第8話「祭日のお使い」


 太陽の他、二つの衛星がこの世界では回っていた。


 赤い衛星ツテートと青い衛星トーマキ。


 満月の夜はこの二つの衛星が太陽の光を存分に反射し、薄暗いほどの暗さにしかならなかった。その日は夜が消える日として、冬の祭日や記念日は、ミラではわざわざこの二か月に一回の満月の日に合わせることが多い。


 それはミラの国が太陽の沈まない夏の期間を、神の祝福の期間として特別視する宗教上の理由から、暗い冬の期間中、夜を明るくしてくれる神の恩恵にあやかってである。


 そんな、ある満月の日を明日に迎えた日の夜のこと、葛城と宗一郎がいつものようにベッドに入り、そして夜中、宗一郎はなにやら物音がして目が覚めてしまった。


 何やら不審におもい、眠気眼で確認すると、良く見えないが、ドアの近くにおかしな人影がある。


「……?

お父さん……ですか?」

「ん?すまない、起こしてしまった」

「何してるんです?」

「なんでもないよ、早く寝……、……いや、せっかくじゃ、起きて来なさい」


 葛城は、一番近くにあった燭台に火切金で火を点けた。宗一郎はその途端、人影のおかしな理由がわかり、息を呑んで驚いてしまった。


 お父さんの腕が一つなかったのだ。


「……お父さん、……左腕、ありませんよ……」

「ああ、簡単に付け替えできるんじゃ、便利じゃろう?ははは」


 と笑って、右手に持った義腕をプラプラさせる。銀色の不気味に光る鉤爪がカチカチと音を立ててぶつかった。


「……」


 宗一郎はただ驚いて、返事もできず見つめるだけであった。


「本当は四つほど腕をつけたら、便利で良いんじゃがな。しかし二つだけの方が見てくれが良くなるもんでな、我慢しとるんじゃ」


 葛城は棚の奥に作られている隠し戸を開くと、義手が数個並んでいる中から、しわくちゃな皮膚が付いた人の手状の義手を取り出して机に置いた。それから銀色の義腕から、鉤爪状になっている義手をガチャンッと外して、さっき机に置いた義手と交換すると、隠し戸を閉めた。


 宗一郎はただ見守るだけ。目の前で行われた作業に、色々疑問が湧いていてはいたが、何かと衝撃的で話し掛けれなかった。


「早くこっちへ来んか」


 いつまでも、口を半開きにしてぼけっーとしている宗一郎に、葛城は軽く声を上げて呼ぶ。


「はっはい」

「義椀だっただけで、そんなに驚くかい?」

「はっはい……」

「別に話すこともないとおもっとったんじゃが……」


 葛城は鉤爪状になっている義手の甲部分から、魔法陣が描かれたカードを一枚取り出した。


「さて、宗一郎、今日の朝はお使いに行ってもらう。このカードを」


 と、取り出したカードを宗一郎の目の前に持ってくる。


「こいつを、自由広場東の歓楽街にあるカルカットという店に持って行って、そこのシンシアっていう婆さんへ渡すんじゃ」

「……ああ、あのできません」

「……なぜじゃ」

「すいません、証明カードを失くしてしまいまして、でも、僕のせいじゃないんですよ、昨日お使いから帰ってきたらフーリの奴がいきなりザーポリをぶっかけてきてですね、ポケットに入れてたんですが、気づいたらなかったんです」


 証明カードの帯同を大体の国で、奴隷以外の国民は義務付けられていた。スベガミ教会のメモリーポリ

ヒードロンといわれる魔力記録媒体によって、人の管理するためである。その記録量は、個人の能力、五等身までの親戚、学歴、経歴、その人の情報で記録されていないものはその人の記憶だけであるほどであった。スベガミ教会の圧力で罰則も厳しく、帯同していないものには、禁固一年、罰金二千ランイを問答無用で言い渡される。


「宗一郎、人のせいにするんじゃないよ」

「……人のせいじゃないですよ」

「証明カードのスペアならある。明日わしが魔力を込めて使えるようにしてやるから行ってきてくれ」

「はい、わかりました」

「フーリも一緒に向かわせよう」

「ええぇ……、一人で行けますよ」

「いや、シンシアもフーリが来ないとなったら不機嫌になるだろうしな」

「どうしてですか?」

「シンシアはフーリの祖母なんじゃ。さあ、起こしてすまなかったな、寝ていいぞい、わしも寝る」


 葛城は、義椀を手慣れた手つきでつけると、そのカードを茶色いケースにしまい、


「ここに置いておく」


 と、机の上に丁寧に置いた。


「……はい、あっあの……」

「うん?」

「……おやすみなさい、お父さん」

「ああ、おやすみ」


 宗一郎は、こんな時間にどこへ行っていたんですか、と尋ねたかったが、できずに終わってしまった。


 尋ねてはいけない気がしたのだ。この事は、踏み込んではいけない事なんだと察して、忘れようとおもった。


 しかし、忘れられるわけがなかった。


   ◇


「おはようございます、八百屋のおばさん」

「ああ、おはよう、宗一郎君。今度お使いに来た時、おいしいぺナナいっぱい取れたから上げるからね」

「いつもありがとうございます、おばさん」


 朝食を食べると、早朝からセミナの治療を受ける葛城を尻目に、フーリを連れられるかたちになって早速自由広場へ向かった宗一郎は、会う人会う人にしっかり挨拶をしていく。


「おはようございます、おじいさん」

「おはよう」

「おはようございます、洗濯屋のおばさん」

「はい、おはよう宗一郎君」

「……ねぇ宗一郎……」

「何?フーリ」

「あんた顔広いねぇ……ちゃんと挨拶もするなんて……偉いねぇ……むにゃむにゃ」

「いつもの元気ないね」

「眠いんだにゃー」

「もう、寄りかからないでくださいよ。

 ――あっ」


 宗一郎はその時、横断歩道を渡ろうとする、重い荷物を背負った老人を見つけた。


 ダッと駆け寄っていく。


「おじいさん、手伝いますよ」

「ああ、ありがとうね、僕」

「いえいえ…………こちらこそ……」


 こういった理由に加えて、今日は第四の満月の日で祭日だったので、道が混雑していたのもあり、二人は自由広場へ行くのに時間がかかってしまった。


 人ごみの中を二人は進み、たどり着いた自由広場は、周辺を含め、今までの道とは比べ物にならないほど大変に混雑していた。屋台がたくさん出て、至る所が飾り付けられ、ミラ国の国旗が至る所で掲げられている。


「朝から賑やかだね」

「祭りの日じゃないか!」

「それにしても朝から?」

「建国記念日じゃないか!」

「……ああ、なるほど、だから朝から盛り上がっているのか」


 今日の祭日は、祭日の中でも特別になる。そしてこの祭りは朝の時間が一番重要な時になる。英雄バナサ・ガネリサは日の出と共に建国を宣言したためだ。


 宗一郎がその事を歴史の授業で習ったなとおもいだしていると、


「さあ!

おばあちゃん!

今!今行くよー!」


 (元気になったらなったで……まあいいや)


「カルカットまで案内頼むよ」

「任しとく任しとく!」


 東の歓楽通りも賑やかで、混雑していた。至る所で大道芸や踊りが披露されている。


「宗一郎あれ見ろ、すげぇ!」

「何よ?」


 宗一郎が振り向くと、フーリは建物の二階部分に設置されているカラクリ時計を指さしていた。

 色取り取りの小鳥と子ども達が、大きい時計の回りで笑いながらくるくる回ったり、飛び跳ねたり、時刻を告げる鐘を撞いたりして楽しく踊っているという歯車機構。


 朝の第三分節に入ったことを知らせる鐘の音が辺りに鳴り響く。


「ゲッもうこんな時間じゃないか」

「……」

「何見とれてるんです」

「昔ね、あの時計ぶっ壊してすごく怒られたの……」

「あのカラクリ時計を?」

「ていうか、あそこには前に五階建ての建物が建ってたんだけど、壊して平地にしちゃった、テヘペロッ」

「ええぇ!何やって!ホントなの!――てかどうやって!?」

「あっ!

宗一郎あれ見ろすげぇ!」

「いや話を逸らさないでよ」


 しかし、そう叫んで指さす方を見ると、裸で大事なところだけをポーションの瓶だけで隠しながら激しく踊る一人の男が居たため、


「えっ?ああ!なんてことだ!すごい!すごいよフーリ!」

「ああ!やばい宗一郎!ああ!」

「ああ!ああ!ああ!」

「ああ!ああ!ああ!」

「ああ!ああ!ああ!」


 ラストに見事に隠しながら宙返りをし、拍手喝采を受けながら退場する芸人に二人も惜しみなき称賛を送る。


「あっ!今度はあっちだ宗一郎!」

「えっ何!」


 二人はそうやって楽しみながら進んだため、カルカット・バーへへたどり着くのに、かなりの時間が費やされてしまった。

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