鎌を携え、こんにちは
目を開けると、白い天井がまず見えた。家の天井とは違う。それにベッドも何だか寝心地がよろしくない。
「
「…母さん?」
「良かったー…もう本当に心配したんだから」
母の方に少し首を傾けて、何やらカーテンの仕切りがある事に気付き、明らかに学校の保健室とは違う。それに時折聞こえるカートを引きずるような音、ナースコールの呼び出し音。
「…ここ、病院?」
「そうよ。あんた今日学校の3階の窓から落ちたの、覚えてる?」
「…何となく」
落ちる瞬間など当の本人は鮮明に覚えていられない。それよりも頭の中を色々な思考が巡った。
けれど、何かがおかしい。
「大した怪我もなくて、
「は…?」
脳震盪だと? 冗談だろ。
人が3階から落ちて、しかも真下はコンクリートだぞ。間違っても脳震盪じゃすまないだろ。けれど母の言う通り、傷の痛みを感じない。何が起こった。
「たまたま先生が体操マットを運んでて、その上に落ちるなんて…ぷぷ、漫画じゃないんだから」
笑いどころじゃねえよ。
でも確かにそんな偶然あるのだろうか。いや実際起きたのだから何とも言えない。それと合わせて、ある事を思い出す。
「なあ、そのマットの上に落ちたのって俺だけ?」
「え、さっさあ、あんただけじゃないの。まさか誰か一緒に落ちて…」
「違うよ。落ちた時は一人だった」
諦めかけたあの時、黒尽くめの男がいた気がした。ただその男、上からではなく横から現れた気がした。あんな空中で有り得ない。その後は目を開けるまでの記憶が全くなく、どこで意識を失ったかも分からない。だとしたらアレも、ただの俺の思い過ごしとか妄想の類か?
「明日退院できるだろうし、今日はもうゆっくりしてなさい。また明日来るから」
「ああ、…ありがとう」
あの瞬間、俺は絶対死んだと思った。
今こうして普通にしていると、あれは夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。けれど目を瞑ると思い出す。それが少し怖くて、なかなか寝付けずにいた。もうこんな体験は二度としたくない。
大体何故俺が落ちる羽目になったのか。そんなの簡単だ。
放課後の掃除中に廊下でふざけてた奴らとぶつかり、足がもつれ、行く先の窓は全開。そのまま落下した。今思えば、あの足のもつれ方は異常だった。足自体が絡まったのかと思った。誰も助けてくれなかったんじゃない、助けられなかったんだ。あの動きは一瞬だった。華麗に滑らかな流れだったに違いない。
きっと明後日には学校に復帰出来る。そうなれば、“窓から落ちた人”としてかなり悪目立ちする事だろう。入学早々、平凡に暮らし過ごせれば良かったのに。まだ誰も友達出来てない奴にこの仕打ちは酷いぜ神様。
その翌日、検査を受けたが特に異常はなく、俺は寝不足気味のまま退院した。そのまま家に帰ったが何もすることがない。入学したてで友達もおらず、心配の連絡なんてのは誰からも来ていない。それもそうだ、誰の連絡先も知らない。
中学で友人はいたが、同じ学校に進学した同級生はいない。あえて避けたとかそういうんじゃなく、俺が進学した高校に誰も行く奴がいなかっただけだ。と言えば聞こえはいいが、実際同じ学校の奴らが行かないであろう所を選んだ。徒歩通学から電車通学になり朝の満員電車の辛さを知った。けれど帰りは座れるし、ただ朝が早くなっただけだ。元々遅刻ギリギリに登校する方でもなかったからそんなに苦ではなかった。
高校生活始まって、今の気持ちはふりだしに戻った気分。明日はどうなることやら……
「おう兄ちゃん、元気あれへんやんけ」
(……は?)
声が聞こえてきた。ゆっくり辺りを見回すが、この部屋には俺以外誰もいない。
「上や、こっち振り返ってみい」
後ろへ振り返ると、マントをかぶった黒尽くめの男がいた。その他には大きな鎌を握っている。俺は急に意識がなくなって行く気がした。
人は、途端に意識を失うという事が実際にあるんだと、この時初めて知った。
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