第33話 襲撃

 レオンに船の仕事を教えたり、カトラスの練習に付き合ったりしていると、けっこう時間が経ってしまっていた。


 船はかなり沖の方まで進んでいる。ピラタ海峡はもう通り過ぎて

(海峡は陸地からの風が酷くて、船を操るのが大変なの。特にピラタ海峡はかなり狭く、岩場スレスレを通らないといけない。座礁ざしょうすることもよくあるらしいわ。でもそこをかなり上手に通り抜けたジウは、相当器用な操舵手ね。ラムズも的確に指示を出していたし、魔法で手助けをしていたけどね)、

タラタ海を進んでいるところだ。フェアリーに会いにいくから、目指すは南大陸だ。



 ちょうど手が空いたので、わたしはとうとうラムズの正体を暴きに行く決心を固めた。


 初めに会った時から変な雰囲気だとは思っていたけど、ヴァンピー吸血鬼ルか。血を飲む以外にはどんな特徴を持っているんだろう。


 あのあと少しアイロスさんに聞いたけど、ヴァンピールには眷属けんぞくがいるらしい。人間だけが、ヴァンピールの眷属になることができるんだって。人間が自分の血を抜いて、ヴァンピールの血を飲むと、そのヴァンピールの眷属になるらしい。

 眷属だからあくまで人間ではあるんだけど、ヴァンピールの一部の特徴が現れるようになるとか。太陽が苦手、血を飲む必要がある、眷属になってから容姿が変わらない、この辺の特徴を貰うらしいわ。だから、永遠に若い姿でいたい人間がヴァンピールの眷属になりたがるんだって。

 ラムズはどっちなんだろう。

 

 ヴァンピールのラムズが太陽の下で歩けるのは、例の魔道具を使っているからよね。これも人間が作ったのかしら?

(魔道具の多くは人間が作ったものよ。魔法と魔石を使って生活に便利なものを作ってくれる。例えばペンとか、魔導剣とか、ドアにかけた罠の魔法もそう。あれを最初に使ったのは人間なの。

 ギルド証っていう薄い石版があるんだけど、これも人間が発明したらしい。登録した本人が触れると、身分を示す文字が浮かび上がるのよ。原理を聞いたらなんとなく分かったけど、思いつくって所が凄いわ。この辺は尊敬しちゃう)



 船尾楼甲板せんびろうかんぱんで、ラムズは双眼鏡

(これも魔道具よ。でも原理を聞いても理解できなかった、難しすぎて!)

を使って地平線の向こうを見ている。船が浮かんでいるのがなんとなく分かった。


「あの船を襲う。海賊旗ジョリー・ロジャーの準備をしろ。500メトルまで近付いたら旗を上げる」

「伝えてくるわ」



 わたしは途中まで上っていた階段を降りて、メインマスト近くにいる船員に声をかけた

(旗がどこにあるか、わたしは知らないの)。


海賊旗ジョリー・ロジャーの準備をして」

「俺が行くよ」


 後ろから返事をしたのはエディス・パールだ。何度か話をしたルテミス。爽やかぶりは変わってない。彼は駆けて、倉庫へ旗を取りに行く。

 


「これだね」


 戻ってきたエディが、海賊旗ジョリー・ロジャーを広げてみせる。

 旗は真っ黒で、白い骸骨が描かれている。ここらへんは他の海賊団と同じ。あとは、その骸骨が眼帯を付けていて(ラムズの眼帯をしたのね)、頭には王冠があり、下に二本のカトラスがクロスしている。もっと奇抜なデザインを想定していたけど、案外普通だ。

 旗に宝石を使うわけにもいかないし、赤色だと目立たないし、諦めたのかな。



 エディは旗に縄を付けて、いつでも上げられるよう準備をした。

 いつの間にか、レオンが横で海賊旗ジョリー・ロジャーを見ていた。なんだか目を輝かせているみたいだ。そんなに珍しいものでもない気がするんだけど。


「これが、あの旗か!」

「あの旗?」

「襲撃する時に掲げるんだよな! まじ、海賊だな!」


 何を言っているかわからない。そりゃ海賊よ。さっきからそう言っているじゃない。でもきっと理解できなそうだから、わたしは彼の発言は無視することにする。


海賊旗ジョリー・ロジャーを掲げたあと、相手が白旗を見せなかったら戦闘になるわ。その時はアイロスさんに声をかけて、一緒に地下の船倉へ隠れていて」

「見つかったりしないか?」

「見つかったら戦うのよ!」


 海賊だ、なんて喜んでいる割に、その声は不安そうだ。横にいたエディが、レオンの肩をぽんぽんと叩く。


「大丈夫大丈夫。次の時までには体を鍛えておこうぜ」

「そうだな。ありがと。今度相手をしてくれない?」

「もちろん! というかさ、突然だけどレオンってもしかしてロゼリィ狙ってる?」

「あっ、いや、えっ?!」


 レオンは一瞬にして顔を赤くした。エディは、腕をレオンの肩に回す。肩を組んだまま、二人は歩いていった。「男同士の会話があるんだ」なんて言って。

 さしづめロゼリィのかわいさについて語るってところかしら。いつの間にあんなに仲良くなったんだか。



 そんなことをしているあいだに、船はどんどん近付いていた。旗、上げちゃっていいかな。

 わたしは縄梯子はしごのシュラウドを登って、見張り台の方まで行く。ぐらぐらと縄が揺れて、振り落とされそうになる。かなり高い。

 わたしは船内の様子を一望した。各々おのおのがちゃんと働いているみたいね。突風が吹き付けて、シュラウドがまた揺れた。


「わあっ!」

「ニャッ! 大丈夫ニャ?!」

「ええ! 大丈夫! これ、よろしくね!」

「ニャッニャー!」


 見張り台にいた獣人ジューマのリーチェに海賊旗ジョリー・ロジャーを渡す。黒いケットシーの耳がピクピク動いてかわいい。彼女は楽しげに縄を使い、旗を掲げた。


 ゆっくりとシュラウドから降りていく。降りる時はまだマシだ。少し怖い気もするけどね。こういう仕事も慣れちゃったけど、人魚のわたしがこんなことをしているなんて、よく考えたら笑えちゃうわね。


 ぽんっと足をついて甲板に降りた。赤い帆の中に黒い海賊旗ジョリー・ロジャーが一つ。風に揺られて、旗はその存在を知ら示した。


 せっかくだから、あの船に少し悪戯することにしよう。あんまりやると人魚の噂が酷くなっちゃうから、少しだけ

(もう遅いって? 確かに。じゃあ派手にやっちゃっていいかしら)。



 海とその上に浮かぶ船に、じっと目を凝らした。瞼を閉じる。

 わたしのてのひらに波が集まっていく。

 身体が水で満たされる。

 わたしは波を掴むと、縄をしならせるように強く弾いた。


 ──今よ!


 貿易船に大きな波が襲う。きっと船内が水浸しになっただろうな。あはは、ちょっとやり過ぎちゃったかしら。



「人魚の力か」


 わたしが振り返ると、感心したような顔でエルフのノアが立っていた

(そう見えるだけで、残念ながら実際は感心していないわ)。

 ノアは袖の長い緑色の上着を着ている。腰のベルトは簡単なものだけど、バックルに複雑な模様が描いてあって少し素敵だ。質素ながらもお洒落な装いって感じ。

 他の船員は、色がついているものといったらサッシュベルトだけで、あとの服はくすんだ白や汚れた茶色だ。


 わたしはノアを見上げて、返事をした。


「ちょっとやり過ぎちゃったかも。おかしいと思われているわ」

「そのようだ。船長が慌てているぞ」


 ノアは目を細めて船を見ている。エルフは視覚と聴覚、嗅覚にも優れている。その手の獣人ジューマには負けるけどね

(エルフを創った神は地の神アルティド、風の神セーヴィ、水の神ポシーファル、時の神ミラームよ。風の神が関わっているからかな、エルフは普段になっているの)。


 ノアは船を見ながら、また言葉を紡いだ。


「ふむ、どうするか迷っているようだな。あれは……プルシオ帝国だ。彼らは戦うのが好きだからな。有名な海賊団でも立ち向かおうとしているのだろうか」

「あら、そうなの?」


 国の詳しい事情は、わたしはあまり分からない。戦いが好きっていうのは、宗教なんかが関係していたと思う。人間以外の使族は宗教なんて持たないから、それを理解するにはかなり頭を柔らかくしないといけない

(エルフのノアは余裕でしょうね)。

 宗教はたしか、大きく三種類あったはずだ。神様はあの七人って決まっているのに、なんで三種類も信仰があるんだか。





「おい! 赤旗に切り替えろ!」


 ラムズの声が船内に響いた。一瞬静かになった甲板が、先程よりも騒がしくなる。


 敵船があんまりモタモタしているから、問答無用で攻撃することに決めたらしい。近くの船員が赤旗を掲げ始めた。砲撃戦を始めたいところだけど、敵船はわたしたちの前方にいる。つまり砲弾を撃っても意味がない

(お互い、船の側面──左舷さげん右舷うげんに大砲が付いているから、隣に並ばないといけないのよ)。

 風向きを考えるに、敵船は旋回してガーネット号の船首せんしゅに迫るつもりな気がする。


 船首──前に付かれたら終わりだ。ラムズも分かっているとは思うけど、わたしは甲板を駆けて船尾楼甲板まで駆け上がった。


「ラムズ!」

「どうかしたか?」

「あの船、船首に迫ろうとしてるんじゃ」

「知ってる。まあ見てろ。ガーネット号に降伏しなかったぶん、徹底的にやってやる」

「そ、そう……」


 さすが海賊ってところかしら。いつもは冷静な雰囲気だけど、今は血が煮えたぎっているようだ。ラムズの冷笑が怖い。負ける気なんてさらさらなさそうね。たしかに負けるとは全く思えないけど。


「せっかくだから一緒にやってやろうか」


 ラムズはそうわたしにわらいかけた。氷のような微笑がぞわりと首筋を撫でる。顔を引きらせながら、「いいわよ」と答えた。


「いってらっしゃーい! せっかくだから、ボクの分まで取っておいてね」

「もちろんだ。ジウ、舵は頼んだ」

「任せてー」


 狂気に歪む笑みと、冷たい嘲笑が顔を合わせた。あー怖い怖い。彼らの敵じゃなくなって、本当によかったわ。



 わたしとラムズは船尾楼甲板を降りて甲板を通る。武器が載せられた樽がいくつかあり、カギ付き縄も転がっている。移乗戦の準備を着々と始めているようだ。みんな仕事のために動き回っている。


「すぐ移乗戦だ! 砂をけ!」

「あいあいさー!」

「砲弾を詰めろ!」

「いえっさー!」

「ニャッニャー」


 ラムズが甲板を通りながら、それぞれの船員に指示を出す。船員が威勢よく返事をして、慌てて走り出す。ラムズはヤードの方に顔を向けた。風向きを確認しているみたいだ。


「すぐスピードが上がる! 仕事をおこたんな!」

「いえっさー!」


 スピードが上がるって、もしかして魔法を使うつもりなのかな。



 そうして、わたしたちは反対側の船首楼甲板までやってきた。ここからだと敵船の船尾側(後ろってこと)がよく見える。

 敵船はまだこちらと距離を開けようとしているらしい。でもガーネット号は別にスピードの遅い船じゃない。むしろ積荷の多い敵船の方が遅いんじゃないだろうか。だから敵船は、早く何らかの行動を起こすべきだわ。


「あんたは波を操って船を揺らせ。思いっきりやっていいぜ」

「はいはい」


 ラムズは手を出して、風属性の魔法を放った。あれは刃風はふう魔法だ。白いナイフのような風が、勢いよく敵船に迫っていく。数十にも渡るそれが、敵船の帆を引き裂いた。船員のわめく声が聞こえる。

 敵の船尾側の帆はボロボロだ。破れた帆の一部が甲板まで垂れ下がっている。一気に敵船のスピードが遅くなった。帆が切れるなんて船長は涙目ね。船が進まなくなっちゃうもの。


 わたしも同じく波を操って船を揺らした。敵船だけが横にグラグラと揺れている。まるで振り子のよう。船の揺れに任せて、船員が右に左に振り回されている。なんだか滑稽こっけいね。笑っちゃった。



 ラムズは後ろを向き、ガーネット号の船尾側に突風を発生させた。ガーネット号の速度が急に上がり、敵船に追い上げていく。

 絶妙なタイミングでヤードが回され、ガーネット号が敵船の横に張り付いた。


 揺れ動く船から落ちないよう、敵船の船員は船縁ふなべりに必死に掴まっている──そんな彼らは突然隣に並んだガーネット号に、口をあんぐりと開けた。恐怖に顔を歪ませた船長は、右に思い切り傾いた甲板で倒れた

(揺れる船、千切れた帆、急に追い上げた海賊──これだけでも相手に同情しちゃうわ。ガーネット号は移乗戦が得意だって思っていたけどとんでもない。ラムズなら船を沈めるのも朝飯前だわ)。


 ラムズはそれを面白そうに見やったあと、ガーネット号の甲板を見下ろす。急に船内がしんと静まり返って、空気が氷のように冷えた。

 ラムズがわらう。


 ──彼の親指がクッと下に向いた。


 瞬間、砲弾が打たれる。敵船は揺れる船に翻弄ほんろうしているせいで、こっちに砲弾を打つ余裕もない。

 轟音ごうおんと共に敵船の左舷に次々と砲弾がぶち込まれる。船の木材が飛び散った。


「やれ」


 刃で刺されたようなその声に、わたしはまた鳥肌が立つ。彼の声を合図に、船員たちがカギ付き縄を敵船に投げた。でも一本あらぬ方向に飛んだ縄がある。あれじゃあ飛ばしすぎよ

(カギ付き縄は、移乗戦で敵船に乗り込むために使う縄。つまり敵船の左舷に届くくらいまで投げればいいの。あの縄は遠くに投げすぎなんだけど……)。


 ──って、ええ?!

 投げたのはルテミスだ。敵船の一番太い真ん中のマスト(柱)にカギが引っかかり、彼は縄を思いっきり引っ張っている。つまり、敵船のマストを折ろうとしてる!


「まさかあんなことをするなんて」

「降伏しねえのが悪い」

「たしかに、阿呆よね」

「だろう?」


 ラムズはわたしから顔を背けると、敵船の方を見た。敵船の船員たちが右往左往している。そのうち冷静な何人かが、魔法を使ってこちらに攻撃しようとした。


「【風よ、暴風よ ── Ventヴェイト Fortisrongフォーティスロング】」


 ラムズはそれを見て唇を釣り上げ、今度は詠唱して魔法を使った。圧倒的な威力の差。風属性の突風で、敵船の左舷に並ぶ船員が全員吹き飛ばされた。何人かは反対側の海まで落ちている。



 わたしもラムズに応戦して、波を操って今度は船を縦に揺らした。折れかかっていた敵船のマストが倒れる。高波を作ると、それを思いっきり甲板に叩きつけた。

 バシャンと、うるさいくらいに音が鳴る。水滴はこちらまで飛んで来た。

 敵船はもう滅茶苦茶だ。水浸しな上に、揺れすぎたせいでミシミシと船体の割れる音がする。マストは一本倒れているし、船員はほとんど尻餅をついている。


「なかなかやるな」

「ありがと」



 ラムズは船首楼甲板から、甲板の方を見下ろした。冷たい風がひゅっと吹き付ける。傷一つないガーネット号の赤い帆が、大きく揺れた。

 愉悦ゆえつの載る声が全員の背筋を舐めた。


「さあ──、戦闘開始だ」 


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