第36話 誤解と差別
[メアリ視点]
移乗戦で荒れたガーネット号の船内を、わたしは他の船員と片付けていた。しばらくしてラムズたちが戻ってくる。何をしていたのかは見てないけど、恐らく船長の処刑なんかでしょうね。シャーク海賊団とことを構えるなんて、敵船の船長は能無しもいいところ
(そういえばガーネット号の前に乗っていた船──オパール号だっけ。あそこの船長も殺されたんだろうな。変なプライドなんて捨てればよかったのに)。
移乗戦のとき、わたしはガーネット号で戦っていた。敵が多過ぎてみんなの様子は見れなかったけど、ガーネット号の死人はいなかったみたいだ。それに、魔導師のアイロスさんやエルフのノアが魔法で治療をしたお陰で、負傷者も0になった。
ちなみにアイロスさんは、敵船の酷い怪我をしている者たちにも治療をして回っていた。もちろん完全にじゃなくて、死なない程度までの治療だけどね。人間って敵には容赦ないイメージもあったけど、こういう人もいるのね。
「メアリ、レオンを連れてこい」
近くに立っていたラムズが、わたしにそう声をかけた。自分で探しに行けばいいのにね? でもなんだか疲れている顔をしているし、仕方ないから命令に従う。
甲板でレオンがウロウロしていたのを見つけて、わたしは声をかける。
「レオン、ラムズが呼んでいるわ」
「え? 分かった。なんでだろう。俺何かしたかな……」
「一緒に行きましょ」
「おう。ありがとう」
わたしはレオンを連れてラムズの方へ戻った。ラムズは船長室の前に立っているわけだけど、そのラムズの近くに先ほど頂戴した積荷が置いてある。
ラムズはその積荷を指差して、レオンに言った。
「お前は時間の経過を止める魔法が使えるらしいな」
「おう……」
「この積荷にその魔法をかけて欲しいんだ。だが、少し待ってくれ」
レオンは断る素振りは見せなかったけど、ラムズはとりあえず彼を制した。そっか、レオンの収益に関して票でも取るのかな。
ラムズは船内に向かって話しかけた
(分かってる。こういう時は「叫んだ」って言うべきよね。でも叫んではいなかったのよ、本当に。話しかけただけだったの。それなのに船員の耳に届くんだから変よね。これってヴァンピールの力なのかな? あ、ラムズにそのこと聞くの忘れてた!)
「聞け。これから決を採る」
ラムズの声で、はっとして全員が動きを止めた。仕事をやめて、彼の声に耳を傾けている。船倉にいたらしい船員も、ハッチから甲板に出てきた。
「まずはアイロスの爺さんについてだ。彼は戦闘には出ていないが、代わりに回復役として働いてくれた。アイロスの収益は他の者と同じでいいか。同じでいい者は手を挙げろ」
乗組員のほとんどの者が手を挙げた
(今は移乗戦をしたばっかりだから、船倉で寝ている船員はいないわ。つまり乗組員全員が決を採るのに参加できてる。ラムズから距離が遠い船員もいたけど、みんな声が聞こえているみたいだった)。
そりゃそうよね。怪我が綺麗さっぱり治ったんだもの。致命傷だった人は助かっているし、アイロスさんは十分貢献してくれていると思うわ。
「よし。アイロスには同じ分の収益を渡す。その代わり負傷者手当は出さない。治っているからいいな。次だ。このレオンという男も戦闘に出なかったが、これから積荷に魔法をかけてもらう。彼の神力の魔法だと、食料が腐らなくなるんだ」
ここで、船内がガヤガヤと騒ぎ始めた。レオンの魔法について考えているみたいだ。
わたしも今の話には驚いた。どうして時間経過停止魔法が、食べ物を腐らせないことになるんだろう。
──あれ、分かったわ。簡単なことじゃない。時間を停止させるんだもんね、当たり前だわ。
それにしても、こんな魔法は聞いたことがない。人間の魔導師、エルフでも使えないはず。レオンの魔法はかなり重宝されるわね。食料が時間による腐敗を起こさなくなるなんて、こんなに画期的なことある?
ラムズがまた口を開こうとすると、船内が静まった
(ほんとにこれ何が起こってるの? 今度ラムズに聞いてみよっと)。
「そこで、レオンも全員と同じ収益でいいか聞きたい。それでいい者は手を挙げろ」
今度も、過半数の人が手を挙げた。わたしも賛成。
魔法をかけてもらえるってことは、これからはひもじい思いをしなくて済むってことね。なんて素晴らしいのかしら。ちゃんと分量を守って食べれば、今回頂戴した分だけでもわりと
「レオンにも同じ分の収益を渡す。これ以降の異論は認めない。以上だ」
ラムズが話し終わると、また船内は騒がしくなる。それぞれが仕事を再開したようだ。
レオンは今の船内の様子を、変な物を見るような目付きで眺めていた。そんなにおかしなことだったかしら?
「今、何してたんだ?」
「決を採っていたのよ。レオンたちのことに関して。聞いていたでしょ?」
「そうだけど……。海賊なのに、多数決を取るのか? なんていうか、違和感っていうかさ」
「そうね、海賊だからこそよ」
「海賊だからこそ?」
うーん、上手い言葉が見つからない。
「そうね、なんて言えばいいのかしら」
「あいつらは理不尽な給料や商売、生活に飽き飽きして海賊になったんだ。それに、おなじ海賊団の中で争いを起こしてどうする」
話を聞いていたラムズが、そう会話に入ってきた。
レオンはラムズに言われたことを考えている。またわたしたちの世界のことで、分からないことができたのかな?
レオンは顔を上げて、返事をした。
「たしかに、多数決を取るのが平和的解決なのは分かる。むしろ俺の世界ではそういう方法をよく使っている。でも、荒くれ者の海賊がそんなことをしているイメージがなくてさ……」
「メアリが言ったように、『海賊だから』だ。同じ船内での盗難を許さないのも、無能な船長を殺すのも、平等に収益を分けるのも、海賊だからだ。真面目に働いても金が手に入らない、理不尽な扱いを受ける──それが嫌で海賊になっているのに、また同じように理不尽な目に合うのはおかしくないか?」
「たしかに、そっか」
「海賊が他のあり方を真似していては意味がない」
人間の国では王様っていう一番偉い人がいて、その人が色々な命令を出すらしい。あとは商売仕事なんかでも、上の立場の者の言うことが絶対なんだとか。あんまり詳しいことは分からないんだけどね。
でも、それをそのまま真似していたら意味がないって、ラムズは言ったのね。たしかにわたしもそう思うかも。ラムズって意外と賢いのね。
──それに、なんていうかちょっと親切? わざわざこんなことをレオンに教えてあげるなんて。宝石以外に興味ははいはずなのに、たまに船員に優しいのはなんなんだろう。
「他の船でもそうなのか?」
「決を採るかまでは知らないが、無能な船長は追放されるな。平等な収益ってのもよくある話だ。俺だって、他の船員に認められなかったら船を降りなきゃならない。そうなっていないのが今も不思議だがな」
レオンは苦笑した。
ラムズはこう言っているけど、彼は意外と船員に好かれていると思う。ルテミスたちはかなり慕っているし、信頼しているんじゃないかな。新しく入ってきたロゼリィとヴァニラは、元々ラムズの知り合いだしね。なんでラムズが好かれているのか、わたしにはよく分からない。彼らには、わたしには見せていない部分があるのかしら。いつも船長室にいるような気がしていたけど、わたしがちゃんと彼を知らないだけ?
この前船で降ろされた人間たちだけど、聞いた話によると途中から入ってきた者が多いみたい。逆にルテミスは、ラムズが船長になった時からずっと一緒に航海している人が多い。
あと、ラムズはいきなり船長になったらしい
(普通は、ただの船員として経験を積んで、色々な人の信頼を得て船長になるものよ。だから若い船長自体が凄く珍しいの。
あぁ、ラムズの年齢ね、18くらいには見えるけど、雰囲気的にはもう少し大人びている感じはするわね)。
ラムズは置いてある積荷を指して、レオンに話しかける。積荷は木箱に入っていて、それが10個もある。
「じゃあレオン、ここに魔法をかけてくれ」
頼られて嬉しいのか、レオンは「オーケー」と言って明るく詠唱を唱える。
「【時よ、
──
ラムズは積荷をじっと見た。
「んー、全部にかかってないな」
「え? 俺全部に向かって魔法をかけたよ?」
「威力、というか範囲が小さすぎるんだ。魔法の練習をした方がいい。今はとりあえず、少しずつかけていけ」
「分かった。
【時よ、
──
「待て」
ラムズは怪訝そうな顔でレオンを止める。レオンは顔を上げて首を傾げた。なぜ止められたか分かっていないみたい。ラムズが言う。
「お前、永遠に呪文と名称を唱え続けるつもりか?」
「え? 何が?」
「知らないのか。とにかく、後ろの言葉だけ言え。それでかかるから」
「後ろって──あぁ」
レオンは眉を
「【
「ああ。まだ魔力切れは起こしてないか」
「起こすとどうなんの?」
「少し身体が重たくなる」
「なんだ、それくらいか」
「ああ」
ラムズは肩を
レオンはまだ何か言いたそうにその場に留まっている。なんだか見つめられてるわ。わたしは彼に声をかけた。
「どうかしたの?」
「あのさ、メアリって人魚なんだよな」
レオンは少しだけ声を小さくして答えた。気を使ってくれているみたい。
「ここの船の人はみんな知っているから大丈夫よ。人魚だけど、それがどうかした?」
「あーえっと。人魚って初めて見るからさ。いやエルフもそうなんだけど……。色々知りたくて。歌とか歌ったりするんだろ?」
わたしはぎょっとしてレオンを見た。まさか異世界からやってきたレオンにまで誤解されているなんて。人魚が歌を歌うイメージって、そんなに強い?
「あのね、みんなに誤解されているんだけど、人魚は歌は歌わないわ」
「え? 歌で船を沈没させるーみたいな話聞いたことあるけど」
「そんなことできないわ。そりゃ口があるから歌うことはできるけど、歌による能力なんてないわよ」
「メアリ。お前さん、この前の嵐で歌っていただろ?」
ポンポンと頭を叩かれたと思ったら、ロミューがそばに来ていた。ロミューは背が高いから、わたしの頭の位置がちょうどいいのかな。だってまさにそんな感じで叩いてきたもの。
「歌ってたのか?! やっぱり人魚は」
「違うってば! あれは全然関係ない力なの! 他の人魚は持っていないわ。あの力は
「お前さんも依授されているのか? しかも人魚で?」
「ええ、まぁ。珍しいわよね。わたしもなんでこんな力を手に入れたのか、分からないの」
わたしも、人間以外の使族で依授された者なんて聞いたことがなかった。
そういえば『人魚の呪い』でも、別に彼女が
(わたしの前に、同じく神様に呪いをかけられた人魚がいたらしいの。人間に恋をしたから、神様の呪いで下半身だけ人間になったのよ。逆に、この『人魚の呪い』の伝説を知っていたから、わたしも自分がそうだと気付いたってわけ)。
呪いを受けたのは同じなのに、どうしてわたしだけ依授されたんだろう。しかもよりによって、誤解が広がるようなこんな力。
「人間以外の使族が
「かなり珍しいなあ。ほとんどないと思っていい。俺はこれまで生きてきて、一度も聞いたことがない」
ロミューもやっぱり聞いたことがないみたいだ。本当どうしたんだろう。わたし何か神様を怒らせたりしたのかなあ。『人魚の呪い』は依授とは関係ないわけだし……。
レオンがまた口を開く。
「なあ、
「わたしはたぶん夜中に依授されたと思うんだけど、次の日になって歌で生物を操ることができるって、なんとなく思ったのよ。そんな力があるってね。試しに海の中の魚系の魔物を一匹操ってみたら、本当にできたって感じ」
「ほう、なるほど。俺とは少し違うな。力の感覚がおかしかったこと、自分の髪の色が変わったことを見て、俺は
ルテミスは髪や瞳の色も変わるから分かりやすいわよね。
わたしの場合は見た目は何も変わってない。使ったあと指先が少し痛くなるけど……
(わたしは人間じゃないから、
わたしはとりあえず話を戻した。
「人魚が歌で嵐や人を操ることができるって誤解されているせいで、わたしたちは嫌われているの」
「俺も人魚は歌で操ることができると思っていたぞ」
「誤解されているなら、その誤解を解かないのか?」
最後のはレオンだ。誤解を解くと言ったって、どうせ信じてもらえないし、ずっと昔からの誤解なんだからもうどうしようもないわよね。
「解けるものなら解きたいけど、どうやって誤解を解くの?」
「みんなに伝えればいいだろ? 実際ロミューだって知らなかったんだし、まずはこのガーネット号の船員に教えにいけよ」
「そんなことをして、意味があるの? この船の船員が分かったところで、人間全体の誤解が解けるわけないじゃない」
「そりゃそうかもしれないけどさ! そのせいで人魚は狙われているんだろ? 本物の人魚は海から出られないから誤解を解くことはできないんだし、メアリがやらなくてどうするんだ?!」
他人のことだし、自分とは違う使族のことで、しかもこの前出会ったばかりのわたしのために、レオンはどうしてここまで本気になっているんだろう?
差別されるのなんてずっと昔からだったし、それを変えようなんて思いも寄らなかった。
レオンはまた強い口調で、わたしたちに話す。
「ロミューも伝えてくれよ。かん……
「おう。でも本当にそんなことをして意味があるのか? まぁとりあえず、俺も仕事に行かないといけないし、その時に伝えておくよ」
背を向けようとしたロミューに、レオンが声をかけた。
「あ、待って。ちゃんとはっきりさせておこうぜ。メアリ、人魚の本当の力はなんだ?」
「えっとー、波を動かすことかな。あとは他の人魚と協力すれば、嵐を
「嵐を鎮めることはできるけど、嵐は起こせないのか?」
「ええ、それは無理なの。嵐を起こしているのはあくまで水の神ポシーファルよ。これも、人魚も関わっているって誤解されているの」
そこでレオンは、腕を組んで顔を顰めた。疑念を持った声で言う。
「なんかさ、そう考えると人魚ってむしろ人間に恩恵を与えてくれる側じゃないか? 嵐を鎮めるなんて、人間にとっては嬉しいことなはずだろ」
「たしかに……。それがまるで逆になっているなんて。こういう誤解って多いのかな」
「どうなんだろうな。えっと、じゃあ『人魚は波を操るくらいならできるけど、嵐を起こすことはできない。むしろ嵐を鎮めてくれる存在。そして歌で他の生き物を操る力もない』。これで広めよう。それぞれの船員にも、そう広めてほしいって伝えるんだ」
「わかった。とりあえずそう伝えてくるよ」
ロミューは少し苦笑いをしながら、頭を
わたしは顔を綻ばせているレオンに、もう一度聞いてみることにした。
「どうしてこんなことするの? さっきも言ったけど、ガーネット号の20人くらいの誤解を解いたって……」
「たしかに少しじゃ変わらない。だけど、何もしないよりマシだろ? それにその20人の内の半分でも他の人に伝えてくれたら、もっと誤解する人は減る」
「そりゃそうかもしれないけど……」
曖昧な返事に、むしろレオンは語調を強めて言った。彼の金の瞳が強く瞬く。
「俺は嫌なんだ。不当な差別が存在することが。俺の世界でもこういうのが昔にあったらしい。今も少しあるけど。肌の色が違うだけで、よく分からない差別をされたんだ」
「肌の色? たったそれだけ?」
「そうだ。だからこそ、その差別は全然減らなかった。でも人魚は違う。明確な理由があって差別されているんだろ。そうしたらその理由を壊せばいい。実際にも違うんだし、『違う』って伝えなきゃ」
「あんまり意味ないと思うけど……」
レオンはわたしにではなく、自分に言い聞かせるようにして語った。
「メアリが意味がないと思っても、俺はやる。なんだかやらないといけない気がするんだ」
レオンは、この世界で生きる目的を見つけたみたいだった。分からないけど、最初に会ってオドオドとしていた雰囲気がなくなった。
彼の話を聞いていると、なんとなくわたしも一緒に頑張りたくなってきた。わたしの使族のことだしね。
もしも本当に誤解がなくなったら、人魚狩りなんてのもなくなるかもしれない。もしかしたら『人魚の呪い』も消えたり……しないかな。
人間に恋をするだけで、下半身が人間のようになってしまうなんて、こんなに酷いことはないわ。わたしは人間のことが嫌いなわけじゃない。でも、人間の足は絶対に嫌だ。もちろん他のどんな足だって嫌。
──それは、わたしが人魚だから。
人間になりたいなんて思ったことは一度もない。わたしがサフィアに恋をした時も、一緒に街を歩きたいとは思わなかった。ただ海辺で会って話をするだけで、よかったの
(結婚ね……。それだけならしてもいいんじゃない? 子供を産むのは無理だと思うわ。人魚と人間じゃその方法が違うみたいなの。人魚の方法は……って何言わせるのよ!)。
「よく分からないけど、自分と違う使族のことなのにありがとう。わたしも一緒にやるわ」
「おう! 俺は人間だから、他の人間にもこの話が受け入れられやすいと思うんだ。すぐには無理だけど、きっといつか誤解は消えるよ」
レオンはそう言うと、「よろしくな」と言って手を差し出してきた。握手かな?
わたしが彼の手を握ったあと、レオンはにかっと笑って向こうへ駆けていった。握手なんていつぶりにしたんだろう。
なんとなく辺りを見渡すと、ラムズと目が合った。いつの間にか船長室の外に出ていたみたいだ。
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