第47話 シーフ

 ガチャリと扉が開く音がして、わたしはすぐにそちらを見た。

 ──ラムズが帰ってきた!

 ベッドに座っていたわたしは、勢いよく立ち上がる。つかつかと彼の方に歩み寄ると、ラムズに文句を言った。


「もう! ずっと暇だったんだから。鍵までかけなくてもいいじゃない」


 ラムズは、わたしが寝ているあいだに宿の部屋を出ていったようなのだ。机の上に置いてあった手紙を、ピラピラとラムズの前で振った。


…………………………


 メアリ


 用があるから出かける。あんたは一人で外に出るな。人魚だと知られているかもしれないからな。部屋には鍵をかけて、魔法で内側からも開かないようにしたから出られない。

 俺が帰ってくるまで部屋で待ってろ。



 ラムズ・シャーク

 

…………………………


 心配してもらえるのは嬉しいけど、起きてからずっと部屋にいるっていうのは本当に暇だった。やることもなかったしね。


「その手紙がどうかしたか?」

「だって……ずっと外に出られないし、暇だったのよ」

「書いた通りだ。危険だから出るなと言ったんだ。でもメアリのことだから、勝手に出て行きそうだしな。だから魔法をかけておいた」


 わたしはむうっと唇を尖らせた。

 ラムズの言いたいことも分かるけど、分かるけど! せっかくアゴールに来たから、一応街の様子なんかを見てみたかったのにな。もう夕方になっちゃってる。


「メアリが外に出たいなら、今から行くか?」

「え、いいの?」

「ああ」


 わたしは大きく頷くと、荷物の用意をした。服は彼が帰ってくる前に一応着替えておいたのだ。

 ラムズは少し疲れている顔をしているけど、わたしの準備が終わるのを待ってくれている。意外と優しいのかな? ラムズって。




 ◆◆◆




 わたしはラムズに連れられて、アゴールの色々な店を回った。どちらかというと、彼の買い物に付き合わされた感じだったけどね

(と言っても、そんなには買っていなかったわ。やっぱり宝石を探しているみたいだった。りないわね、ほんと)。


 もちろんこれも、露店じゃなくて入口がある室内の店だ。売っているのは高価な物だし、わたしが買える物がないから露店にしようって言ったのに、ラムズが「露店があるような通りに行きたくない」と聞かなかったのだ。

 たしかに、露店の多い通りは浮浪者や変な人も多いから仕方ないのかな。わたしたちが回った店は、どこもかしこも貴族らしき人とか、少なくともお金持ちそうな人ばかりがお客さんだった。


 わたしは自分で買えないから、ただなんとなく商品を見ているだけ。でもそうしたらラムズが何度も「欲しいものはないか?」と聞いてきて、結局貝殻に真珠が載っているようなデザインのピアスを買ってくれた。

 そのあと、わたしたちはメルケルさんの店で服を受け取った。ラムズは「まだそれがあるからいいか」と言って、服は彼が預かることになった。値段がかなり高かったから、わたしからしたらその方が有難い。だって盗まれたら大変でしょ? ラムズの方がそういう管理はしっかりしていそうだもの。



 日も落ちて、辺りは暗くなっていた。街灯は気持ちばかり道を照らしているけど、さほど明るいわけじゃない。それでも、暗い中にぼうっと灯る黄色い光は、どこか優しい感じがして安心できる。まだ時間は早いから人並みが少ないってほどでもない。でも、帰路に着く人は多いみたいだ

(みんな荷物を抱えてせこせこ歩いているからね。帰り道かなぁって感じたのよ)。


 わたしは横で歩くラムズに話しかける。


「ねえラムズ、レオンたちの宿に行きたいんだけど」

「なぜ?」

「んー。なんとなく? どこに泊まっているのかなって。あと話したいこともあるの」

「分かった。レオンたちの宿屋は……」


 ラムズは視線を上に向けて、考える素振りをする。ぴたと立ち止まると、今来た道を引き返した。


「まあ、あそこならいいか。こっちだ」

「『いいか』って?」

「俺たちが泊まっているところには劣るが、酷く治安が悪いというほどではない」

「ふうん、そっか。そんなに治安が気になるの?」

「宝石を盗まれることが多いからな。危険は回避しておくんだ」

「それならつけなきゃいいのに……」


 わたしはボソっと呟いたが、ラムズに聞かれていたみたいだ。ギロリと睨まれる。わたしは肩をすくめて、見なかったことにした。


「俺は宝石に囲まれていると安心するんだ」

「変なの。まぁ見てれば分かるけど」


 ラムズはまたわたしの方を見たけど、すぐに視線を逸らした。興味を失ったみたいで、また前を見据える。盗まれるのを警戒しているのかな?


 『13人と依授いじゅ』に行く道とは違って、街灯が少ない。店構えも古そうなものや木造のものが多くなり、段々と歩く人の身なりが汚くなっていた。ラムズの格好はここではかなり浮いている。街歩く人にじろりと見られることもしばしばだ。

 ラムズはあまりその目は気にしていないようだったけど、かなり眼光を鋭くさせて歩いていた(相当警戒しているみたいね)。



 ある角を曲がったところで、わたしは誰かと肩がぶつかった。わたしは小さく「すみません」と謝ると、その男が顔を上げ、わたしたちのほうへニコニコと笑いかけた。


「すんません。お聞きしたいことがあるんすが、ちょいといいっすかな」

「何かしら? 道ならあまり詳しくないけど……」

「なあに、思ったことを答えてくれたらいいんだ。そこのお兄さんもよかったら頼みまっせ。さて、背の低い人は背の高い人を追い越すことができない。それはなぜでしょう?」


 彼は緑色の帽子をかぶり、無精髭が生えている。背はラムズほど高くなく、顔つきは印象に残りにくい。そんな特徴のない顔を、その男はぐしゃりと歪ませて笑う。手袋を付けた手を、身体の前で揉みほぐすようにして握っている。


 奇妙な質問だけど、背が高いなら足が長いんだし、追いつかないのは普通なんじゃない? わたしはそう思って、彼に答えることにする。


「背が高いなら」

「黙れ」


 ラムズはわたしの唇にてのひらを当てて、口を塞いだ。どうして答えを言わせてくれないの?

 わたしは彼の手を剥がして、きっと睨んだ。


「いきなり何よ」

「あんたは答えるな。答えは“時計だから”。お前の名前は【Tempsテンプス】だ」


 ラムズがそう言った瞬間、男はきびすを返して一目散に逃げようとした。ラムズは魔法で、手からツタを出して彼のことを捕まえる。そのツタを手前に引き寄せると、男は地面の上を引きずられるようにして、わたしたちの前まできた。

 男の身体は腕ごとツタでぐるぐる巻きにされていて、全く身動きが取れない。ラムズは彼の手から手袋を取った。


 ──爪がない。



「やはりそうか。スワト会の者だな」


 男は頷く素振りすら見せない。ただラムズのことを下から睨みつけているだけだ。

 ラムズは彼に電撃を伝わせた。死なない程度のやつ。白銀の電撃が男を囲み、ビリビリと音を立てた。彼の身体がびくんと波打つ。

 男は瞳に涙を貯めて、コクコクと頷いた

(意外と忠誠心がないみたいね。簡単に身分を明かしてしまうなんて。海賊だったらあの程度の拷問、絶対耐えられるわ)。


 ラムズはそれを確認したあと、もっと強い電撃を彼に流したみたいだ。男の身体が一瞬眩しく光ったかと思うと、彼は白目をいて死んだ。身体に巻きついていたツタは、焦げて灰になっている

(分かってる。わたしも何が起こったのか分からないから、ちゃんと今から聞くわよ)。



「えっと、その……。何が起こったの?」

Tempsテンプスが死んだ」

「それは見れば分かるわよ、さすがに。彼は誰なの? どうして殺したの?」


 ラムズはやれやれという風に、大きく溜息をついた。


「レオンの宿についたら、二人まとめて教えてやる。どうせあいつも知らないだろうしな。それにしても、なぜスワトはこんなに化系トランシィ殊人シューマを見つけることができる? シーフなんてかなり見た目の分かりづらい化系トランシィ殊人シューマのはずだ……」


 ラムズはそう独り言を言っている。なんだか思うところがあるみたいね。

 

 彼は化系トランシィ殊人だったんだ。シールだっけ(間違えた、ごめん)。ラムズがわざわざ殺すってことは、けっこう危ない化系殊人なのかな?

 そういう意味では、ルテミスはさほどでもないわね。力は強いけど、好んで犯罪に手を染めたり無作為に人を殺したりってほどじゃないから。殺すのは好きみたいだけど


(わたしはあと、ワーウルフ 狼人間 っていう化系トランシィ殊人シューマを知っているわ。彼らは満月の夜にロコルウルフィードという魔物に変わるの。その間は理性がなくなり凶暴になる。

 満月の夜以外は自分の意思でロコルウルフィードに変身できるんだって。ロコルウルフィードは討伐レベルC+ランクで、かなり珍しい魔物。だからロコルウルフィードに変身して戦えるワーウルフは強いと思うわ。

 ワーウルフの神力は、ロコルウルフィードに変身できること、黒と灰色の混じったような髪の毛、赤黒い色の細い瞳ね)。




 それから、わたしたちはようやくレオンたちがいる宿に着いた。宿は木造で、けっこう古そうな見た目だ。でも建物の周りはわりと綺麗にしているみたい。落書きとか、木材が剥がれているところはない。


 近づくと、扉に看板がかけられていた。

 赤いインクで人の形が描いてあって、それが大きな丸で囲んである。『ルテミスは歓迎』ってことかしら。

 ルテミスは差別されていて、かなり凶暴だって誤解している人もいる。だから、宿も受け入れてくれない所が多い。でもレオンたちが使っている宿は大丈夫みたいね。



 ラムズが宿に入り、わたしもその後ろを行く。

 宿に入ると、まず酒の強い匂いがぷうんとしてきた。食べ物の匂いも。あとはガヤガヤと話し声が聞こえる。大声で笑っている人もいるせいか、けっこううるさい。

 店の女将らしい人が厨房から出てくる。ラムズやわたしの格好を見て顔をしかめる。


「貴族の船長さんかい? こんな宿屋に何の用だい。船長さんが満足するようなもの、こんなところにはないよ」


 メルケルさんや『13人と依授』の店員さんは丁寧な物言いだったけど、ここの女将さんはそれには程遠い。たぶん丁寧な言い回しってものを知らないんだと思うわ。わたしもそんなに詳しいわけじゃないけど

(文字も含めて、この辺は勉強したの。そういえばお金を使ったものといえば本だったかもしれないわね。本は高かったけど、文字を読み書きできるようにしたかったのよ。だって人間の中で、文字を使えることはそれだけで一目置かれるらしいから。


 シャーク海賊団の掟も読めない人が多いらしいわ。そういうときはロミューが読み上げてあげるんだって。ロミューもジウも、ラムズも文字は読み書きできるわね。どうしてだろう?

 エルフのノアが読めるのは当たり前ね。だってエルフだもの。アイロスさんも勉強したんだって言われたら納得できる。魔導の本なんかも読めるようにしないといけないと思うしね。

 レオンは……何でだろう。しかも異世界から来ているらしいのにね。彼の世界と、言葉や文字が同じなのかな)。



 ラムズは怪訝そうに見つめる女将さんに、手を振って答えた。


「泊まるつもりはない。知り合いに会いに来ただけだ」

「あぁ、そうなの。じゃあ勝手にしな。どうか問題は起こさないでおくれ」


 女将さんはそれだけ言うと、厨房に戻っていく。ラムズは宿の中を見渡した。

 宿には丸い木の机が五つくらい並べてあって、その周りに椅子が三つずつある。でも座るには狭そうだ。そもそも宿自体が『13人と依授』に比べて相当狭い

(わたしが今まで泊まっていたのは、これくらいの狭さの宿だったけどね)。


 エールなどを飲んでいる人達がいて、大きな声で談笑している。わたしたちが来た時に一度はこちらを見たけど、すぐに興味を失ったようだった。


 あ、奥の方にレオンがいるわ。隣にいるのはエディみたいね。彼も一緒の宿だったのかな。

 ラムズもレオンを見つけたようで、そちらへ向かって歩く。わたしも彼のあとを追いかけた。

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