警備兵が助けを呼んでいるのが見えた。
宗一郎は道を突っ走り始める。後を追いかけてくるのが背中越しにわかった。横町に入り、路地裏に入り、とりあえず、追いかけにくい道を選んでは逃げて行く。夢中に走っていると、いつの間にか路地を抜けて通りに出てしまった。カラクリ仕掛けの時計が向こうに見える。ここは東の歓楽街であった。
(こんな所に出るのか。)
少年は、発見の高ぶりもあって辺りを見渡した。人もまばらな歓楽街を必要のないくらい注意深く観察していく。
別に追ってくる者は誰も居ない。
代筆屋の立て看板の陰に隠れると、そこでじっと待った。
ある程度落ち着いて、呼吸も整ってくると、宗一郎はどうすれば良いんだと頭を抱えてしまった。
(どうしよう!?証明カードを持っていないなんてことがばれたら……。)
家出する時、宗一郎は証明カードを持ってくるのを忘れていたのだ。
宗一郎は昔、盗みでお父さんに怒られたことをおもい出した。子の責任は親も負うのである。自分の事はどうでも良い、それだけはしちゃいけない。その時、宗一郎は固く誓ったのだ。何としても逃げ延びなければならない。
(見つからずに、絶対見つからずにしなければ!
……。
……大丈夫さ、もうあきらめてる……もしくは全然別の所を探しているさ。
……早く帰った方が良い。警備兵に見つからずに家に帰れば良いだけだ……やっぱり帰った方が良い……。
――もう大丈夫だろうか。
――いや、よく確かめた方が良い――)
宗一郎は顔を半分だけ出して道の辺りを伺った。
警備兵はいない。
だいたい警備兵など会う方が珍しいのだ。特にまばらにしか人が居ない歓楽街なんて見まわる必要が別にない。宗一郎はその事を自分に言い聞かせて、ようやく隙間から素早く出ては早歩きで家に向かった。
のだが、
(なん!?前からさっきの警備兵がやってくる!)
驚いて、宗一郎はその場でくるりと反転する。そして自分の目を疑った。
(そんな!?)
ギクリと体を硬直させる。その視界の先に、警備兵がこっちにやってくるのが見えたのだ。
(……ああ……)
半ばあきらめの表情を見せて息を呑む。動揺しながら、慌てて辺りに隠れる所がないか探しだした。
(さっきの立て看板!……はダメだ。……どこかどこかないのか?)
あちこち見回していると、昼の第四分節を知らせるため、宗一郎の頭上からカラクリ時計の鐘が鳴り響く。人形たちが楽しく踊っているのが下から見えた。
(これだ!)
宗一郎は次の瞬間、イデデの呪文を唱えていた。
(笑って、笑って、こんな動きかな?)
宗一郎はカラクリ時計の人形たちに紛れて踊りを踊った。渾身の満面の笑みとロボットダンスを繰り出していく。
さっきの警備兵はやって来ると、よりにもよって時計の真下で鉢合わせ、立ち止まった。
「なあ、子供が今ここにいなかったか」
「いや、見てないが」
「そうか」
「それよりもう第四だ」
警備兵達はカラクリ時計を仰ぎ見た。警備兵の一人が、カラクリ時計に何か違和感を感じ、じっと見つめた。
(笑って、笑って、僕は人形僕は人形。)
視線を感じる宗一郎の額から汗が滲み出る。
「……そうだな、昼飯にしよう」
警備兵達がカラクリ時計から目を離した。
「あっちの方を見たら、詰め所に戻ろうか」
「ああそうしよう、そうしよう」
警備兵達がカラクリ時計から離れていく。宗一郎はふと安心して、一応適当に人形たちに合わせ擬態しながら、
(ああ、危なかった)
と、ほっと胸をなでおろす。
(そういえば、飛んで帰ったら良くないかな。ホントはダメだけど、見つからないように屋上を這うように進んで……。)
お父さんとの練習もあってまあまあ浮遊できるようになってはいた。
(……よし、これで行こう。)
自信はなかったが、街を見下ろしながら進んでいく。
宙に浮いて飛んでいても、帰った方が良いのはわかっていても、お父さんと会うのは気が引けて、体は重い。途中、着替え中の女性たちに覗きと叫ばれた以外は何の問題も起こさず、家の近くまで来ることができた。
直線で移動できたため、かなり早く到着したが、マナ残量はもうほとんどなくなっている。急いで人気のない所で地面に降り立った。
宗一郎は深く深呼吸をする。
(さあ降りてお父さんに会うか。)
と、覚悟を決めて、肩で風を切って家の門まで近寄って行って、
――そのまま通り過ぎた。
鎧を着たミラ兵が門番のように、二人立っていたのだ。
(どうしてミラ兵が立っているんだ!?)
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