第11話「父の教育」
葛城は、セミアに任せず自ら宗一郎を教育する機会を増やした。宗一郎にとってそれは時々辛いものがあった。葛城はいつも、宗一郎のに全ての責任を取らせようとしていたからである。
「お父さん、フーリにはほんと頭が来るんです」
そんなことを言うと決まって葛城は言った。
「いいか、頭に来たのは、お前が、頭に来たからだ。お前が頭に来ないならお前は頭に来ない。人のせいにするんじゃない」
「人のせいにするんじゃないって、こっちが正しいことを言うと怒ってくるんですよ。喧嘩になったら絶対勝てるるからって、暴力に訴えてくるんです。もうびちょびちょですよ毎日毎日――」
「――もういい宗一郎。
何か対策を立てたらどうじゃ?そうやってこれからも怒り続けるのか?何度でも言うよ、お前が怒っているのは怒らせるフーリが悪いんじゃない。人のせいにするんじゃない」
「違います!お父さんは間違ってます!」
「……宗一郎、お前は賢い人を見たことはないのかい?」
宗一郎はよくわからないという風に、首を振った。
「良いかい、賢いにも二種類ある。素質の賢さと行動の賢さじゃ。素質はもうどうしようもできない。だが、行動の賢さはどうにかできる。
真に賢い人はね、主体性があるんじゃ。どんな時も自分のせいと考える。だから対策を考えるようになる。主体性がないと、そもそも頭を使うことさえなくなる。わかるか?どんなに素質を持っていても、使う機会がそもそもなくなる。つまり、自分のせいと考える行動をしないということは、とどのつまり馬鹿になることなのじゃよ。これが行動の賢さじゃ、わかるな。
……心が苦しいのはわかるよ、でも、宗一郎にはできるな」
「……はぁ、じゃあ、どうしたらいいんですか」
「ああそれなら教えてやるよ、お前が主体性を持って、自分で対策を考えるようになったらね。さぁ、勉強を始めるよ」
葛城は紙に書いたイデデの呪文を宗一郎に見せた。
「書いてある呪文を覚えなさい」
「はい、わかりました」
宗一郎がそう返事をして数秒後、
「さぁ覚えたね」
と言って葛城は紙をしまった。
「ちょっと待ってください。お父さん、まだ覚えていません」
「……宗一郎、わしは少なくとも五秒間も見せたよ」
「短いですよ。覚えられるわけありませんよ」
「わしは覚えられたがな。お前もできるはずじゃ」
「……できません、覚えられ――」
「――もういい。できるったらできる」
彼は、全ての人間が完全な記憶力を持っていると確信しているように、宗一郎の抗弁にもかかわらず、聞く耳を持たなかった。そして、
「いいか、覚えられないのはお前のせいじゃ。人のせいにするんじゃない」
と、いつものセリフを言うのであった。
「たったこれだけの詩なんじゃ。早く覚えるんじゃぞ」
そう言って葛城は呪文の紙を嫌々宗一郎に手渡した。
魔法の呪文は国や派閥によって違っている。ミラで使われている呪文は、ガネリサ呪文と呼ばれ、この国の英雄バナサ・ガネリサが詠った詩になっていた。
内容は、
――空中にかかっている蜘蛛の糸にかかっているような心持がする、私の、その事を想うと、不安で、怖くて、でも、夢心地になる――
というものである。
しかし古語のため、呪文の内容はほとんどの人がわからず唱えていた。
「……はい覚えました」
「十秒かかったぞ……。じゃ、早速やってみせい」
「……はい」
(自信ないな、できるかな?できなかったらまたお父さん怒るかな?)
これは宗一郎の初めての魔法であった。教えられたことをおもい出しながら、精神を統一していく。そうやって強い思念を作り出ていった。
(思念を作るんだ。浮きたい、浮きたい、空中に浮く、浮く。浮くことしか考えるんじゃない、僕は浮く、浮く!)
「ハァー、スーー」
深呼吸の後、
――イデデの呪文を唱えた。
宗一郎が唱え終わったその瞬間、魔法に成功したかどうか、少年にはよくわからなかった。ただ、足の裏に重さを感じた。
ありえるはずのない感覚に何かとおもって、宗一郎がすぐに見てみると、
(――体が浮いている!)
と、自分の体が浮いているのに目視によりやっと気付いた。自分の指先だけが床に触れているだけで、それでもって力などは入れていなかった。宗一郎は間違いなく宙に浮いていた。
「お父さん。できました、成功しました!見てください!見てください!」
少年はさらに拳三個分ほど浮き上がり、完全に見える形で宙に浮いた。
「ハハハ、ああ、わかっとるよ。落ち着け、ハハハ」
「ハハハ、やったぁ!浮くってこんな感じなんですね。最初、床が押しあがったんだとおもいました。今もどこか足場に立っているだけみたいです、不思議です!」
「ああ、よくやった宗一郎、フッフ」
葛城ははしゃぐ宗一郎につられて、自分も楽しくなった。
「もっと浮くにはどうすれば良いんでしたっけ」
「思念を使うんじゃ。もっと具体的に思念するんじゃ。たとえば天井まで浮くことを思念にするとかの」
「よーし!」
宗一郎は精神統一して、思念を強くしようとした。が、ドタッと音を出して少年は床に尻もちをついてしまった。
「……えっどうして?」
「……マナ不足じゃな。燃料切れじゃい」
「……そうですか……」
「初めてで燃費が悪いだけじゃ。浮かんでいるのに初めてで動いてしまったんじゃな。練習すればもっと高く長い時間浮かべるようになるぞい」
「ハハハ、よーし練習しましょう練習!」
「まあ落ち着け、今日はもうダメ、回復を待たなくてはな、ハハハ」
宗一郎が“お父さん”が何かただの単なる市民ではないという事に確信したのは夜中にちょくちょく抜け出していることに気づいてからだろうか、それとも、厳しすぎる教育ぶりが少年にそうおもわせたのだろうか。
しかし、そんな事どうという事でもなかった。お父さんは何でも知っているし、何でもできるすごい人なのだ。
“お父さん”は“お父さん”それだけなのだ。
宗一郎は自分の悪い好奇心をたしなめる。お父さんは太陽と同じだ。太陽のように必ず朝には顔を見せてくれる、それはゆるぎない事実なのだ。
宗一郎が来てから、早一年がたった。
悪夢はまだ少年にとりついている。
しかし体は健康そのもの、骨と皮ばかりだったことにろとは見違えて逞しくなって、うなされるようなことはもうなくなっていた。
そんな宗一郎に対し、葛城の容態は悪くなっていた。
宗一郎は、葛城の体が悪いのに気づかなかった。葛城が急に咽喉を抑え倒れた時、なぜセミアが何時もお父さんの治療をしているかを、初めて理解したのである。
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