知らぬが人間

春久が放課後に意外と和気藹々わきあいあいと楽しくテスト勉強をしている頃。そして、彼が普段授業を受けている頃(楠木先生は例外)、死神は自分が落としてしまった資料を元にひと探しを行なっていました。しかし、よく考えてみてください。


世の中、春久が出会った人たちみたいに“良い人間”ばかりではありませんよね。


死神が春久と共に探させた人たちは善良な人ばかり。では、他の善良とは言い難い人たちはどうしているのでしょうか。今回はその様子をお伝えします。

そもそも死神とは、人の魂をあの世へ送り届けるのを仕事としています。日本全国を一人の死神だけでは周り切る事は出来ません。何せ昔日本の父と母と呼ばれる伊邪那岐命いざなぎのみこと伊邪那美命いざなみのみことという二人の神様。何かといざこざがありまして、後に伊邪那美命は「一日に1000人の人間を殺す」と宣言。それに対し伊邪那岐命は「ならば私は人が滅びぬよう一日に1500人の人間を生ませよう」と宣言したそうです。一日に1000人を送り届けるのは死神一人では出来ず、全国各地に配属されているそうです。そして春久の地域に配属されたのが、あの死神でした。


さて、本題に戻りましょう。

先程“善良な人ばかりではない”と申しましたが、ではそれ以外の方達はどうしているのか。簡潔に言ってしまえば、“強制送還”です。人によっては転生が遅くなります。それで済めばまだ良い方ですが、中には二度とこの世に生を受けられない魂もあるでしょう。



『次のニュースです。本日未明、男性宅から遺体が発見されました。警察によりますと遺体は無惨な姿になっており、男女複数名かと思われるとの事です』


具体的な例を挙げてみましょう。


『隣人から管理人へ“隣の部屋から異臭がする”と苦情が入り確認したところ、部屋からはいくつかのゴミ袋が見つかりました。警察はこの部屋に住む男を捜索していますが、男は昨日より帰宅していないとの事です』


殺人・窃盗など、世の中には様々な犯罪が残念ながら何処かで起こってしまう。日本は治安が良い方だとは言え、全く犯罪のない国ではないのです。それを取り締まるのが一般的には警察の役目です。


『…ただ今新たな情報が入りました。事件の容疑者と思われる男ですが、自宅より1キロメートル離れた路地裏でこの男性かと思われる遺体が見つかりました。警察は部屋の遺体と合わせ、身元を確認中です』


では、殺人事件の容疑者が何らかの形で亡くなってしまった場合はどうでしょう。“死人に口なし”、法で犯人を裁く事が出来なくなってしまいます。真実を語る者がいなくなり、事件は完全な解決には至りません。


「…あーやっぱりすぐばれたか。でも逃げるのも面倒だったしなあ」

「おい」

「えっ、何あんた。てかその恰好コスプレ? 死神コスかよ」


しかし体は動かなくとも魂は一人一つ、誰にでも存在するのです。


「一応聞いといたる。何でこんな事したん」

「あれ、俺死んだよね? じゃああんた何で俺見えんの? 霊能力者的な?」

「……」

「まああんたがテレビで何言おうが事件は完全な解決にはならないけど。何であいつら殺したかだっけ? 別に理由なんてないけど」


理不尽な事があれば意味不明も存在する世の中、何が起こるか分かりません。


「殺したはいいけど捨てるのに困ってさー。それ考えたら何かもう全部めんどくなって」


体が動かなくなってしまえば魂は転生しても、“その人”としての人生は終わってしまうのです。


「生きてても別に何もないし、もういいや、死のうって思ってさ」

「そうか」


もっと、大切に生きるべきだと思うのです。


「ほな、さいなら」



二度と生まれ変わってこられないのだから。





『亡くなった男性は男性宅の住人である事が判明しました。遺体の身元も判明し、亡くなられたのは……』


人が生まれ変わるのには、ルーティンみたいなものがあります。

まず亡くなったすぐだと、魂はまだ体と繋がりがあります。死神はその繋がりを断ち、あの世へと送り届けるというのが一連の流れです。しかし稀にその繋がりが自分で切れてしまったりした場合、大抵はその場に留まらず思い出の地に出向いてしまい、お迎えに時間が掛かってしまう場合があります。それが積み重なり、結果春久が死神に付き合わされたような事態になります(但しこの場合は主に死神が資料を落としたのが悪い)。

人が生まれ変わる際、まず洗濯機を想像してみてください。魂はその洗濯機に入れられて、綺麗さっぱり、真っさらな魂になります。その時前世の記憶は消さずに残しますが、次の生を“その人”として生き抜くよう、転生した際には記憶が残らないようにされます。けれど記憶を消すのだって簡単じゃありません。稀に前世の記憶を断片的に思い出してしまう人もちらほらいるとかいないとか。

そして魂は“生”となり、次の生を生きます。この世に存在した瞬間は真っさらなキャンパスのような状態。周りの環境、人間関係によりその人、人それぞれに魂は色がついていくのです。


「あの犯人亡くなったのねえ」

「罪を犯して償わないなんて、最低な人間だな」


では、“二度と転生出来ない魂”とは。

厳密な決まりはありませんが、先程述べた洗濯機で例えれば、頑固な汚れはどんなに洗っても綺麗に落ちませんよね。クリーニング屋さん程ではないですが、多少などの対処はします。それでも汚れの残った魂を、新たな生としてこの世に存在させる訳にはいきません。洗濯機に入れる前に、魂を斬って消滅させてしまうしか方法はないのです。死神の持つ鎌は生者を斬る事は出来ません。あくまで魂のみを斬り裂きます。繋がりを断ちあの世へ送り届ける場合は繋がりのみを、汚れが落ちないと判断すれば魂そのものを斬ります。その判断は大抵死神に委ねられますが、彼らが間違える事はありません。魂を転生させるか否かの選抜は彼らの判断次第です。


「…あ、あかん。もうこんな時間や、早よ学校戻らな」


“死神”という名を聞くとおぞましいイメージを持つかもしれません。しかし彼らは無闇矢鱈むやみやたらに人の命を奪う事はしません。死が待っているとしても、生者に干渉する事はタブーとなっているのです。彼らがいなければ、もし魂だけになってしまった我が身、人は道を歩く時人に教えてもらったり地図を頼りにしますが、死後の世界の事は分かりません。何せ語れる者がいないからです。魂を迷う事なく送り届ける、一見簡単そうに見えますが実はそんな事はなく、そして私たちには必要不可欠な存在です。


「不二子先生の授業が始まってまう…!」


死神といえど十人十色です。しかし誰一人として仕事をサボる事はしません。きちんとお迎えに行きます。その事に対しての責任感は持ち合わせています。


死神が春久に強制送還の事を何故知らせないのかは知りません。そして死神は、彼にこの事について教えるつもりもなさそうです。何か考えや思いがあるのでしょうけど、まさしく“神のみぞ知る”というやつです。


今回は死神の強制送還させる件について必要事項を混じえて様子をお伝えしましたが、これらはほんの一部にしか過ぎません。全ての事柄を把握している者など、きっとこの世にもあの世にも、何処にも存在し得ない。だから自分の知らないものに出会えた瞬間、未知との遭遇というのは恐怖心と共に好奇心を与えてくれるのかもしれません。知っておいた方が良いこと、知らなくても良いこと、知りたいこと、知りたくないこと、千差万別人それぞれです。


「不二子先生、相変わらず別嬪さんやな」

“昨日も数学ありました”

「先生は時間が経つ毎に美しさに磨きがかかってってんねん。そんなんも分からんのか、健全な男子高生やのに」


彼らにとっては、今日も今日とて平和ということです。





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