エロス漂う、我らが青春
4月中旬、晴れ
桜が満開を過ぎ、少しずつ散り始めた頃。
「やっぱ桜はええなあ、風物詩いうんか?」
昨日から死神に付きまとわれている。
てっきり学校は普通に行って、人探しは休日や放課後に行うものだと思っていた。けれど死神は学校へ向かう道すがら、まさに今後ろにふよふよ浮いてついて来ている。この状態であの朝の満員電車に乗りやがった。どうやら視えない人はいることにさえ気付かないらしく、この人を透過していた。天井付近は空いているからとすいすい動き回り、
「皆さん朝から御苦労さんです! 今日も張り切って生きましょう!」
とか何とか吹き回っていた。めちゃくちゃ腹が立った。学生の俺よりも毎日残業、上司からのプレッシャーも半端ないサラリーマンやOLが聞いたら間違いなく殺神案件だぞ、言葉には気を付けろ。
「てか、電車乗る必要ありましたか?」
「ない」
だろうな。
1日に何人もの魂を狩る死神。
元々現代社会には存在しないし、一応その名の通り“神”の類には含まれる。交通機関なんか使っていたら間に合わないし、どこからともなく俺の目の前に現れたように、自由自在に場所を移動できる。本来電車なんて乗る必要もない、何なら電車よりも圧倒的に早く学校にも来れるはずだ。
「しかし朝の満員電車は辛いなあ、痴漢されとった女性もおったわ」
「ええ! なっ何で言わないんですかっ」
「心配せんでも寿命縮めといたから安心せえ」
捕まるより大事だよそれ、命短くなってるじゃねえか。でも痴漢は立派な犯罪、
「そういうのは現世で警察とかが対処してくれますから。というか、そんな勝手なことしていいんですか?」
「何がや。有りに決まっとるやろ。寧ろ命持ってかれなかっただけ有難いと思ってほしいわ」
簡単に命を持って行こうとすな。
「大体今だって何で一緒に…ちゃんと授業終わったら探しますよ」
「アホ言いな! 俺は時間がないねん、お前の事なんか待ってられるか。アルバイトちゃうねんぞっ」
そんな理不尽で無賃金のアルバイトなんかやりたくないわ。
「それに、学校ちゅう場所は色んな人の色んな思い出が詰まっとるからな。故人が行き場所が分からんくなった時に集まりやすい。一人二人いるかも分からん」
それを聞かされてどうすればいい。これからその場所に勉強しに行くんだぞ。心霊スポットで勉強とか気が気じゃないだろうが、何で今そんな事言うんだよ。
「気配とか分からないんですか?」
「人の魂は人のナリをしとる。周りと比べるとちょっと薄いんやけど、たまに普通に影が薄い生者だったりする」
「うわあ…」
影が薄いね、なんて言葉があるが、実際に影が薄い人は本当に薄いのか。その人と亡者を死神が見分けられないなんて悲しすぎるな。でも生者には死神は視えないみたいだし、そんなショックを負うことはない。その事実は俺の胸の中だけに留めておこう。
死神との若干アホな会話をしているのも束の間、ついに1年C組の教室の前に辿り着いた。現在午前8時10分。もうすぐ本鈴も鳴るし、半数以上の生徒がいる事だろう。一昨日まで普通に登校していたのに(誰ともおはよう言ってないけど)、ただ窓から落ちた事だけなのに悪目立ちするのが本当に嫌だ。けれどここは勇気振り絞って入らなければ。
「おうおうおう何しとん、早よ入りな」
勇気振り絞ってんだ待っててくれ。
ドアを開ける音が妙に響く。クラスメイトがこちらに振り向くが、誰も何も声を発さない。体験した事のない人には分からないだろうが、思っている何万倍もの気まずさを感じている。引き下がるわけにもいかず自席へ向かう。窓際から三列目の一番後ろの座席。席に着くと次第に周りは会話を再開する。何事もなく無事に終わった、ミッションコンプリートだ。
「
「うわっ、え、あっ俺…」
話しかけて来たのは右隣に座る男子だった。
「てか3階から落ちたのに助かるとか神がかってんな…!」
「あっああ、どうも」
次に左隣の男子が話しかけて来た。
「僕は
「俺は
「ああ、中原春久です。よろしく」
二人は小中学校が同じの友人らしい。ずっと右隣の杣谷くんが話しかけようとしてくれていたらしいのだが、一昨日の放課後に起きた事故。彼は思いの外重大なことだと捉えていたらしく、怪我も一切ないのにすごく心配してくれた。
「昨日の授業のノートもあるし、分からない事があれば助けになるから何でも言って」
「太一お前母ちゃんみてえだな」
「だって3階から落ちたんだよ!? 今は何もなくとも、後遺症とかあったら怖いじゃないか」
死神が視えるようになってしまったことが多分後遺症だと思う。
「まあ俺は不器用だし馬鹿だから太一みたいに何かしてやれんのも限られてっけどな」
「あっあの、お気遣いなく…!」
「中原何でそんな他人行儀なん? ダチになったんだし遠慮なしで行こうや、なっ」
「あ、うん…」
杣谷くんは技術面、三村くんは精神面を補ってくれる、というか何というか。
出来ることは違えど二人はそれぞれ心強い、いい人たちだなと直感で思った。こういう友達作りの最初って恥ずかしいし照れ臭いけれど、彼らとはもっと仲良くなれたらと、俺も早く学校に慣れて彼らみたいになろうと思う。
すると、そんな彼らを皮切りに周りに人が集まり始めた。男女問わず彼らは口々に心配していたことを伝えてきたが、こんな大勢に囲まれるのは慣れておらずてんやわんやとなっていた。
「兄ちゃん、兄ちゃんて」
「なんですか」
「え…?」
「あ」
「ごめん、何か気に触ること言っちゃったかな…」
「いや、えと」
死神に返事をしたつもりだったが、ここにいる人たちは姿が見えなければ声も聞こえない。俺が独りでに喋り出したと思われているし、よりによって死神の方にいたのが女子だった。彼女はしどろもどろになり、徐々に空気が悪くなっていっている。
「…なっ、何でですかねって先生に質問をしようとしていたことを急に思い出して!」
「はあ? 兄ちゃん何言うとんねん」
あなたにだけは突っ込まれたくない。
「…あー、そいや中原、昨日の授業のこと先生に聞きに行かないとな」
「じゃあ後で一緒に行こうか」
二人のおかげで彼女の誤解は解け、何とか和やかな空気が戻って来た。人が必死に誤解を解こうとしているその間も死神は何度も俺を呼び、次第に天井付近をふよふよ動き回りながら鎌でスイングを始めようとした。
(無作為に魂狩ろうとするな…!)
時計を見て、まだ本鈴まで5分弱時間がある事を確認し、死神に目配せでついてくるよう指示して教室を出た。廊下には何人か人がいる。例え少人数でも会話を聞かれれば不自然に思われる。3階のフロアを奥まで行くと、空き教室らしき部屋があった。そこは人もおらず、一先ずそこに入る。
「何や、こんな所連れ出して」
「教室で話しかけないでください。あなたの声は聞こえないんですから、返答した俺が不自然に思われる」
「声出さんと筆記にしたらええやないか」
「……」
盲点。
「で、何ですか」
「あの教室、影薄いのが3人おった。1人は間違いなくもう亡くなっとる」
「え」
「ただ、…見分けがつかん」
悔しがる死神。死神の様子が変わったのは人が群がってきてから。つまり、あの人集りの中に魂だけの人がいたと。誰と目を合わせたらいいのか分からず全く人の顔など見ていなかった。ちゃんと見たのは杣谷くんと三村くん、それから勘違いさせてしまったあの彼女だけだ。それ以外の人はどんな顔だったか、誰がどこにいたか、誰が群がっていたか全く覚えていない。
まさかこんな早々に手掛かりが近くにあるなんて。
「その人は死神さんの姿が視えているのでは?」
「…ほな、大々的に
「ああ、はい、そうっすね…」
言い方がいちいち怖いんだよこの人は、もっと平和な物言いは出来ないのか。ともかくこれでまず一人は見つかる事だろう。話し終えると俺はダッシュで教室に戻った。急に教室を出たからおそらくトイレだと思われてる、あまり長時間席を外してたら腹下してると思われる…!
生理現象は誰にでも起こり得るものだが、やはり恥じらいを感じずにはいられないものだな。
「人間て大変やな」
本鈴に間に合い、担任の先生が入って来た。
「何やあの
興奮するなうるさい。俺も思ったよ。
クラス担任兼数学を受け持っている
「先生やったんか、えらい別嬪さんやなほんま〜。あっ兄ちゃん、この先生目尻の横にホクロがあんで! は〜エロいな、エロボクロや」
やめろ貴様!
…言葉が荒くなってしまった。あまりにも貴重な情報…不埒な発言だったため、そしてそれが少なくとも俺にしか聞こえていないため取り乱してしまった。人間と死神、種類は違えど考える事は大体似ているものなんだな。
HRが終わり、授業の準備をする。
「…中原くん、ちょっと」
「あっ、はい」
先生に手招きされ廊下に出る。死神は俺ではなく先生の後ろにいる。そのまま乗り移るつもりか、俺は楽になるが先生に申し訳ない。それに取り憑くだけじゃ済まなくなりそうだ、など男子高校生の想像力もとい妄想とは表現発想豊かなものなのだ。
「もう平気なの?」
「えっ、あ、」
「
「そっそうだったんですか、すみません…」
「こういう時はお礼を言って欲しいな」
話し方がゆったりとしていて、普通に喋っているだけなのに言葉のチョイスにエロさを感じてしまう。さっきからどきどきが止まらない、俺今顔が赤くなってやしないか? そんな事を考えてまた恥ずかしさが増し、汗が止まらない。
「かぁーっ! 先生、何で俺の姿見えへんねん…っ」
初めて死神より優位に立てた気がした。
「困ったことがあれば何でも言って」
「何でもて! 男子高校生に何でもはあかんわ、刺激が強すぎる…」
先生の発言に口出すな。それから男子高校生をエロしか考えられない生き物みたいな言い方も気に食わない。常にじゃない、たまにだ。
「それじゃあまた、授業で」
「はい」
彼女が廊下を歩くだけで男子が見惚れている。人気はあるが易々と近付けるような存在ではない、いわば“高嶺の花”だ。
「あの去り際の台詞、何やイケナイ事した後のやり取りみたいでこっちが恥ずいわ」
この死神は俺やそこら辺の男子より想像力凄いんじゃないか。しかし言われてみればと思い返し、そう言う関係ならと思考がエロに持って行かれる。
「あの先生、下の名前なんて言うんや」
「…
「何やて! そらああなるわ……不二子さん、か」
ちょっとイケボでキメて来てんじゃねえよ。
「廊下に呼び出されたと思ったらぼそっと“不二子…”って! 中原いつの間にお前楠木先生と」
「へっ、ちっ違うよ!」
「冗談だって。ほら、もうすぐ授業始まんぞ。しっかし…エロいな、不二子」
三村くん、君もか。
楠木先生の去った廊下に微かに残る残り香で呼吸をする死神と男子生徒・三村くん。二人の視線の先に彼女の姿はないのに、その先にいる事を想像して熱い視線を送っている。
そしてそんな二人を残し、杣谷くんのいる自分の教室へと戻る。
「三村何してんだー、授業やるからとっとと教室戻れ」
「…うす」
死神と三村くんが帰って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます