第4話「新たな家族」
「連れてぇ!
きました!」
「ぎゃあああ!」
と、床へ再び頭から叩きつけられる宗一郎。そこへ丁度食事が運ばれてきた。セミナは、うずくまる宗一郎に見向きもせず、食事の準備を始める。
座卓に、赤色が目立つサラダと、白色ばかりの刺身が皿に盛られて並べられていく。
少年はよたよたと起き上がってあたりを見渡した。
右側の壁全体が本棚になって、左側の壁には机と葛城老人の肖像画が掛けられていた。奥の窓の傍にベ
ッドが二つある。ここは葛城老人の私室であった。それを少年は部屋の雑多な生活感から感じ取れていた。そしてただ戸惑っているばかりであった。
「フーリご苦労だった。使役に戻りなさい」
「はい!
了解です!」
「さあ用意できたから。ここ来る食べる」
と、少年の着席を促す葛城老人は、日本語で少年に言う。
「どうしたんじゃ?」
葛城老人はほほ笑みながら食べるジェスチャーをした。
「君の用意したぞい。席に座る良いぞ」
部屋の隅に居て畏まっていた、黒い服に着替えずみの少年は、色々な感情が渦巻く中、チラチラと使用人の女性と葛城を窺いながら、佇んで動かない。
「……、うん……、では命令だ。ここ来る食べる」
そう言われて、少年は遅い足取りで歩いて来ては、ちょこんっと背を正して座った。少年が座ると葛城老人は黙って食べ始めた。
暫くして、ゆっくりと食事を終えた時、
「食べるないなら、もうしまうことするよ。良いのかね?お腹減ったないのかね?」
少年は俯いたまま答えない。
「……そうかい。
――おい、下げてくれ」
と、隅に控えている、セミナにミラ語で命令した。
「畏まりました」
命令を受けて、少年の何も手を付けていない料理を片付けようと、セミナが皿を持った瞬間、
「待ってください!」
キスレブ語だった。
少年は叫んだ。さっと手を伸ばしてセミナを制止させ、そして、そのまま何も言わなくなった。
「……片付けないでくれ、食べるらしい。」
と、打ち微笑んだ葛城老人は、セミナを隅に退かせる。
「食べな、さあ」
と、打ち微笑んだまま葛城が言うと、近くに誰も居ない事を確認したような素振りをした後少年は、ちらと向かいの老人を見てから、食べ物を抱え込むようにして、がつがつ、もりもり、貪り食い始めた。
持ち去られるのではないかと焦る様に、キョロキョロしながら、酷く落ち着かない。ペロリと平らげるまで、葛城老人とセミナはじっと、笑みを浮かべながら、見つめていた。
瞬く間に皿を空にし、葛城に向けて、ちょっと照れ臭そうに微笑するのを、葛城老人も微笑を返しながら、
「あんまり食べるは止める事したが良い、今回これで我慢だ」
日本語でそう言うと、
「……何で食べたらいけないですか?」
と日本語で尋ね返す少年。
「吐いちゃう。胃が、急に食べ物を入って。」
「……」
もっと食べたそうに空皿を見つめる少年に、
「僕、名前が何て言う名前だ」
葛城老人の方を見て、ちょっと口ごもった少年は、
「……讃岐、宗一郎」
「讃岐、讃岐宗一郎か……。どこの、生まれたのかね」
「……山梨県」
「山梨県……。懐かしいのぉ……」
葛城老人は、四十年ほど前に別れを告げる事となった故郷の名称に、ただただ感慨深くなってしまった。
ここ何十年かはおもうことはなかった、帰りたい気持ちが、異様に沸いてきて、ぎゅっと心を締め付け、小刻みに体を震わせ、鼻息を荒くさせ……。
「……」
「……」
「……」
長い間、沈黙が部屋を包んだ。三人はそれぞれ俯いたままであったが、
「……カツラギ様」
見かねたセミアが心配そうに、震える葛城老人に声をかけた。
「いや、大丈夫じゃ、食器を片付けておいてくれ、お前ももう休んでくれ」
「……はい、カツラギ様」
「……」
「……」
セミアが食器を全て片付けて出て行くと、葛城は、改まって、話を始めた。目が赤くなっていたのを少年は見ないようにして、耳を傾ける。
「私は、葛城正。私の事をこれから、お父さん、と言う」
「お父さん?」
「そうだねわかったか?」
「……」
目を伏せる少年。
「良い?ここはミラ。君はここで暮らす。この家で、私の子供で。わかったか?」
「……はい」
「よし。ここに、この世界に来たは、いつ?」
「……わかりません」
と少年は、首を申し訳なさそうに振る。
「すごい前なのか?その時何歳だた?」
「……六歳」
「ああ、六歳……。なんて残酷な……」
暫く顔を伏せると、
「――まあ、見た感じ、八くらい、……よし八歳する」
「……はい」
「さて、早いがわしはもう寝る。宗一郎はどうする」
「……」
「敷地内から出るないなら好きにしていい」
葛城は杖を突きながら歩いていき、窓の戸を閉めた。部屋の中が急に暗くなった。とそのまま窓際にある二つあるベッドの内、右の方へ座る。
「君の左だ」
「……」
「寝たくなったらそこで寝る」
「……はい」
葛城老人は返事を聞くと、ベッドに寝転がり、
「テーブルの燭台と壁の燭台の灯を消しといてくれ、おやすみ」
彼が目を閉じて、どれぐらい経ったろう、ずっと目だけを瞑って葛城老人は宗一郎の行動を耳で感じ取っていた。
しばらくして、明かりがすべて消える。
それからしばらくして宗一郎がベッドに入り込む音がした。葛城老人は目を瞑りながらベッドの中でほっと胸を撫で下ろしながら、
「おやすみ」
ともう一度言った。
ベッドに入った宗一郎は、寝付けずにいた。柔らかい所で寝るのを懐かしく感じて、そのベットの温かさの、その居心地の気持ちよさの違和感から、それと、ずっと浸っていたいという欲望から。
同じく寝付けない葛城老人が、宗一郎の異常に気づいたのは、彼がまどろみ始めた頃であった。
見ると、宗一郎が激しい身震いをしている。
「……宗一郎?」
耳を澄ますと、声を押し殺して泣いているのがわかった。
葛城はそっと、少年のベットの端に座って、優しく叩いてやった。
「心配しなくて良いんだよ」
皺手で掛け布団越しに撫でる。
「もう大丈夫なんだよ」
優しく、そして強く、何度でも。
「もう大丈夫だ。もう終わったんだ。大丈夫なんだ」
とそう言ってあげていると、わっと、宗一郎は、幼子のように大声で泣き出し、葛城に、ひしとしがみついた。
「もう大丈夫、心配しなくて良い」
泣き止むまで繰り返し、そう、大丈夫と言い続けた。宗一郎が寝入っても、傍から離れなかった。寝入った宗一郎も、そのしがみついたその腕を離す事は無かった。
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