第6話「記憶の中の新たな事実」
(――せめて、この試みを実のあるものにしなければ)
「――セミア」
葛城の呼び声に、セミアは重そうに体をそちらに向けた。
「何でしょうか?」
「もう少し手伝ってくれ」
「……はい。しかし何をなさいますのでしょうか」
「……宗一郎が奴隷になるきっかけを知りたいんじゃ」
「……、……はい」
なぜきっかけなどを知りたいのかを聞いてはいけない雰囲気を出しながら、葛城はそう嘘を言って勢い良く立ち上がった。
何も言わず、続けてセミアも立ち上がる。
――再び、悲鳴の記憶の数々を通り過ぎていく。
残り魔力も少ない。目的の記憶を探すのにも、焦りが葛城にはあった。
人の記憶というのは消える事がない。覚えていないのは記憶を引っ張り出せていないだけで、その記憶自体はある、というのが研究でわかっている。実は、生きる上で見たもの聞いたもの、それら全ての光景が脳の中には眠っているのだ。だからこそ、二人にはどれがトラウマの記憶かわからなかったのだが、今回はそれが拠りどころであった。
葛城は、宗一郎がこの世界に来た時の事を突き止めようとしていた。
必ずあるはずの、その時の光景の記憶。
それは、どうやって自分がこの世界に来たのかを知ることにもなると、考えていた。葛城にはその記憶を引っ張り出す事ができない。なぜなら、気付いた時には奴隷として牢屋に入れられていたからだ。
他の奴隷達と脱走計画を立て、共に逃げる仲間達が殺されていく中、逃げ延び、反スベガミ教会のレジスタンスに助けられた記憶が、焦って探す葛城の脳裏に蘇る。
自分をこんな目に合わしたものが何なのか、原因は何なのか、どんな現象なのか、それを突き止めるのが復讐であるかのように、葛城は感じていた。
その時が来たのは、ポファルをかけて早や十分、汗の滲む中の事。二人は、ついに宗一郎がこの世界に来た時の記憶まで辿り着いた。
◇
「お母さーん!」
宗一郎の声が山中に木霊する。
とその刹那、人の頭ほどの火の玉が宗一郎の頭をかすめ、闇に消えていく。
「静かにしろ小僧」
そうエリクサン語をしゃべる、小汚い、煮しめたような粗い繊維でできた服を着たその男は、宗一郎へ向けて<炎魔法>ホラノーを唱え放って、宗一郎の口を閉じさせたのち、
「たくっ、どいつもこいつも――」
と愚痴を言いながら、月明りもない中峩々と聳える富士山を展望した。
辺りでは、同じように小汚い格好をした何人もの男が、宗一郎の他、家族であろう大人の女性一人と男の子と女の子に猿轡をして連れ去っていく。向かう先には茶色い飛空挺があった。
「小僧、次にデカイ声を出してみろ。こうしてやる」
と男は、宗一郎の隣に座らされていた、腸が少し飛び出て瀕死の状態の男を、崖下へ突き落とした。
「お父さん!」
宗一郎はまた叫んだ。
「……この野郎、死にたいらしいな!」
男は、腹が立ったとばかり、宗一郎を蹴り上げる。
「このッ、このッ」
何度となく蹴り上げる。
夢中になって蹴り上げていたので、背後に迫る人の存在に気づけなかった。
「おい、何してるんだ」
威圧的な声。その静かな声が背後からしたのに男は驚き、蹴るのをやめ、声を漏らして打ち振り向いた。
「ああッ、いえッ、ハッ、このガキが五月蝿かったものでッ」
「ふん」
「やっと魔石は見つかったみたいですね」
「余計な口をきくな」
と、打って変わって清潔な格好をした大男が暗闇から宗一郎の前に現前した。真ん丸の巨大な眼をぐるりとして様子を見た後、
「ここに居た俺の奴隷はどうした」
「えッ?ああ、あいつはもう長くないんで、殺しました」
「……俺の奴隷をなぜお前が勝手に捨てれるんだ」
「えっ……それはもう死んだも当然でしたので」
「俺にはわからないな。なぜおまえに判断できる。お前は隊長か?」
「……」
「……なんだ。早く答えろ」
男は答えることはせずに、大男を睨みつけた。
「……何だその目は?」
「……」
「文句があるのか?」
「……」
「いいぜ。俺を倒せば、お前が隊長だ。……こいよ、さあ、やってみろよ!」
その挑発に男は、じっと大男を見つめながら、息を吸った。
「……」
「……」
しかし、すぐに冷静になり、
「……いえ、そんな事……」
と、男は見つめていた目をそらした。
「……。勝手な事はするな、ただでさえこいつらは予定にないんだ。とっととその小僧を中に入れろ。出発するぞ」
「了解いたしました」
吐き捨てるようにそれだけいうと大男は去っていく。
宗一郎は、憂さ晴らしによりさらに荒々しく扱われ、船の中の牢屋に入れられた。真っ暗で真にも見えない。他には誰もいない。宗一郎はうずくまってただ泣いた。
しばらくして、がたんと揺れたかとおもうと、暗い牢屋の中で泣きじゃくる宗一郎を押さえつけるような重力がかかった。飛空艇が離陸したのだ。
暗い牢屋の中が明るくなったのは、それからすぐの事である。たった一つだけあるはがき大の窓から明かりが鋭く宗一郎を刺した。
恐々として覗き込む宗一郎。
そこから少年が見たものは、銀色に輝くキスレブ領域最高峰、ゴリアテ山の全貌であった。
◇
それは、葛城には信じられない光景であった。
「あそこは一体どこの領域でしょうか?宗一郎様が聞きなれない言語を喋っていましたけれど?」
「……」
「……カツラギ様?」
「……」
(……あれは、……この世界へ連れて来られたという事じゃないのか?……宗一郎は、連れて来られたのか!?)
「……カツラギ様?」
「えっ?いや、少し疲れてな。よし、もう良い、目的は達した。セミア、ご苦労であった。ポファルを解くぞ」
二人が呼吸を合わせ手を離すと、葛城はどさりと椅子に座り込んだ。
「……」
「……カツラギ様、あの部分を……」
「……」
「……カツラギ様、どうかなさったんですか?お体の具合がお悪く――」
「ああ!……ああ、なんでもないぞい」
そう言って息を吐き出しながら、俯く葛城に、
「あの部分を消すおつもりなのですか?」
「……ああ、いや、やめておくよ、……ご苦労だったな、今日はもう休んで良いぞ。あと、明日、疲れているかもしれんが、……わしの治療をしてくれるか……、さすがに、久々に、魔力を使うと……、気分が、麗しくない……」
「はい。畏まりました。今日は、薬だけは、きちんと飲んでください」
「わかっとるよ」
セミアは、こちらも見ないで早口で応対する葛城に、自分に居なくなってほしい旨を感じ取った。
「……、……はい……では、畏まりました。失礼致します」
「ああご苦労だった」
そう適当に返事をする葛城を尻目に、少し覚束ない足取りで、退室していく。
葛城は部屋で一人、心臓を高鳴る中、頭を抱えた。
(この世界へ連れて来られたなんて、……馬鹿な……。
……これはつまり、……日本のある元の世界と、この世界は、行き来できているという事じゃないか!)
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