第9話「カルカット・バー」


 この世界の時刻は、一日を昼の第一から第六、夜の第一から第六の十二に分節に分けて数えていた。


 この基準はスベガミ教会の大聖堂があるアクヴィエリアの日の出の瞬間から第一分節が始まり、日の出と共に夜の第一分節が始まる。アクヴィエリアは一年を通じて日の出も日の入りの時刻も同じ時間であったのだ。


 世界中のすべての国が混乱を防ぐため、この基準に合わしている。


 人ごみをかき分け、二人が「カルカット・バー」と書かれた看板が右にガクンッと傾いている、目的の店に着いた時にはもう昼の第四分節、もうお昼になっていた。


 フーリの後を付いていく形で二人がカルカット・バーに入ると、中はかなり繁盛している。客でいっぱいだった。


 ただ、バーではなくキャバレーにへと、ずいぶん前に路線変更していて、店内には露出度の高い服を着た女性達が沢山居て、賑やかな曲が流れ、客も騒がしかった。


 二階こそなかったが中は結構広く、高い天井にはパッカの光球が所々で光り輝いており、窓のない店内を明るくしていた。


 宗一郎たちが舞台の上で踊る人たちに目を奪われていると、


「あらフーリちゃん」


 女性達の内一人が気づいて、声をかけると、


「待っててね、シンシアさんに伝えてくるから」


 と、それだけ言って入り口右脇の細い階段を登って二階へと駆け上がっていった。宗一郎はぼけーっと駆け上がっていく女性を見ていたのを慌てて目をそらす。パンツが見えてしまったのだ。


 それからしばらくすると、キスレブ人特有の、橙色の髪に、長い耳、白すぎる肌を持った皺の深いお婆さんが、階段を駆け下りきた。


「フーーーリーー!」


 と叫ぶ。


「おばぁちゃーん!」

「いやー一か月ぶりだねぇ……ん?」


 祖母と孫が、抱き合いながら再会を喜んでいると、シンシアは横にもう一人子供がいるのに気が付いた。


「フーリ……この辛気臭い坊主はなんだい?」

「宗一郎だよ!」

「……ああ……あいつの養子かい、ふーん。ソーなんだったっけ?」

「宗一郎です」

「こりゃまた、あいつ同様、ちんちくりんな名前だねぇ。なんでもいいけど、フーリに色目使うんじゃないよ」

「きゃー!」


 フーリは両手で顔を覆う。


「男は皆、フーリ姫に夢中なんだからね、見てごらんこの坊主照れてるよ」

「いやーんっ!」


 両手で顔を覆ったまま、顔を横に振る。


 (……とっとと用事を済ませよう……)


 宗一郎は、


「あの、お父さんからこれを渡すようにと頼まれました」


 と、ポケットから例のカードの入っているケースを取り出した。


「……ああ、確かに、もらい受けたよ」

「じゃ、帰ります」

「なんだいもう帰るのかい?」

「なんで帰るのさー!?」

「二階に上がりな。遠慮するこたぁないよ坊主」

「そうさそうさー!」

「えっ……そうです……か?」


 二人は、服をひっ掴んでは二階へ宗一郎を運んでゆく。


 ここに座ってな、遠慮なんて無粋なことするんじゃないよ坊主。と言われて連れて来られたのは、正面に大きい窓、座卓に座布団が四つある居間であった。壁の棚に置かれている物は、きっちり整理整頓されて、ランプが天井から垂れている。


「お腹空いたろ、食べていきな。フーリ手伝って頂戴」

「はーい!」

「……」


 二人は部屋から出ていき、一人残された宗一郎は窓辺に寄った。この窓からミラ中央飛空場が見渡せていたからだ。


 ちょうど、一隻の飛空艇が離陸しようとするのが宗一郎の目に映る。その飛空艇は、他と違い木材ではなく鉄でできていた。大砲を幾つも付けた鉄の船は凄まじい轟音を残して離陸していく。


 飛空艇は魔力生成器から生成される魔力を、浮揚魔法の魔力源にして飛んでいると、宗一郎は習っていた。今まで、飛空艇が飛ぶ所を全く見たことのなかった宗一郎は、その物理法則を無視した物体に、何か恐怖と高ぶりを感じて、目が離せなくなった。


 かなりの時間、夢中になって見てしまったらしい。


「何見てんだい坊や」


 と、料理の支度を終えたシンシアが、お茶の入ったコップを三つお盆に乗せて入ってきた。


「ああ、飛空艇です」

「今日はエリクサンの軍艦が来てる日だ、五月蠅くなるわ、やだねー」


 シンシアはよっこいせと、コップを座卓に並べていく。


「……なあ、坊や、お願いがあるんだ」


 並べ終わったシンシアは打ち振り向いて、宗一郎の反応を気にしながら話を始めた。


「フーリと仲良くやって頂戴な。

 ……あの子に魔法の才能があるからといって、あいつんとこへ預けちゃあいるが……、わたしゃ心配でたまらんよ……、あいつはまた要らない事しているし……、……一緒に居てやりたいんだがねぇ……」


 と宗一郎をじっと見て、


「なぁ、フーリ喜んでたよ、友達ができたって、ずっとあんたの話ばっかりさ。年の近い子なんて周りにゃ居ないから、初めてなんだよ。ちょっとうるさい子で、バカだけど、頼むよ、坊主。……、なあ、見た目は私に似て可愛いだろ。まあでもさ、なあ、いい子なんだよフーリはキスレブ人だからといって……、その……ハハ、すまないね……、わたしゃ、何言ってるんだろうね……」

「シンシアさん。僕、好きですよ。フーリの事」

「そうか、ありがとよ」

「……」


 宗一郎は再び窓の外に目を移した。


 お父さんがしてる要らない事って何ですか?と、聞こうか迷っていた。しかし、ちょっと思案した後、やはり首を突っ込んでいけないと、判断し、首を振って雑念を振り払うと、何か後頭部に視線を感じた。


「宗一郎……私のこと好きって……」

「え?」


 見るとフーリが皆の分の皿を三つ乗った大きいお盆を持って、ドアの所に立っていた。そして顔を赤らめている。宗一郎は瞬時にすべてを察する。


「ち、違う、そう意味じゃ――」

「ごめんなさい!」


 フーリは九十度頭を下げて、宗一郎を振った。


「……い、いや、だから――」

「坊主……落ち込んでるんじゃないよ」


 シンシアはぽんぽんと肩をたたきながら


「男なら気持ちよく振られてやんな、女に気を遣わせるんじゃあないよ」

「……あの、もっと……、お互いの事を知ってからね……」


 俯いて、もじもじしながらフーリは、そう言った。


「え……、いや、あの……」

「ああ、悪いねフーリ、そんなに持たせて」

「あっうん……」


 フーリは俯きながらお盆をシンシアに渡した。さっきから顔を全く上げない。そんな中、料理がテーブルに並べられた。


「さあ食べようじゃないか。皆の大好物、ミラリタンだよ。さあ坊主もフーリも席にお座り」

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