人生、楽あれば良し
今日の授業中、死神は色んな事をした。
ある時は先生に話しかけ(聞こえていない)、また別の授業中には生徒に話しかけていた(多分聞こえていない)。そして終いには
「兄ちゃん!」
廊下側の座席の列へ行き、とある男子生徒の所に止まった。もしや彼がそうなのか、と思ったのも束の間。
「こいつ授業中やのに教科書読まんとエロ本読んどる!」
さっきからエロの話ばっか!
「この兄ちゃん巨乳の姉ちゃんのページばっか見とる。ええか、女は乳の大きさやないねん、心の広さと度量の大きさや! 乳なんか脂肪がぶら下がっとるだけやないか、大きくても小さくても愛したれ!」
聞こえない奴に何語ってんだよ。
「うわっ! …え、ちょ、ほんま? そんななってるトコロ見せてええの? あっ、あかんて、おーおーそない足広げて、この…ドスケベが!」
誰を罵ってんだよ、あと実況中継は頼むからやめてくれ。…いや、やめてください。授業中にエロ本読むそいつもどうかと思うが、この人はこの人で聞こえない事を良いことに言いたい放題だ。今までずっとこうして過ごして来たのか。究極に自由じゃねえか。
そして最終的に教壇に上がり鎌を振り回し、
「俺が視えてる奴正直に白状せえ! 今ならまだ、優しく
言葉と顔が合ってねえんだよ!
その姿はまさに世紀末の悪魔。神なんかじゃない、神の欠片も感じさせないおぞましさ。しかし俺が恐怖に震える一方で、他に妙な反応を見せている生徒は後ろからは見当たらなかった。当の本人も放課後、
「あかん。何しても兄ちゃん以外誰も顔色一つ変わらん」
「無表情を極めていたとかは」
「それはないやろ。自分の姿が人間にどれだけ恐れられるかは重々分かっとる。それでも誰も反応せんかったんは、あの教室の生徒は兄ちゃん以外誰も視えてへんねや」
死神が“影が薄い人が3人”と言っていた。授業中そのうちの二人はこのクラスの生徒で間違いなかった。俺には影の薄さは分からないし、何より他のクラスメイトと話しているのを目撃した。杣谷くんや三村くんとも話していたから違うのだろう。ということは、
「死神さんが視た3人目が、可能性が高そうですね。顔は覚えてないんですか?」
「写真見とったんやけど、いまいちピンと来る顔はあれへんかった。ちゅうことは書類の方か、もしくはまだ見つかってない資料か…」
「書類見せてもらってもいいですか?」
名前を見ても何も分からない。だから俺は、“死因”の欄に注目した。
「亡くなられた方の魂は人の形をしているって言ってましたけど、亡くなった時の服装や姿なんですか?」
「せやで」
ということは、今朝の人の中に紛れていたということは制服である可能性が高い。享年が15〜18歳までの人に絞り込み、
「性別は?」
「男や」
男性の資料だけを選別する。すると死神が持っていた資料の中にいた高校生の男性は一人だけだった。写真もないし、俺も覚えていないから確証はない。けれどこの方は日付を見るとすでに亡くなられている。死神の仕事が早く迎えにあがらなければならないのなら、一刻も早く探し出さなければならない。
けれど今朝姿を見せ、その後場所を変えてしまっているかもしれない。どう探せばいいんだ。
「その兄ちゃんはほんまに高校生か?」
「え…?」
「いや、学校ちゅうもんに未練があったんやと思うけど、中学生てことはないか?」
そう言われ、再度資料の振り分けを中学生の年齢の男子で探し出すと、もう一人見つかった。死因は“自殺”。考察欄に“同級生からのいじめに助けを求めるも対応なし。苦痛に耐えかね、死亡。”との記載。
彼は、クラスみんなと仲良くしたかったのだろうか。何故彼が、そこまでは書かれていない。いつからとかそんな事は分からないが、どれだけ毎日辛かったか。そこまで追い込んでいた事に誰も気付かずに過ごし、そして彼が亡くなった今、問題として取り上げているんだろう。
「もしこの中学生なら、まだこの校舎にいるかもしれない。放課後だったら、部活…?」
「ちょっとひとっ走りして見てくる!」
死神はあっという間にいなくなり、
「おった! 校庭の野球部んとこ!」
早いなとかそんなツッコミは後回しだ。俺は急いでグラウンドに向かい、ネット越しに死神の黒い影、そして側に男の子が立っていた。彼は俺同様、いきなり現れた死神に驚いていた。猛ダッシュで駆け寄り、死神の事や俺の事を説明する。
「えっ、てっきり僕が視えてるので、同じ死人かと…」
こんな地面を蹴って走って汗かく死人いるわけなかろうが。
「そうですか、迎えに来てくれたんですね」
「せや。悪かったな、遅なって」
「いえ、この学校を見て回れたので楽しかったです。授業中でも部活でも、楽しそうにしてるのは、やっぱり羨ましかったです」
彼は切なそうにグラウンドを見つめていた。
小学生までは大人しい子という認識をされていただけなのに、中学に入学してとあるグループに目を付けられてしまった。そいつらは中学生にしてはませたガキどもで、“イジリ”と称して彼にいじめをしていたらしい。その内容は次第にエスカレートしていき、同級生はおろか教師も見て見ぬ振り、親にも相談出来ずにいた。ずっと耐え続けていたが、ある時限界が来てしまった。
「この先の人生とか、何も考えられなくなりました」
周りにいた人間の中に彼を助けようとする奴はいなかったのか。
いじめなんて何が楽しい。何が“イジリ”だ。楽しいのは危害を加えてる奴らだけだろ。
会った事もない奴ら、彼とも今さっき知り合っただけだけれど、それでも許せなかった。
「なあ兄ちゃん」
死神は少年に問いかけた。
「今まで生きてきて楽しかった事はなんや」
「え…」
「何でもええ。あん時食ったメシが
「…はい、何個か思い当たります」
「母ちゃんが腹痛めて生んだんやから、命無駄にしたらあかんやろ! っちゅう気持ちもあるが、その瞬間の人生生きとるんは自分や。楽しい事も辛い事も自分にしか分からん」
死神は少年の頭にそっと手を置いた。
「よう頑張ったな。あの世連れてったる時は、後悔や悲しい事は置いてって、楽しい思い出だけ一緒に持って行き。兄ちゃんが必死に生きとったのは、ちゃあんとお
少年は目を涙ぐませる。
「…伝えたい事があるんです、色んな人に。伝言をお願いしてもいいですか?」
「ほんならこの兄ちゃんに頼み。生きとるから何でもしてくれるで」
「何でもは無理です! でも、伝えたい事なら手紙とかで書いて伝えようか」
「はい、お願いします…」
その後俺は無造作に切ったノートのページに彼の言葉を丁寧に綴っていった。死神に汚い字だと罵られる事に耐えながら、一人一人に丁寧に言葉を紡ぐ。それを一つの封筒に纏めて入れ、翌日彼の自宅のポストに投函した。急に手紙なんて入っていたらいたずらと疑いかねないので、彼からの言葉だと分かるよう言葉を選んだ。
彼の両親には感謝を伝え、お母さんには前に聞いたという自分の生まれた時刻やその日の天気、お腹の中にいた時に聞いていた歌などを。お父さんにはよく読んでいた本、好きな球団の話などを上手く入れてみた。素人のする事だからこれでも上手くいくか分からない。それでも最大限彼が考え、そして伝えたい思いたち。きっと届くはずだ。
ご両親が早朝ポストを開け、手紙に気付いた。すぐさま開封しその場で読むと、お母さんは泣き崩れた。ちゃんと彼からの言葉だと信じてくれたみたいだ。
彼が受けたいじめについても紙を分けて伝えた。両親や色んな人への感謝の手紙に汚い言葉を混ぜたくないという彼の意思だ。学校側でもすでに調査などをしているというがあてにならない。しかしこと細かに伝えたので、何かしら発展はあるはず。そう願っている。
「死神さん、中原さん、本当にありがとうございました」
「おう兄ちゃん、昨日よりも顔が晴れやかやな。死んどるけど!」
「あはは」
いや笑えねえよ。どんなブラックジョークだよ。
「最後にお二人と出会えて幸せです。勝手に学校に行ってすみませんでした」
「まあ兄ちゃんは善良な理由やから咎めんけどな」
「…そうだ、何故かこれだけ僕触れたんですけど、何ですかね?」
「「ああ!!」」
それは死神が持っている資料の一枚だった。
「おお〜兄ちゃんありがとうー!」
彼の背中をばしばし叩いてお礼を言い、そそくさと資料を仕舞い込んだ。何はともあれ手掛かりが増えて良かった。
「ほな、もうそろそろ逝こか」
「はい」
「春久は先に戻って学校行く支度せえ。この兄ちゃん送り届けたらすぐ行く」
「分かりました」
死神は俺が登校してから現れた。そして来るなり
「ちょっと疲れたから寝る。ちゃんと探しときや」
と言ってすぐ後ろのロッカーに横になり眠ってしまった。鎌を抱き枕代わりに抱えながら。その寝顔を見て、少し目の周りが赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。その真相はきっと教えてくれない。
こうして無事に彼を成仏させる事が出来た。
そして
彼が天国で笑って過ごせるようにお祈り申し上げます。
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