第13話「訪問者あり」

 セミナはチュナの呪文を唱えた。ひらひらと空中を漂う光の布を葛城の喉に押し当てていく。


「ああ、ああ……ふぅー」


 葛城の顔から苦悶の表情が消えていく。


 葛城は、倒れて以降、発作的に体の一部に激痛が走るようになった。これが咽喉に来た時は呼吸困難に陥ってしまっていた。こうなると、チュナでの応急処置も自分ではできない。


「ありがとう、セミナ」

「カツラギ様、やはりスベガミ教会病院を頼った方が――」

「――ダメじゃ」

「……すみません」

「……、はぁ……お前が残ってくれて、本当に助かったよ」

「いえ、そんな」

「十年前か、もう」

「そうですね、今でも覚えております、鎖につながれていたのを解いてくださったあの時の事を」

「……でももう終わりじゃ。セミナ、ありがとう」

「……はい」


 セミナは落ちようとする涙をぬぐった。


「アアッ、ぐうう!ガァ!」


 葛城は、右脚を伝って登っていくかのように、必死に右脚を両手で掴んでいく。


「カツラギ様!」

「いやぁ、痛いのぅ……大丈夫大丈夫。昨日から急に頻度が増して居る。もう、残り短い。こんなことが、わかっていれば、宗一郎にも、違う形でッ……」


 セミナは<浄化魔法>イーノの呪文を唱えた。葛城の体中から、コーヒー豆のようなものが飛び跳ねてきて、音もなく消えていく。だんだんと飛び出てくる量が減っていくと、葛城は落ち着いた表情になっていった。


「ああ、ありがとう、楽になったよ。毎日毎日、イーノやらなんやらを掛ける日々を送らせてすまなかったな、浸食を遅らせられたのは、お前の思念のおかげじゃ。

 ……。

 おもえば、あの時自由広場に行かなかったとしたら、わしはもうとっくに死んで、宗一郎にも会えずに、誰にも看取られずに、死んでいったんじゃなぁ」

「一応、マーキョウで調べますわ」


 そう言ってセミナは葛城の体を調べていく。その間、葛城は昔をおもい返していた。


   ◇


「ほれ、これで自由になったぞい」


 葛城は、玄関で自由広場で買ったばかりの、十歳くらいの女の子の奴隷に向かって、優しくそう言った。


「お前さん名前は?」

「……」

「……わしの名前は葛城正。

 説明してやろう、わしは奴隷の中から魔法の才能のあるものを探しては助け、育てている。大人になったら、知り合いに支援してもらって自立させてきた。

 ……わかるか?

 つまり、君は今より奴隷ではない。番号で呼ぶわけにもいかん。名前を教えてほしいんじゃよ」

「……」

「そんなんじゃダメだよ、馬鹿だねぇ、私に任せな」

「――きゃっ、いやっ」


 太ったおばさんががつがつと近寄ってきたので、女の子は後ずさりしてしまった。


「やめないかシンシア、怖がっとるじゃろ」

「えっそうなの?」

「おお。ごめんごめん、こやつはわしの妻、シンシアっていう、柄は悪いが中身は……ええっと……」


 葛城は言葉に詰まってしまった。中身は良い、と言えば良かったんだが、嘘をつく事を葛城は嫌いだったからだ。


「……あっそうじゃ、食事じゃ食事。シンシア、準備をせい」

「その前に着替えだよ」

「それもそう――」


 その時、玄関のドアをを叩く者が現れた。すぐにドアノブが回り、美形のエリクサン人が入ってくると、恭しく頭を下げて、


「カツラギさん、ああ奥さんも、久しぶりです」

「アギラ、……何のトラブルじゃ……」

「いえ、違います。今日は報告に来たんです。


 私、第六月からサテン号という飛空艇に乗って勤務することになりました」


「そうか。まあ上がれ。祝ってやろうじゃないか」

「葛城さん、まだ調査をしているんですか」

「ああやっとるよ」

「やめた方が良いとおもいます。ミラはスベガミ教会との結びつきを強化する方針です」

「だからこそじゃよ。同士に情報を与えなくてはな」

「止めたって無駄だよ、そいつは」


 シンシアが口を挟んだ。


「諦めな。なんせ自由と独立の信者でだけでなく、恩からもやってるらしいんだからね。まったく、何の恩があるんだか」

「私は、あなたに助けられて、教育を施してくれたおかげで、こうして過ごせております。同じレジスタンスだからではなく。何か困った事があったなら助けてきましたが、それももう無理そうです」

「しないで良い、さあ早く上がれ」


 言われて、上がろうとするとボロ服を着た女の子がいるのに気が付いた。


「この子は?」

「今日自由広場でな」

「ああ、そうなんですか」


 アギラはしゃがんで目線を合わせると、白い歯を見せながらニコッと優しく笑って、


「名前は何ていうのかな?」


 と尋ねた。


 セミアは、アギラのあまりのカッコ良さにほっぺを赤くして、


「……あの、私、セミアって言います」

「なんで言ったんじゃ」

「なんで言うのさ」


 葛城とシンシアは返事をしたセミアに諸声になってつっこんだ。


   ◇


「ん……?」


 いつの間にか眠っていた葛城は、物音がして目が覚めた。


 眠気眼の視界に、セミアが何かひきつった顔でこちらを見ている。


「セミア?」

「すいません。カツラギ様……」


 セミアは葛城と目が合うと、震えた声でそう言いながら後ずさりしていった。


「ハッ!?」


 葛城は真横から首筋にに剣を押し付けられ、息を呑んだ。


 横たわる老人の回りには鎧を着たミラ兵が三人、一人が葛城の喉に剣を押し当てながら後ろに回って、葛城を無理やり起こしていく。


「気持ちよく寝ていたところ悪いな。起こすつもりはなかったんだ許せ……ついに見つけた。まさかこんな老人だったとは信じられんよ、レジスタンスの情報屋め」


 部屋の奥にいた軍服姿で白い髭を整えた、白髪交じりでアイシ(強化ガラスのサングラスというような、目を守るための装備品)をかけた男が、葛城を睨みつけながらそう言った。


「お前は?」

「スベガミ教会特設部隊のターカ・グレイブレだ、葛城殿」

「同じくジャイ・ノーだ」


 横に居たもう一人の軍服姿の、目が細く色白のアイシをかけた若い男が、腰に下げた剣の柄頭の紋章を提示した。


「……そうか」

「もう選択肢はない。スパイ活動は終わりだ――」


 ミラ兵の一人がウトグーの呪文を唱える。


「――永遠にな」


 それを見た葛城は、隠しポケットに入れていた瓶を取り出し、すばやく中身を飲み干した。


「まさか!

――何を飲んだ!」


 慌てるグレイブレが吐き出させようと口をこじ開けようとする中、葛城の意識は途絶えた。

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