第3話「葛城邸 風呂場」
「こっち!」
キスレブ人特有の、橙色の髪に、長い耳、白すぎる肌を持つ、金のリングを両手首にかけた、少年と同い年ぐらいの年齢の少女、フーリは、
「良い!
今からセミア先生が!
来て治療してくれるから!
その前に!
綺麗にするの!」
キスレブ語でそう叫ぶように言いながら、木製の車椅子を押して少年の前に現れ、両肩をぐいっと掴んでは無理やり乗らせると、
「えっさ!ほいさ!」
ツインテールの髪を振り乱し、短いスカートなのも気にせず、急旋回、ダッシュ、ドリフト、片輪走行を繰り返し、曲がり角では必ず曲がり切れず、壁にズドンズドン衝突しながら風呂場に向かう。
必死に頭を守りながら、振り落とされないように車椅子も必死に掴み、出せない力を何とか出して踏ん張る少年は、
「着いたよ!」
との声と同時に急停車で、ぐしゃりと石畳の床に頭から叩きつけられた。
「ぎゃあああ!」
「ええっとぉ……たしかこうだったよね!」
体の捻れたまま頭を抑えた少年が唸っているのを気にせず、右腕をピンッと上に伸ばすと、人差し指伸ばして<出水魔法>ザーポリの呪文を唱え始めた。
「ええい!ザーポリ!」
気合を入れて伸ばした指先から、透明な水が放水した。
「きゃああ成功したぁ!
じゃあいくよぉ!」
と、少年が何とか体を起こすところを、気合を込めて、
「はぁあああ!……くらいやがれえぇ!!」
ホースから出る水の二十倍はある放水量、ザーポリの生ぬるい水が少年を襲う。
数秒後、覚えたての魔法を使えた喜びに我を忘れ楽しんだ後、傍にあった盥に、蛇口から水道の水を入れて少年に差し出した。
「さっ!体を洗いなさい!
そうだ!夏だから冷やしといてあげるから!」
とフーリは<氷結魔法>シバブフを唱えていく。掌の先から小指大の氷がダラララと大量に零れ落ちては盥の水を氷水にしていく。
そして石鹸を少年に無理やり握らせると、少年のぼろぼろの腰布を剥ぎ取って、少年を素っ裸にしてしまうと、
「これで!体を!洗えるね!
じゃね!」
と、走り去っていく。
「……」
嵐のような慌ただしさから一転、広い風呂場に一人。ポツンと置いてきぼりにされ、しんとして、ほんの暫く佇んだ後、
(体洗お)
と、躊躇いがちに石鹸を水に浸すと、体を洗い始める。
(痛てて、冷たいし……)
体に擦りつける石鹸が傷に染みながら、ゆっくり優しく擦りつけていく。
少年は、期待するという事をやめていた。葛城の様に無邪気には喜べなかった。本当に目の前の人が、同じ日本人、同じくこの世界に来てしまった人間だからといって、危害を加えない保障などどこにもないのだ。
(僕はこれからどうなるんだろう?)
「洗い終わった!?」
さっき飛び出していったフーリが、もう終わるころだろうと戻ってきた。しかし、まだ洗い終えていない少年を見て、
「……、
背中流してあげる!」
「ぎゃあああ!」
「ごめん!
傷の所は!優しくだね!」
と心なしか優しくなった乱暴を働きながら、あっという間に、全身隈なく羽交い絞めにして綺麗にすると、
「さあ!
拭く拭く拭く拭く拭く拭く!」
と、タオルを投げつけるがごとく渡した。
「そしてぇ!
はいぃ!
これがぁ!
着替えぇ!
だよぉ!」
フーリは、見得を切りながら着替えを運んできた。その左肩には黒い柔らかな素材の、少年に用意された服が掛かっている。
「……、……あぁ、……はい」
涙目になっている少年が、恐る恐る痛んだ体をタオルでポンポン当てているのを、パンツを広げて待つフーリ。
そこへ、
「フーリ、居ますか?」
と、二人の居る脱衣所に入ってきたのは、たわわなおっぱいが緩い胸元から零れ落ちそうになっているのに、下半身の裾が床に触れるほどの長スカートは、へそ辺りから膨らんで鳥かごのような形をして、足の形を隠す、ミラ国定番のメイド服を着た、住み込みのメイド、セミナであった。
無造作にウェーブがかかった長い髪を、七三に分けて、大きな白い左耳に髪をかけ、感じさせる艶やかさと、育ちの良さ。
セミナはびしょ濡れの少年を見ると、
「ん?何、もう洗い終わったんですか?」
「今!
終わった所よ!」
「あら、こんなに傷だらけで、染みたんじゃない?」
「はい、染みました!」
と、なぜかフーリが元気良く返事をする。
「涙目じゃない、ふふっ」
クスクスと手を当てて笑うと、
「もうポーションは飲んだのよね」
「……」
「……フーリ?」
「咽喉が乾いたので!」
「うん、なるほど。じゃあ取って来てもらえる?」
「任されました!」
セミナは、ダッシュで飛び出していくフーリを見送ると、
「こっちに来てくれますか?」
と、少年に小声で言った。
怯えて、少し後ずさりする少年。
「ねぇ、怖がらないで、こっちへ来てもらえる?」
「さあこっちに来い!」
「きゃー!」
背後からの急な声に驚き打ち振り向くと、フーリが、右手にぎゅっとポーションの瓶を握って立っている。
「えっもう帰ってきたの!?」
「たった今帰ってきました!」
「……、そう……吃驚させないでよ。まあ、それは後で良いわ」
と、少年の方に向き直り、気を取り直して、
「さあ、こっちへ来てもらえる?」
「さあこっちに来い!」
「……、……はい」
こちらにふらふら歩いてくる少年を見て、下肢の異常や下肢を支配する神経の状態には何の以上もないのをセミナは見て取った。
「ごめんね、ちょっとだけ、じっとしててね」
「……はい」
まず、顔の色艶や皮膚の発疹の有無を見ると、口を開けてもらい、扁桃腺の肥大を調べ、舌苔のつき具合、そして見える範囲でもムシ歯を六本見つけた。続いて、後頚部、腹部の触診をして何の異常もない事に安心すると、セミナは胸の前で両手を組んで、<生体分析魔法>マーキョウの呪文を唱えた。組んだ両手の平部分がじんわり白く光っていく。
眼を瞑り、ゆっくりと光に包まれたその両手を少年の胸部に当てていった。気管支や肺への空気の出入りの音、心臓内の血液の流れの音で弁膜の状態、血液の逆流、皮膚温、脈拍、血管壁の性状、丁寧に異常がないかを診ていく。
時間がかかったが、少年は、奇妙な安心感に包まれていたため、あっという間に終わったように感じた。
「うん、栄養失調と体中の傷と貧血と気管支の傷ね。良かったね、これなら命に別状はないわ」
と右腕を上げ、<回復魔法>チュナの呪文を唱える。その指先から、白く淡く光る、布のようなものが現れた。ひらひらとして空中に舞うように浮いている。
三人の頭上いっぱいのそれを、両手で摘むと、手頃な大きさに裂いて、しゃがんで少年の胸部に当てていく。肌と接したそれは、眩い光を放ったとおもうと消えて、あっという間に、あれだけあった生傷を無くし、痕が所々残っているものの綺麗な健康な状態に変えていった。
「背中も酷いわ」
と後ろに回り込み、少年の背中にも先程同様治していって、後は所々ある傷にピタピタと小さく千切っては当てていく。最後に胸部、腹部にその布を何重にも重ね合わしたのを、ぎゅっと力強く押し当てると、
「これで終わり」
と少年に向かって打ち微笑んで、
「早く拭いて着替えましょうね」
「はい!
用意してますよ!」
パンツを広げたま脇に控えて暇していたフーリは、やっと出番かとばかり打ち出でた。
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