そんなに驚く事なかれ

「…ん、」

「おう兄ちゃん、やっと起きたか」


目を大きく見開き、慌てて部屋を出て行く。そして大して遠くもないリビングへと猛ダッシュする。


「春久うるさい!」

「母さん、ちょっと」


手招きして俺の部屋へ母を呼ぶ。俺の挙動を不気味に思いながらドアを開けた。そして母は驚く。そりゃそうだろ、俺より不気味で不審な男がいるんだから。男なら闘え! いや無理だろ。目の前に鎌持った男に出くわしてみろ、逃げられただけ凄い事だぞ。


「警察に電話してくる」

「はあ? あんた何言ってんの、しかし汚い部屋ねー。毛布もベッドから落ちてるし」

「え、いやそこじゃなくて、ちゃんと見て!」


部屋をぐるりと見回しても何も反応を示さない。おかしい。俺が覗くと、その男は俺の学習机に座ってじっとこちらを見据えていた。怖い以外の何の感情もない。小声で母にその男の事を伝えるが


「…汚い机としか言えない」


奴の姿が見えていない。そうか、おかしいのは俺の方だったんだ。


「母さん、やっぱり俺どこか悪いと思う。病院に戻してくれ」


母とそんなやり取りをしていたら、男が口を開いた。


「兄ちゃん、あんたのオカンに俺の姿は見えへんで。ええからちょっと話聞けや。“何もなかった”言うて部屋に戻りい」


男は机から下りると、1メートルくらい離れて真ん前に立ち尽くし、


「言う事聞けへんのやったら、…狩るで」

(何を!?)


犯罪者はこうして武器をチラつかせて脅すんだ。実際目の当たりにすると太刀打ち出来ない。母に危害を加えさせたくないし、俺だけの命で済むならその方がいい。


「…ごめん母さん、ちょっと、寝ぼけてたみたい」

「そう? まあ、無理しないでね」


母がリビングに戻ったのを確認し、おそるおそる部屋に戻る。


「まあそう畏まらんと。適当に座りいや」

「おっお邪魔します…」


俺の部屋なのに。

ドアの目の前に正座で座り、畏まるなと言われても震えが止まらない。この状況一体何なんだ、頭がおかしくなりそうだ。この男は何が目的なんだ。大体いつどうやって家に入って来た、いやそれはそういうのに長けた犯人独自の方法があるんだろう、ってそうじゃなくて!


「…兄ちゃん、俺の姿見えとるんだよな?」

「へっ、あ、はい」


この御仁、御身の姿が普通は見えない事を自覚されているようだ。普通は見えない、つまり人間以外の何者かということか。


「あの、ご用件は…?」


そうなると、何から聞けばいいのか分からなくなった。思考回路はショート寸前とはよく歌ったものだ。本当にショートしそうだよ。御仁は鎌を床に置き、目の前にあぐらをかいて座る。するとマントのフードを取り、顔を見せて来た。少し年上、大体20代くらいに見える若い男性。肌は血色の悪そうな白で目の下にほんのりクマがある。


「兄ちゃんの魂狩りに来たんやが、手違いで狩られんくなった。せやから、他の魂狩りに行くで」

「んん?」


今の説明で何を理解しろと? 俺の質問がざっくりしすぎているせいもあるからかもしれないが何も情報も得られないし分からない。けれどこの人、“魂を狩る”って言ったよな。大きな鎌、黒尽くめの姿、突然何処からともなく姿を現した現象、諸々含めて考えて、さすがに自分でも漫画の読み過ぎだと思った。でももうこれしか思いつかない。


「あの、間違えていたら笑っていただいて構わないのですが…もしかして、死神とか、ですか?」

「ん? ああ、まあそんなもんや」


目の前に死神が来た。


「それじゃあ俺は死ぬ…?」

「だからさっき言うたやろ、手違いで狩られんくなったて。人の話はちゃんと聞き」


聞いてても理解出来なかったんだよ。


「手違いとは」


「ほんまは兄ちゃん、あの学校の窓から落ちた時死ぬはずやったんや」


「え…」

「せやけど、俺とぶつかった時に体勢が変わって降下スピードも緩んで、ほんで運良くマットに落ちたっちゅう事や」


あの時横から飛んで来たのこの人だったのか。それならばと納得した。思い返してみればあの時、関西弁で何か叫ばれた気がした。よくよく聞いてみればこの人の声だった気もしなくもない。つまり、俺はある意味この人に助けられたようなものなのか。当の本人は魂狩る死神なのに。


「兄ちゃんは助かっても俺はをあちこちに落としてもうて最悪や…。せやから兄ちゃんには責任取ってほしい」

「え、ええ!?」


「この数少ない必死で俺が探してかき集めた資料、これを元に人を探していってほしいねん」


そう言って提示された資料は、履歴書のように名前や住所、今までの経歴が書かれたものや人物が写し出された写真などがある。写真の裏面を見ても何も記載されておらず、俺は書類の方に目を通して驚いた。


「何だこれ、死因が書かれてる…?」

「せや。死因だけやなくて日付・時刻・場所も、こと細かく書いとる。そのかたの生涯が終わる瞬間やからな」


見たことも名前を聞いたこともない人たちばかりだが、急に怖くなった。この人と対峙した時に感じた恐怖ではなく、自分の死因も決まっていたのかと思うとぞっとした。そしてこれは予測可能な“運命”というものなのかと、畏怖している自分とは対照的に興味を持つ自分がいた。


「書類も写真もバラバラ、誰が誰なんか確認しとらんかったから全く分からん。早よお迎えにあがらなあかんのに」


漫画やアニメに出てくる死神は、安易に人を殺せるイメージがあった。けれど実際は、亡くなられた方にきちんと敬意を払っているのではないだろうか。“死神”だなんて物騒な名前だけれど、先程からこの人の言葉遣いが部分的に丁寧なのが垣間見える。

もしこの人は俺とぶつからなければ、今頃何人もの方を迎えに行っていたんだろう。けれど俺はこの人とぶつからなければ、死んでいたんだ。


だからと言って、人探しなんて易々と請け負える事じゃない。


「協力したい気持ちは山々なんですけど、俺みたいに何もない人間に手伝いなど…」

「あぁ? 誰が“手伝え”言うた、“責任取れ”言うたんや。拒否権なんてあるはずないやろが」

「ええー…」


死神というかただのチンピラじゃねえか。


「俺の管轄は兄ちゃんの住む地域と、ちょっと電車で行った所までや」


何だそのちょっとコンビニみたいな言い草は。


「明日からしっかりきっちり働いてもらうさかい、生きてることに感謝せえよ!」


生きてる人間になんて理不尽なんだ。


高校に入学して友達もいない。どころか、3日目に校舎の窓から落ちる始末。

挙句死んだと思ったら死神のお陰で助かり、そして今その死神にをべったり擦り付けて強いられている。(拒否権なし)


死神が早く視えなくなりますように。


神様にそっと心の中で涙ながらに祈るしかなかった。





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