優しい嘘は暖かい

放課後、図書室で彼女との待ち合わせ。そこから人がいなさそうな中庭へと移った。

まずは本誌発行分の4話を見せた。亡者はこの世の物には触れられない。俺は彼女のペースでページを捲る。彼女は1ページ1ページを真剣に読み込み、そして問題の最終話。俺は原稿31ページ分を見せた。


「どうしたの!? これ…」

「まあ、ちょっと…」

「生原稿だし、表紙もあるけど…何で下書きまでなの? ペン入れとかベタとか、トーンも貼ってないし」

「それは、その……」

「まあいいや。とりあえず読ませておくれ」


本誌と同様に彼女は1ページずつ真剣に読み込む。俺は自分たちで描いたものだとバレるのではとビクビクしていた。彼女の横顔を見て、その視線の先にある漫画を見て、果てしなく罪悪感が生まれる。

そして最後のページを読み終えた。


「ふーん、最後は主人公は国から追放。けれど共に旅をして来た仲間たちは主人公を見捨てず新たな地へと旅立って行った……ていう結末なのか」


彼女はあざとく顎に指を当てて唸りながらうようよと宙をぐるぐる回る。


「何や、どないしてん嬢ちゃん」

「いや〜ハッピーエンドともバッドエンドとも言い難い、最終話なのにこのしっくり来ない感じが何とも…」

「……」


やはり、隠していても仕方がない。彼女のグリウォーに対する気持ちで衝動的にこの一週間動いていたが、俺が起こした行動で彼女がこんな思いを抱えたままあの世へ逝くなんて嫌だ。俺のわがままだし、一緒に考えてくれたみんなには申し訳ないけれど、ここは謝ろう。


「あの…っ「待ってください!」


勢いよくこちらに走って来たのは杣谷くん。こちらまで駆け寄ると辺りを見回した。


「あれ、話し声がしたからあの原稿を友達に見せてるのかと思ってたんだけど…」


いや、その友達、がっつり杣谷くんの目の前にいるんだけどね。あとプラス死神も。とは言えず。


「えっと、むっ向こうのベンチに隠れちゃって! 彼女恥ずかしがり屋で!」

「ええっ、咄嗟に!?」


「何の話スかこれ」

「嬢ちゃんの話や」


俺は携帯を取り出し、普段の道行く時用スタイルで話を続ける。もちろん携帯から声は聞こえない、何故なら目の前に張本人がいるから(それ以前の問題もあるけれど)。なので杣谷くんには“イケメンと直接話すのは緊張して無理”とざっくばらんに伝えた。その上で、彼が何故こちらへ走って来たのか。


「中原くん、友達の感想は?」

「…ハッピーエンドともバッドエンドとも言えない、最終話なのにしっくり来ない感じがする、って」

「……ごめんね中原くん。君は友達のために頑張っていたのに、やっぱり僕、どうしても、その…」

「……」


「…騙すのは、良くないと思ってしまって」


「え、騙す…?」


杣谷くんは携帯に向かって、且つ彼女がちょうどいる方へ頭を下げた。


「すみません、その話、本当は僕が考えました」

「これはあの、全部俺がみんなに協力してもらって、だからみんなは悪くないんです! 俺が、頼んだからっ」

「待て待て少年たち、最初から順を追って話してくれ」


俺は先週提案した時からの経緯を説明した。自分で描こうとしたこと、彼らの協力により下書きまでの漫画を作り上げたこと、そしてそれを、“原作の最終話”として見せたこと。全て事細かに話し終えると、彼女は呆気にとられたように口を開けていた。そして、


「ぷっ」


吹き出して、大声で笑い始めた。彼女の声が一切聞こえない杣谷くんに伝えると彼もまた俺と同様に驚いていた。


「あっはっはっは! 何それ、自分で描こうとしたって! いや〜愉快愉快!」


彼女は腹を抱えて笑っている。何が面白いのか分からない。暫く笑うと、落ち着こうと深呼吸をした。


「君が、いや、君たちがあたしにした“嘘を吐く”って行為は良くないね」

「はい。本当にすみませんでした」


「けれど少年たちよ。君たちが作り上げた架空の最終話、実に面白かったよ」


俯いていた顔をはっとして上げた。彼女に具体的な感想を求める。


「まず作画。グリウォーを愛したあたしから見れば多少の違和感はあるものの、ここまで似せるのは大したものだ。彼女自身も描いていると言っていたが、なかなかクセが出ないものだね。きっと人物の描き分けも上手いんじゃないかな」


天野さんは今回作画だけを依頼したにも関わらず、結局最初から最後まで携わってくれた。自分で漫画誌の賞に応募する分があるにもかかわらず、漫画を描く技術を持ち合わせていない俺たちに代わり、ほぼ全てを一人でやってのけてしまった。かなりの負担だったはず。彼女の感想も踏まえて、また明日きちんとお礼を言わなければ。


「それから内容。所々の台詞の言い回しは何か含みのある言い方が本編そのままに出ている。似つかわしくない箇所もあるけれど、そこはセンスや独自の言葉選びが適しているのか違和感がない。そして、結末。先程も言おうとしたけれど、ハッピーエンドともバッドエンドとも言えない、このしっくり来ない感じ、


この感じが凄くいい。面白かったよ」


杣谷くんに伝えると、彼は何とも言えないような、微妙な顔をしていた。彼女に嘘を吐こうとしていたのに、本来なら怒ることだって考えられた。けれど彼女は怒るどころか、話作りに主軸となって携わった彼を褒めた。その言葉を彼女から直接聞いた俺でさえ、先程までの罪悪感が上書きされるかのように嬉しさが広がる。杣谷くんは再び頭を下げた。


「…騙すような真似をしてしまい、本当にすみませんでした。それから、ありがとうございます…!」


「はっはっは、まさか死んでからこんな良作に出会えるとは思わなかった。本編の最終話が気になっててい続けたけれど、彼らのおかげで良い心持ちだ。こちらこそありがとう、少年たちよ」


彼女は死神に向き直ると、優しく笑って見せた。


「駄々をこねてしまってすみませんでした。成仏する覚悟が出来ました」

「そうか」

「あっ! そうそう君!」


このままあの世へ逝くのかと思ったらぱっと顔を明るくしてこちらに振り向き直った。


「頼まれごとをして欲しい」

「俺に可能な事であれば」

「君たちが作り上げたその漫画、ぜひ完成させてくれないか。そしてそれと一緒にグリウォー30巻をあたしの墓前に供えてくれ。騙そうとした罰とでも思って頼まれてくれないか」

「分かりました」

「それともう一つ。君たちを先程咎めたが、あたしは何も嘘が必ずあくだとは思わない。君たちがあたしにしてくれたように、“誰かの為を思った”のなら嘘も悪くはないと思う。残念ながら、世の中正直に生きていくには辛い現実が多過ぎるからね。でも、君たちの思いの暖かさはあたしの身に沁みた。感謝しているよ」

「…はい」


「未来ある若者たちよ。死ぬその日までが人生だ」


そして彼女と死神は天高く昇って行った。俺は彼らの姿が雲に隠れて見えなくなるまで見送る。何だか、不思議な人だった。最初は変な人だなと思ったけれど、何故かあの人の言葉はすとんと腑に落ちる。そしてその言葉が頭の中を声とともに駆け巡っていく。死んでから出会ったのが何とも惜しい。もっと早く彼女に会い、そして色んな話をみんなと聞いたりしたかった。ちゃんと漫画を完成させて、そして新巻を持ってお墓参りに行こう。


翌日、天野さんの元へ行き、改めてお礼と彼女のために完成させて欲しい旨を伝えた。


「もちろんです。私も下書きまでで何だかもやもやしていたので。…ただ、私からも二つほどお願いがあります。一つは大至急です」

「おお! 協力してもらったし、俺らで出来る事なら何でも」

「来月末の中間試験に向けて、勉強を教えてください。主に杣谷くんにお願いしたいのですが!」


杣谷くんはこの3人の中では一番頭が良い。まあ彼に頼みたいのは妥当だろうな。


「うん、僕でよければ」

「ありがとうございます。それで、私とあともう一人友達と一緒なんですけどいいですか?」

「構わないよ」

「良かったー…それじゃあ明日の放課後とか空いてますか? 今の授業の範囲でちょっと苦手な所があって……」


俺と三村くんは若干蚊帳の外感がありつつも、俺たちも杣谷くんに教えを請うことにした。理由は言わずもがな。時折天野さんのクラスメイトや廊下を歩く生徒たちがこちらに目を配る。その視線の先には杣谷くん、または三村くん。こんな彼らでも不得意な事はある。杣谷くんは勉強は出来るけれどそれ以外は全く、三村くんは反対に勉強以外は万能だと。けれど欠点は補う事が出来る。それを二人は互いに補い合っている。即ち相性が良いとも言うのだろうか。相性というのは友人間にも恋人間にも適応される。その相手というのはなかなか見つからない。もしそう感じた相手が居たらば、ぜひ大切にして欲しい。


「勉強は苦手だけど太一いるからいっつも余裕で構えちゃうんだよなー」

「それ僕の負担考えてないでしょう? まあ董哉に教えると自分も勉強出来るから良いんだけどさ」

「一石二鳥だよなそれ!」

「お前が言うな」


二人の仲の良さが羨ましくなる。気の合う友達というのは良いなと純粋に思った。


今回、彼らの助けがなければ、俺は酷い結果を迎えていたかもしれない。同時に人は何もかもを器用にこなせる人はいない、完璧に見えて何かしら欠点が有るものなんだと分かった。俺に出来る事で、いつか二人にも恩返しがしたい。


“死ぬその日までが人生”


あの日死んでいたら、今俺は生きていなかった。

例え助かっても、死神に出会わなければこの現状はあり得なかった。


いつの間にか俺の周りは、恩人の方が多くなっていた。





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