第11話 お嬢様 平穏に過ごす

あの討伐から数日後・・・

アメリアはいつものように、髪の毛をみつあみにし、分厚い眼鏡をかけ図書室にこもり、本を読んでいる。

もちろん1人でだ。

あまり図書室にくる生徒などはいないので、アメリアの独占状態となる。


『・・・・ねぇ、聞きまして?あの噂。』

『えぇ。流石、殿下でありますねぇ。』

『そうですわねぇ・・・。』

(・・・当分、大人しくしていようかしら?)


毎日、図書室の外で話が聞こえてくるのだ。

今日も本を読む気にもなれなくなった。

アメリアは、読もうと思っていた本をパタリと閉じ、肘をついた。


(それにしても、まだ噂になっているなんて・・・秘密にしておいて正解だわ。)


『オーガスタ殿下が盗賊を討伐した。』


教会での戦いから翌日、学園内で一気にこの噂が広まった。

本当は、アメリア達が討伐をしたのだが、帰り際の時にイーゼスが自分達の事を話さないように脅し・・・いや、強く言っておいた。

まぁ、オーガスタ達が言っても他の生徒達は信じないと思うし、騎士団の人達も自分達から言いふらさないだろう。

一応、学園内や王都で偵察をしたが、そういった噂がたっていない。

それどころか、『オーガスタ殿下が不思議な力を使って炎を操り、倒した』『慈悲なる説得により、盗賊達が涙を流し自首をした』などと、とても英雄じみた噂が飛び交っていた。


この出来事によって、大きく学園の空気が変わった。

まず、ヒューデガルド・ブライト。

あの出来事の後、オーガスタに絡むことが少なくなった。

友人としてオーガスタと接することがあっても、前みたいに強引に誘うことがなくなった。

前まではオーガスタがヒューデガルドの誘いを断っても、いつもの「えーなんでー。」でそのまま押しきるのだが、最近はあっさりと去るらしい。

そして、いつも連れているポールに頼らず訓練にも真面目に取り組んでいるらしい。

これは生徒達の話の中で、かなり話題となっていた。

そして、オーガスタ。

噂によればセイント王の下で国政の仕事を学んでいるとか。

とにかく積極的に取り組んでいるらしい。

学園にいる時でも、監督生の仕事の手助けをしていて助かっているとイーゼスが言っていた。


(それに比べてあのマリア(ヒロイン)は・・・)


アメリアは座っていた椅子からガタリと立ち上がり、窓際へと移動した。

図書室の窓は、温かい光が射し込んでいるのだがアメリアは窓際の端に寄ってカーテンの隙間から、そっと庭を見下ろした。


******


「それでクローム君が助けてくれたの。」

「まぁ、あのサジタリア様が・・・」

「守ってくださるなんて、羨ましいですわ。」

「えっ・・・そんなことないよぉ」

「まぁ、赤くなって・・・」

「そんな方、私も会ってみたい。」

「私もー。」


アメリアが見下ろした庭の所でマリア達がベンチに座って話をしていた。

話の内容から察するに多分クロームとマリアが教会から離れた所でフェイと刃を交えた時の事を言っているのだろうと推測が出来る。

アメリアもその件については、セラから報告を受けていて、当の本人であるフェイからも内容は聞いてはいた。

その時は、クロームがマリアの事を好意に見ることなど絶対にないとフェイが言うものだから、ほっといていたが学園に戻ってきたらクロームとマリアのことも噂が広まった。

噂と言うよりもマリアが周りに言いっているだけなのだが、女性は特にこのような話が好きだろう。

さっきから、うっとりとした顔しかしていない。


「サジタリア様は、確か婚約者がいないはずでしたわね。」

「そうなのですか?私はてっきりいるものだと。」

「えぇ、なんでも心に決めた方がいるとか・・・。」

「まぁ、素敵!誰なのでしょうか?」

「確か、アルト君が知っていたような・・・でも話そうとしたらクローム君に止められたっけ?」

「そうなのですか?」

「もしかしたら学園にいる生徒かも!」


(そういえば・・・クロームの初恋って誰だろう・・・)


ゲームの設定では、クローム・サジタリアだけ婚約者がいない。

多分、他人を拒絶する人間なのだから誰も婚約者にとは、しなかったのであろう。

もしくはクローム自身が断っていたか。

実は言うと、アメリア自身、余り詳しい事は知らなかった。

クロームルートに進むと死んだ父親がキッカケで他人を信じなくなったクロームが、マリアのおかげで人を信じるようにはなったのだが、過去に遡るのはこの時だけ。

恋愛に関しては、過去の事など全く出てこないのだ。


(まぁ・・・王道としてマリアだと思うけどね。)


王道でありがちな物だ。

幼い頃に出会った初恋の少女が学園で再会をして、様々な苦難を2人で乗り越え最後にはハッピーエンドにいるパターン。

実は言うと、アメリアはこのエンディングが1番好きだった。

初恋が叶うシーン、前世では胸をキュンキュンさせながらイベントを見たものだ。

さらに言うとクロームは騎士。

膝をついてヒロインを見上げながら「好きだ」とか言われたら・・・悶え死んでしまう。

けどヒロインであればそんな素晴らしいイベントがあるが、今のアメリアはヒロインではなく悪役令嬢。

そんな出会いとか有るわけがない。


(私には関係がない話だわ。)


アメリアはそっと図書室から去った。


******

イーゼスside


「あまいっ!!」

「くっ!」


もう、何時間たっただろうか。

イーゼスの視線の先にいる2人の男は、休憩もしないでずっと剣を交えている。


「隙があるぞ!!クローム・サジタリア!」

「はいっ!」

「次、行くぞ!」

「お願いします!!」


イーゼスは、腕を組ながら壁にもたれ掛かって、目の前の光景をずっと見ていた。


(全く・・・仕事が遅くなると言うのに・・・。)


今イーゼスがいる場所は、学園ではなく商会の地下にある訓練場。

普段、商会にいるロンやフェイがヴィクトリア軍の兵士を鍛える為に使用している。

広さは上の商会とほぼ同じ広さに作られていて、結構広く防音関係も1階に響かないようにしてある。

そして今、剣を交えているのはクロームとロンだ。

剣といっても木で作られてた木刀。

体があたっても大ケガなどすることはないので安全だと思うが、クロームを見ると身体中にロンの攻撃が入り、当たった所が赤くなっていた。


「いや~、頑張りますよね。あの坊っちゃん。」

「・・・だったらお前があいつと戦えばいいだろ、フェイ。」


そして、イーゼスの隣にはフェイが座っていた。

フェイもクロームと剣を交えるのかと思ったのだが、本人はやる気がないようで、イーゼスと一緒にクロームとロンの戦いをずっと見ているのだ。


「俺は、後輩とか部下を鍛えるような事は出来ないッスよ。そういうのはロンやバエイ隊長の方が適任ですよ。」

「否定はしないな。」

「そうッスよ。俺の戦い方は坊っちゃんには合わないッスから。」

「連れ込んだ本人の癖に・・・何故クロームをここに連れてきた。」

「あっ!そろそろ終わるッス!」

「・・・答える気ないだろ、おまえ。」

「そんなことないッスよ~。」


多分、これ以上フェイを追及しても無駄だろう。

上手くはぐらかされてしまう、イーゼスはそう判断をした。

まぁ、フェイがクロームを鍛える事が出来ないも言うのは良くわかる。

フェイはロンやバエイとは違って自己流で戦ってきた。

奇襲、騙し討ち、罠などセイント王国の騎士道に反することなど当たり前。

相手の隙をつく事に関して軍の中でフェイの右にでる者はいない。

悪くいえば卑怯、良くいえば実戦向きだ。


「まぁ、あえて言うのであれば予防ッスね。」

「予防??クロームが?なんでだ?」

「だって、ずっとおじょーの事を想っているんッスよ。周りをうろちょろされるより、囲んだ方が安全じゃないッスか。」

「確かに・・・。」

「で、しばらくはオレが坊っちゃんの監視をしておきますよ。おじょーはセラがついてるらしいので大丈夫ですよ。」


******

クロームside


ーーーーカンッ


音と共に両手で持っていた木刀がいつの間にか消えていた。

いや、消えたのではない。

木刀は宙に舞っていた。

宙に舞った木刀はクルクルと回りながら部屋の隅の方まで飛んで行く。


「勝負ありですよ。クローム・サジタリア。」


喉元に剣先を向けられて、体がピクリとも動かなくなった。


(強い・・・。)


改めてそう思った。

学園の教師や王国の騎士も強い人が多くいたここの兵士は次元が違う。

鍔競り合いで押そうと思って力を入れても、びくともしない。

一旦引いて突破口はないかと思ってが、相手の隙が見つからない。

攻められる一方で、反撃らしいことは何もできなくて防ぐことで精一杯だった。


「俺に何が足りないというのですか・・・。」


力が足りないのか。

技術が足りないのか。

努力が足りないのか。

ここまで彼らと自分に差があるということに愕然とする。


「敗北を恥と思わないことです。」

「・・・えっ?」


ロンさんはスッと木刀を下ろした。


「何故敗北したのか、何が悪かったのか、自分に足らない分を何で補うか、考えた事はありますか?」

「そ・・れは、」


そんなこと考えた事がなかった。

同世代には負けた事はなかったし、騎士団や父上に敗北した時は、技術や力が足りないだろうと思い、素振りの回数を増やしたり訓練の時間を増やしたりしていただけ。

それしか思い付かなかったのだ。


「君はまだ若い。気持ちが焦ってしまえば、必ず大ケガをする可能性があります。今、君に大切な事は、自分に何が出来て、何が出来ないか、それを見極めることです。」

「そーそー。坊っちゃんは振りが大きいし隙が出やすいから振りを小さくしたり、あと避けるときにいつも後方へ逃げるから、ギリギリでさける練習をした方がいいッス。」


ポンと肩を叩かれて、振り向いたらフェイさんだった。

その後ろにはイーゼス様もいる。

彼は腕を前で組んでいた。


「フェイ、よくクロームの改善点とかわかるな。俺にはわからなかった。」

「イーゼス様ひでぇ・・・オレ一応、ヴィクトリア領の軍人でッス。」

「観察力に関してはフェイがダントツですから。」

「ロン!良いこと言った!!」


そう言ってロンさんに人差し指を指すフェイさん。


「・・・イーゼス様、人は見かけによらないものですね。」

「俺も最初はそう思っていたからな。」


観察力とかあるのは、てっきりロンさんの方だと思っていた。


「クローム君、少し休憩を淹れて、休憩後また手合わせをしましょう。」


******

イーゼスside


クローム・サジタリア。

最初その名前を知ったのは、ナギサからの報告書からだ。

リアに突っかかってきた同い年の子供。

セイント王国の騎士らしく、リアに卑怯者だと言ったらしい。


『私は、あのガキは嫌いです。』


そう言って報告書を渡したナギサの顔を見ると眉間のシワがよっていた。

これは、あきらかに怒っている。

それと、受け取った報告書も若干シワになっていた。


『しょうがないよ。戦いは正々堂々だと言うのがこの国の考え方だ。俺だってナギサ達に会わなかったら、戦いは正々堂々だの同じ考えの人間になるよ。』

『しかし、命を助けてもらっておいて、お嬢様に文句をいうなど・・・。あのガキ、八つ裂きにしてやる。』

『問題になるから止めてくれ。』

『だったら問題が出ない様に、事故か病気として・・・。』

『それも止めろ。』

『・・・すみません。』


ナギサが言うと本気でやりそうだから怖い。

もし、クローム・サジタリアに出会うことになれば手を出すかもしれない。

・・かもではないな、絶対に手を出す。

後で、バエイにでも言っておこう。


その数年後。

今度は学園で本人を見た。

その時は流石、騎士の家系だと思っただけで、リアに突っかかってきたことなど忘れているのではないかと思っていた。

本当は殿下のお披露目の時にいたらしいのだが、俺は見なかった。

後々、聞いた所によると直ぐにその場所から去ったらしく、他の人達もクロームの姿などほとんど見ていないらしい。

なんでも、噂では突風のように走っていった令嬢を追いかけたとか言っていたが・・・まさかリアじゃないだろうか。

・・・あり得るな。

ドレス姿で走る令嬢などリアぐらいしか思い付かない。

もしそうであれば、まさかリアのことなどバレたのか?

クローム・サジタリア、警戒すべき相手だな。


******6イーゼスside


前言撤回。

なぜ俺はあの時クローム・サジタリアは警戒すべき相手だと思ったのだろうか。

そう思った自分が恥ずかしい。

過去の自分を殴ってやりたい。


盗賊の討伐後、学園に戻った俺は、後処理で忙しいかった。

生徒達からの申請、金額の調整など相変わらず書類が多い。

特に英雄扱いをされているオーガスタ殿下を呼んで大会やお茶会などの申請する生徒が増えてきている。

もちろん、全て却下した。

当たり前だ。

万が一、俺達のことがバレたら色々問題になるからな。

一応、オーガスタ殿下達には強く口止めをしたが、あのマリアだけは無駄だった。

案の定、噂が一気に広まってしまった。

毎日、庭園の所で盗賊達がどの様に討伐されたのか話をしているらしい。

まぁ、討伐の話と言っても、あの女は離れた所にいたから、討伐の詳しい話などは出来ないだろう。

聞くところによると、殿下達がどの様に討伐をしたのかよりも、ずっとクロームに守ってもらった事を話しているのだ。

しかも、セラから聞いた報告の内容よりも、かなり大袈裟にだ。


『クローム君が、突然襲ってきた敵から守ってくれた。』

『クローム君が、ずっと私の傍にいて守ってくれた。』


うちのフェイとセラを悪役にするつもりか!

一体あの女の脳内はどうなっているんだ。

考えるだけで頭が痛くなってくるぞ、俺は。


『・・・様。』


今日は早く帰ろうか。

考えすぎて、書類に手がつかない。


『・・イーゼス様。』


あー、確かロンが商会にいたな。

久しぶりに手合わせをするか。


『イーゼス様!!』

『うわぁ!』

『大丈夫ですか?ボーッとされてましたけど』

『・・・すまない、疲れているようだ。どうした?』

『イーゼス様に用があるそうで・・・。』

『俺に?誰が?』


机に向いていた視線をゆっくりと上に上げると、監督生の後ろに誰かの姿が見えた。

制服からすると男子生徒だ。

周りにいる生徒も、この男に注目していた。

それもそうだろう。

何故こいつがここに来るのか理由がわからない。

しかも、俺に会いにきたのだから。


『何の用だ。クローム・サジタリア。』


******

イーゼスside


とりあえず、クロームと執務室から誰もいない所まで移動をした。

もし討伐での出来事であれば、執務室で話をすると、とても危険だからだ。

下手をしてヴィクトリア領の軍事力が国にバレる可能性がある。


『用件はなんだ。事と次第によっては容赦はしない。』

『・・・これを見せれば会えると聞いて。』


そう言って見せられたのは、銀製で作られた鈴。

しかし、ただの鈴ではない。

クロームが手にしているのは、鳥が描かれている。


(これはフェイの・・。)

『この鈴をイーゼス様に見せれば、そちら側に行けるとフェイさんが言っていました。』

『フェイが・・・。』

『お願いします!軍師様に会いたいのです!』


クロームはそう言って勢いよく頭を下げた。

相手の声を聞くだけで、彼が必死であることが、よくわかる。

それに、名だたる騎士貴族が頭を下げるなんて、よほどのことだなぁと思った。

セイント王国の騎士は、自分のプライドが高く、頭を下げるのは王族や自分の師など目上の人にしか、頭を下げないからだ。

例え助けてもらっても、相手が平民などであれば頭を下げることなどしない。

現に討伐の時、ハロルド隊長達はロンに対して頭を下げなかった。

しかし今、目の前にいるクロームは、軍師様に会いたいが為に、誇りやプライドを捨てるとは。

そうまでして、うちの軍師・・いやリアに会いたいのか?

もしそうだとしたら、その理由は・・・。

だめだ、ここで考えても何もわからない。

一度、フェイに会わせる必要があるな。


『すまないが、一緒に着いてきてもらえるか?』

『わかりました。』


もしかしフェイなら何か知っているかもしれない。

とりあえず、クロームを連れて商会へ行こう。


******


「最初は気になっただけでした。でも再び会った時、私の手を見て微笑んだ彼女の顔。」

「「・・・・。」」


商会の地下にある訓練場で休憩をとっている間、クロームに何故軍師に会いたいか理由を聞いてみた。

予想としては、純粋に強くなりたい。

もしくは、傘下になる。

そんな感じかなと思っていたが・・・。


「多分、私はあの瞬間から軍師様の事が好きになったのかなと思います。」


聞いた事を後悔した。

まさか、野郎の恋愛話を聞くとは思わなかった。

しかも、その相手は、我が妹(アメリア)。

クロームは軍師=リアだとは気付いていないが、兄として、このような話を聞くと複雑な気持ちになる。

喜ぶべきなのか、それとも寂しい気持ちになるのか。

ちらりと他の2人を見るとロンは何も言うこともなく、ただニッコリと見守っているような顔でいるし、あのフェイだって笑顔が張り付いたような顔をしていた。


「イーゼス様の身内を片っ端から会えば、誰が軍師様なのか分かるかと思うのですが、ダメですか?」

「はぁ??」


急に何を言い出すんだこいつは。

質問の意味を理解できずポカンとするしかなかった。


「ダメ・・・ですか?」

「イヤイヤイヤ。ダメとかじゃなくてだなぁ・・・。」

「では、会わせてくれますか?」

「それは・・・。」


正直、どう言えばいいのか分からない。

クロームがリアに会いたい気持ちは、嫌と言うほど理解は出来た。

ただ、会わせていいものか。

いや、俺からリアに会わせたくはない。

と言うよりも関わりたくもない。

人の恋愛に首を突っ込むと、絶対に録な事がないからだ。

学園でも嫌と見たのではないか。

そして、巻き込まれたことも。


「・・・学園にいるから自分で捜してくれ。」

「はい、頑張ります!ロンさん、稽古をお願いします!」

「あ・・・はい。」


(リア、すまない・・・。俺はどうしても人の恋愛には関わりたくはないのだ!!)


******


「ぶぅえっっくしょん!!」


今いる場所は温かい温室だというのに、アメリアは急に鼻がムズムズし盛大にくしゃみをしてしまった。


(あ゛~これは、誰かがうわさをしてるな。予想としてはお兄様かフェイだな。絶対そうだ。後で覚えてろ・・・。)


そのまま鼻をすすりながら、キョロキョロと周りを見回して誰もいないか確認をする。

令嬢が、こんなオッサンみたいなくしゃみをしたら注目を浴びてしまう。

それに、人の噂とスキャンダルが大好きな令嬢とかに見られたら・・・想像したくない。

念入りに見回しておこう。

・・・うん、誰もいないようだ。

とりあえず安心した。


学園内に建設をしてある温室は、その場所でお茶会など出来るように、常に庭師が花の手入れをしている。

学園の生徒も、花に興味があったり植物を育てるのが好きな生徒がいる場合、監督生に申請をすれば好きに花を育てる事が出来る。

でも、ほとんどの生徒は花の話をするだけで、あまり自分自身が育てることなんて、ほとんどしない。

いるとすれば、余程の植物好きだと思う。


(これは摘んで薬にして・・・あっ!スズランが咲いたのね!)


アメリアは学園に入ったすぐ、監督生に申請をして温室の隅で植物を育てていた。

アメリアが育てているのは主に薬草。

セイント王国では、薬草でケガを治したり、病気を治したりとするので、アメリアも何かあった場合、自分自身で対応できるようにと、植物の知識を身に付けていた。

今では、薬草関連は勿論のこと、毒草にも詳しくなってしまった。


(いや~。ここは図書室の次にいいのよね。校舎からは離れているし、人が来ないし。)


いわばここは、アメリアの数少ない秘密の場所。

幼い頃から育てている植物を株分けし、ここでしっかりと育つように日々研究を重ねている。

そして普段、ひっそりと過ごしているアメリアにとって日頃のストレスを解消し、癒しを求める場所となっていた。


(アネモネはつんで・・・。後スズランも、つもう。)


アメリアは、手に持っていたハサミをスッと取り出しアネモネを切ろうとしたら、突然、後ろから声が聞こえた。


「この花のは毒があるから切らない方がいいよ、ヴィクトリア嬢。」

「誰っ!」


アメリアは、突然の声に驚き勢いよく顔を振り向いた。

本来であれば、普通の令嬢らしくゆっくりと振り返り、不思議そうに首を傾げたりするのだが、今いる場所はアメリアが育てている植物の前。

薬草もあるが少々、毒が入っている花もある。

もし、この植物が他の人にバレたりしたら、育てている理由も聞かれるし、最悪の場合、暗殺疑惑までもたれる。

そうなったら、追放ルートまっしぐらになる。

それだけは避けたい。


「驚かせてごめんね。ちょっと話をしようかと思って声をかけちゃった。」

「アディジェ様?」

「アルトでいいよ。ヴィクトリア嬢。」


声の主はアルト・アディジェ。

私の名前を言っている以上、目的はアメリア・ヴィクトリアだと思うが一体、何の目的でここに来たのだ。


「そんな警戒しないでよ。君にお願いがあってここに来たんだから、いい話だと思うよ。」


笑顔で言われても、こいつはうんくさい笑顔の為、警戒します。

しかもアルトとは何も接点がない。

討伐の時、アメリアは森の中にいたので教会の中にいたアルト達には会っていない。

学園でも見かけるだけで、基本アメリアは引きこもっているので会うこともないはずなのに・・・・。


「・・・話とはなんでしょうか。」

「いやね。君と婚約をしたいと思っているんだけど、どう?アメリア・ヴィクトリア嬢」

「はいぃ?」


なぜ、攻略対象(アルト)に求婚されなければならないでしょうか?


******


『アルト様、何をおっしゃいまして?わたくし、あなたのような女ったらしには一切興味がありませんのよ。顔をあらって出直してくださる?おーほっほっほっ!!』


・・・そう言えたら良いのに。

でも、こんなセリフを言ったら悪役令嬢に見えるし、おしとやかな令嬢風で断ればよかった?

・・・うん。

私の小さな脳をフル回転させても無理だ。

あの時点でスマートな断り方なんて思いつかない。

もし、そんなことが出来る方がいたら、教えてほしいです!


「いや・・・あの・・・。」

「まだ、正式に話はしていないが僕個人としてヴィクトリア家に興味があるんだ。商人貴族でありながら、盗賊を迅速に捕縛したあの強さ。うちの家と一緒になれば確固たる地位が得られるとおもうんだよね。」

「ですから・・・。」

「この僕の婚約者になるんだ。婚約者を持たない君にとってもいい話だと思うよ。」


ーーーーカチンッ


以前にフェイから『おじょーは冷静に見えてキレやすいッスね』と言われたことを思い出した。

私はその時『そんなことはない。フェイの勘違いだ。』とハッキリと言ったが・・・。

訂正します。

私はどうやらキレやすい性格らしい。

軍師としては違うのよ。

あれは、人の上にたつものとして責任をもって感情的にならないように常に気を付けているけど・・・。


(殴りたい!!!!)


それしか考えられない。


(下からアッパーで顎を殴って、そこから横っ腹に蹴って、あのすました顔をボコボコにしてやりたい!!)


アメリアの脳内では何度もアルトを殴っている構想ができ上がっている。

でも、そんなことをしたら問題になることが目に見えている。


(・・・1回落ち着きなさい。アメリア・ヴィクトリア・・。ここは冷静かつ穏便に逃げるが得策・・・)


「どうせ貴族の令嬢は嫁ぐしか出来ないんだ。だったら少しでも有益になる家に行ったほうが・・・。」

「申し訳ありませんが、貴方のその下らない話に付き合うひまなどありませんのよ。」


あっ・・・。

穏便にしようと思ったが、ついポロッも本音がでちゃいました。


******


「ふ~ん・・・こっちが本当の姿みたいだね。アメリア嬢。初めてみるなぁ・・こんな令嬢。」

「全てが貴方の思う通りな女だとは思わないことですわね。」

「流石、イーゼス様の妹ってことか。」

「他の方に話されますか?」

「婚約の件、承諾してくれるのであれば、心の中に留めておくけどね。どう?」


これは脅しだ。

はたからみれば、アルトがアメリアに笑顔で求婚の申し込みをしているように見えるのだが、実際は『イーゼスの妹だと、ばらされたくなかったら、この婚約を受けろ』と脅している。

アルトの顔をチラリと見ると、断るはずがないと目が言っていた。


(私を脅すなんて100年早いのよ・・・。)


別にアメリアは他の人に自分がイーゼスの妹だと知られても構わなかった。

ゲームでは普通にイーゼスの妹だということはバレていたし、アメリアもいつかはバレるだろうと思っていたからだ。

それに、アメリアが一番隠さなければならないことは、自分が軍師であること。

それさえバレなければ大丈夫だ。

だから、アルトの求婚(おどし)なんてどうってことはない。


「さぁ、どうする?アメリア嬢。返事は?まぁ返事は決まって・・・」

「お断りいたしますわ。アルト様。」

「なっっっ!!バッ・・・バラしてもいいんだぞ・・・。」

「まぁ、貴方は出来ないと思いますけどね。」

「・・っ・・。」


図星みたいだ。

アルトはアメリアに反論が出来ず、ただ顔を歪めるだけ。

何も言葉が出ない。


「他の方になんと話されますか?実はあの討伐は殿下ではなく、わが兄がやったと言いますか?・・・臣下として言えませんよね?オーガスタ殿下をはずかしめることになりますから・・・」


そうなのだ。

学園内ではオーガスタ殿下が盗賊を倒したと言うことになっている。

そんな話の中に、実はオーガスタ殿下ではなく他の人が倒したなどと言えば、オーガスタ殿下の評判を落とすことになる。

王家をおとしいれようとする家となれば分かるが、アルトは宰相家のご子息。

宰相家の者が、王家を評判をおとすことなど出来ないのだ。


「くくっ・・。痛い所をつくね・・アメリア嬢。」

「ふふっ。さっきのお返しですわ。」

(・・・へ、ザマーミロ。)


そう言ってアメリアは、令嬢らしくニッコリと笑顔をみせる。


「・・・ここは一旦去った方がいいかも知れないね。」

「うふふ。賢明なご判断ですわ。」

(・・・と言うより関わらないでほしい!)

「まだ、諦めていないから、そのつもりで。」


アルトはそのまま、アメリアに「アデュー。」と言って、この温室を去った。



・・・数分後。


「・・・あーーーーー、もう無理だわ!」


アメリアは、アルトが温室から去ってから数分後いきなり大声をだした。

相当、ストレスが溜まっているのだ。

いや、アルトのせいで、さらに溜まってしまった。


「なにがアデューよ!お前はナルシストかっ!婚約なんてするか、バーカバーカ!今度、会ったら塩撒いてやる!」


****** 幕間 ロンとフェイ会話


「フェイ、正直に話せ。」

「何が?」

「あの少年を連れてきた本当の意味だ。」


ここはヴィクトリア商会の地下。

さっきまで、クロームがロンと手合わせをしていたが今はロンとフェイの2人だけだ。

部屋のすみで壁に寄りかかって、自分達の武器の手入れをしている。


「だから、チョロチョロされるよりも俺達が監視をすれば安全でしょ。オレ達のことが国にバレれば、イーゼス様やおじょーがヤバいからね。」

「それもあるだろう。」


フェイの言っていることは理解できる。

一応セイント王国の貴族であるが、あくまでもヴィクトリア家は商人貴族。

商売から成り上がりで称号をもらった元平民である。

セイント王国の貴族は商人貴族は金持ちであるが領を守る軍事力つまり兵士の力が弱く、逆に騎士貴族は大金持ちはいないが兵士の力が強いと言うのが暗黙の了解。

つまり、ヴィクトリア領みたいに金持ちで軍事力が強いというのは、独立をするのではないかとか謀反を起こすのではないかと、疑惑をもらうのだ。

しかも、セイント王国の騎士ではなくバエイやロン、フェイといった国外の者。

ヴィクトリア領を陥れたい者に知れたら、他国に通じているとかの理由で追放など出来るのだ。

だから今までヴィクトリア家とは名乗らずやって来た。


「しかし、それだけの理由であれば関わらないようにすればいいはずだ。監視だって遠くからでも可能だろ。いくらサジタリアがお嬢様に好意をもっているからって・・・。」

「ねぇ、ロン。」

「なんだ。」

「討伐の時にいた女の子ってどう思う?」

「どうって・・・何とも思わないが。」

「オレは恐ろしいと思ったよ。」

「恐ろしいって・・・。」


フェイらしくない言い方だとロンは思った。

自分もそうだがフェイは普段相手に対して恐ろしいとは言わない。

強敵に出会ったりしても「大変だ。」「難しいねぇ。」「強そうだ。」と笑いながら言うだけだ。

それなのにフェイは「恐ろしい。」と言った。

しかも武人でもなく、ただの女の子(ヒロイン)にだ。


「私からしたら普通の女だと思うが、何が恐ろしいのだ?」

「力とかじゃなくて、あの女の言動が恐ろしい。」

「言動?」

「相手の為だと口にしても、自分の思う通りに相手を操る言動。一度はまったら何でもしてしまうような言葉づかい。オレは間近に会ってそう感じたよ。まぁ、あの坊っちゃんはおじょー大好きだけど、もし違っていたら、あの女の為に動かなくなるまで戦うと思うよ。」

「大袈裟ではないか?普通、たかが同じ生徒にそこまではしないだろう。」

「まぁ、少し大袈裟かもしれないけど、でも自分の直感が感じるんだ。こいつは危険だって。だから、1人でもおじょーの味方を増やしたいんだ。学園内だとオレ達はおじょーを守れないからね。」

「だったら尚更お嬢様に伝えるべきではないか?味方が増えて安心すると思うぞ。」


現状、もし学園内で何か起こったとしても対応出来るのは、イーゼスと学園で給仕として働いているセラだけだ。

対応出来ると言っても常にアメリアの傍にいる訳でもなく、イーゼスは監督生ととしての仕事があり、セラもアメリアからの命令で学園にいない時だってある。

ロンのいう通り、クロームのことをアメリアに報告すれば味方が増えて安心すると思うし、それにいざとなれば守ることだって出来る。

なのに、フェイはしなかったのか。


「ロンの言うことも分かるけど、そうしたらおじょーは無理をすると思う。」

「無理をする?」

「おじょーは優しいから、自分を犠牲にしてもオレ達や他のやつらを守ろうとする。あの坊っちゃんのことを話したって、負担になるだけ。だからおじょーには言わなかった。それだけッス。」

「・・・それが本当の意味なのか?」

「一応オレ、おじょーのお守りですからね。誰よりもおじょーのこと見てきたつもりッス

・・・それと坊っちゃんのこと嫌いじゃないんで。実力は認めてないけど、おじょーに対する思いだけは認めているからね。」

「それだけは私も思ったな。」

「でしょー!イーゼス様もあのドン引きの告白!面白いよね、あの坊っちゃん。」


それからフェイとずっとクロームの話で盛り上がってしまった。


****** 幕間 マリアside


私はマリア。

生まれは王都から離れた小さな田舎。

特産物や観光地みたいな場所がなく、本当にのどかな場所で母親と2人で生きてきた。


毎日、水汲みをして、掃除をして、洗濯をして平民の子供の生活をしていたの。

でも、私は普通の子供とはちょっと違っていた。

普通の子にはない力があった。


「マリアちゃん、大変そうだね。手伝ってあげよう。」

「マリアちゃん、これ食べて」

「マリアちゃん、これマリアちゃんに似合うと思って買ってきたんだ。どう?」

「ありがとー!!スッゴくうれしい!」


きっかけは、わからなかった。

これが普通のことだと思っていたし、モノなんて他の子もきっと両親からもらっていることなんだなと思っていたから。

でも、私が普通の子とは違うと意識したのは10歳ぐらいのころ。

ある日、私がいつものように井戸から水を運んでいると、村の女の子達が集まっておしゃべりをしている所を見かけた。


「えっー!スッゴくキレイ!」

「でしょ。これ、パパが王都で買ってきてくれたの。」

「王都まで?いいなぁー。」

「パパは何でも買ってくれるのー。」


女の子の1人が自慢げに見せている、キラキラとした赤い石ペンダント。

この村のアクセサリーといったら木彫りのモノしかないから、石のアクセサリーは持っているだけで自慢になる。

それに、あの子は村長の1人娘。

今持っているアクセサリーの他にも着ている洋服だって、他の子供とは違って明るくてキレイな服を着ている。


「今度、私も王都に連れてってくれるってパパが言ってたの。そしたら王都でドレスを買ってもらうの。」


(私もほしいな・・・。)


私だって年頃の女の子。

アクセサリーだってほしいし、キレイなドレスもほいし。

でも、この村にいれば願いは叶う事がない。

毎日毎日、家の手伝いばかり。

遊ぶことも出来ないし、お金もないから無駄な物をなんて買えない。

お母さんに頼んでも「無理よ。そんなお金はないのよ。」だと答えるだろう。

でも、どうしても欲しかった。

あの子が持っているペンダント。

同じ物ではなくて、もっと大きくてキレイな物を・・・。


(毎日、キレイな服を着てアクセサリーもつけたいなぁ・・・。)


私は毎日、願った。

朝、家を出るときは太陽に。

夜、眠る前には窓から見えるお星さまに。

毎日欠かさず願った。

『いつか願いが叶う日がくるのだろう』、そう信じて願っていた。


そして、私の願いが叶った。

ある日、偶然この村に来た領主様がわたしの顔を見て「養女にしたい。」といきなり言ってきた。

なんでも領主様は事故で一人娘を亡くして、悲しみのドン底にいたけど、偶然、立ち寄った村に娘とそっくりな私を見つけ、ぜひ養女に迎えたいとのことだった。

あまりにも唐突なことで、どう言っていいのかわからなかったけど、私は願いがかなったのだと思い、「養女になりたい。」とその場で答えた。

それから私は幸せだった。

毎日、キレイなお洋服を着て1日のんびり過ごしていた。

朝早く起きて水を運ばなくていい。

代わりにメイドがやってくれるから。

洗濯だって、掃除だって代わりにやってくれる。

料理だってやらなくてもいい。

だって専属の料理人がいるから。

毎日、高級食材を使った料理が出てきて、とても美味しかった。


(わたしってスゴい?もしかしたら願えば、なんでも叶えてくれるのかしら?)


そう思った時、今までの事が普通ではないと思うようになった。

水を溢してしまった時、必ず大人が来て代わりに水を汲んできてくれた事もあった。

村の子供達と森に行った時、野生の動物に襲われも大きな怪我なんてしたこともない。

お腹が空いた時には、お菓子などをもらっていた。

なぜ、自分がこんなにも幸運なのか。

一度だけお義父様に聞いてみた。


『それは、マリアがとても皆から愛されているからだよ。』


その言葉に、ストンと何かが収まった感じがした。

みんなが助けてくれるのは、自分が1番愛されているから。

みんなが物をくれるのは、みんなに愛されているから。

そして、願いを叶えてくれるのは、世界に愛されているから。


(そうよ、きっとそうよ。私は、みんな・・・いや、世界に愛された子供なの。)


******幕間 マリアside 2

「マリア。最近どうだい?楽しく過ごしているのか?」

「はい、お義父様。毎日が楽しいです。」

「それは、良かった。」

「でも、ちょっと勉強が難しくて・・・。ごめんなさい、わがまま言って・・」

「そんなことはないよ。マリアは私の娘なのだから、どんどん話てくれると嬉しいよ。」

「本当!ありがとう、お義父様。」


お義父様の養女になって数年。

マリアは今年で16才になりました。

名前も只のマリアから、お義父様の姓であるボルソをつけて、マリア・ボルソと名乗っている。

でも、まだ家名をなのる事が慣れていなくて、名前を聞かれても「マリアと言います。」と、つい言ってしまう事が多い。

本来であれば、家名を名乗らない者は相手に対して失礼だと思われても仕方がないのだが、マリアを溺愛しているマロッチェオは指摘などはしなかった。


「やはり女の子っていうのはいいよね。可愛いし、花がある。我がボルソ家は騎士貴族だから男が多くて、むさ苦しいと思っていた事もあったのだよ。」

「そんな・・・可愛いだなんて・・。」

「はっはっはっ。」


ボルソ家はセイント王国の中で、騎士貴族に分類される貴族で、昔は数多くの騎士を出したりして、その中には将軍までなった人までいるとお義父様から聞いたけど、今は一般兵士で止まっていて、戦で大きな手柄もたてられず、過去の永劫となってしまった。

今現在のボルソ家は、領地に小麦、じゃがいも等のいも類などを主に生産しており、それで生計を立てている。

一応、海に面してはいる土地なのだが崖が多く、港として使うことが出来ない。

鉱山とかの山もないので、簡単に言ってしまえば、広大な平野だと思った方がいい。


「これで、ヴィクトリア領に勝ればいいのだけどね・・・。」

「ヴィクトリア領??」

「あぁ、すまないマリア。不安にさせてしまったか・・・。」

「いえ、大丈夫です。そのヴィクトリア領って確か隣の領地ですよね・・・。」

「よく知っていたね。」

「はい。以前、家庭教師のリータ先生が話していました。」


ヴィクトリア領

セイント王国の中でも、貿易が盛んな領地だと聞いている。

盛んだと言っても、セイント王国一を誇るブライト商会よりは有名ではないが、ちょっとは名の知れた商人貴族だ。

実は言うとボルソ家の当主 マロッチェオ・ボルソと隣のアメリア達の父は年が近く、昔から仲は良くない。

というよりは、マロッチェオ自身が気に入らないだけなのだ。

それもそうだろう。

多くの英雄を出したボルソ家は今や過去の産物。

ボルソ家に代々伝わる剣術だって形だけで、実戦で通じるかどうか・・。

領の名誉を上げようと、数年前に出陣をしたが同盟国の裏切りによって、逃げるのに精一杯。活躍が出来ずに終わった。

これはボルソ家だけではなく、多くの騎士貴族が苦汁をなめさせられた。


だか、隣のヴィクトリア領は違う。

商人貴族のクセにボルソ家より有名なヴィクトリア家。

王都でボルソ領の話をしても「ボルソ領?あぁ、ヴィクトリア領のとなりにある」としか認識はないのだ。

しまいには騎士貴族であることさえ忘れ去られる。


「・・・ヴィクトリア領は本当に羨ましいよ。山も海もあって貿易だって盛んだ。我が領になればいいのに・・・。」

「お義父様、何か言った?」

「すまない、マリア。ただのひとり言だよ。」


マリアは何も言えなかった。

これ以上、何を言ってもはぐらかされてしまいそうだから。

領地のことは正直に言ってわからない。

わからないけど、お義父様がつらいのは分かる。

この国が大変だということもわかる。


(何か私が出来ることをしなきゃ・・・)


お義父様の為に。

領民の為に。

この国の為に。


(私がこの国を、セイント王国を救うんだ。)


マリアは持っていたナイフとフォークをキュッと握りしめた。

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お嬢様は軍師様! 葉月 飛鳥 @asukajidai

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